第9話 剣偽(けんぎ)相まみえる

 軍の総本部、その場所の最上階。広がる部屋の空間には異世界を行き来する次元トンネルが置かれている。


 そしてクオン、ミナリ、フィオネの三者の視線の先には次元トンネルから浮かび上がる渦を、通過して現れた二人組の男が立っていた。


「おやおや、会って早々に睨み合いとは。ふふ、お二人とも仲が良いようで」


 皮肉を聞かせながらその様子をほくそ笑むのは、黒翼で黒コートの男。並々ならぬ威圧感を醸し出しながら、どこか飄々としている雰囲気も感じる。


「ふん」


 その男の横にいるのは黒フードと鎧を身に着けた人物。クオンからは『クロツギ』と呼ばれていた男である。


 クオンはそんな二人を見ながら今の状況について彼らに質問を投げかけていた。


「なんで『次元トンネル』がこんな場所に置いてあるんだよ。お前らここで何してるんだ? というかそこの黒い翼の奴、お前何者だよ?」


「はぁ、質問が多いですねぇ」


「お前らに話す義理はない」


 クオンの問いかけに各々の反応を示す。一人は不気味に微笑み、一人は眉間にしわを寄せてこちらを睨みつけてくる。


「まぁまぁ、クロツギさん。そんなにかっかしなくてもいいじゃないですか。少しは質問は答えて差し上げましょうよ。ここにたどり着いた報酬とでも言いますか」


「まぁあんたがいいなら口出しはしないさ」


「ふふ、では」


 ただ黒い翼の男はクロツギをたしなめながら言葉を続ける。そして彼は足を一歩前に出して三人に近づいた。


「あぁそうだ、初めに自己紹介をするのが礼儀でしょう。わたくしの名前は『アサギリ』と申します。トラツグの部隊の指揮を担っている者です。以後お見知りおきを」


「別にお前の名前なんか知りたくて言ったんじゃない。てめえら『トラツグ』の存在が気がかりなだけだ。それと全貌が良く見えないお前らの目的もな」


 頭を下げて名前を述べる黒い翼の男。むしろその丁寧さがクオンを逆撫でさせる。発する言葉にもその感情が漏れ出てしまっている。


「我々の『トラツグ』の存在意義と目的と来ましたか。なかなかに哲学的ですね。まぁいいでしょう。我々の活動目的は人類種の殲滅と『トラツグ』の繁栄ただそれだけです。至極明快でしょ?」


 そのあまりにもシンプルな答えをにっこりとした表情で語り掛けるアサギリという男。その態度に三人とも戦慄を感じる。


「とはいえ存在意義に関してはただ生物として『強く』生きるためとしか答えようがありませんね」


「強く生きるだぁ? 何を言っていってやがる」


「まぁ真の意図を理解して頂くには我々の拠点にまで足を運んでいただかないといけません」


 アサギリはさらに言葉を重ねるが言っていること全くが分からない。


「本当かはわからんけど、この街から徒歩で歩いて半年って聞いたで。そんな遠くに離れた場所にうちらに今から行けって言うの? ふざけんのも大概にしいや」


 アサギリのその言い回しにミナリもイラつきを覚えてくる。彼女の言葉も少しばかりとげとげしくなってしまっている。


「それを解決するのがこれです。あなた方が『次元トンネル』と呼んでいる代物ですよ」


「「は?」」


 アサギリは後ろにある次元トンネルを指差しながらそう答える。当然意味が分からないクオンとミナリは声が抜けたような声を出して呆気にとられていた。


「ふふ。この機械はですね、人間が住まう都市『東京』と我ら『トラツグ』の拠点を空間的につなぐ橋なんですよ」


「拠点を繋げるだと!?」


 しかしその理由を聞いてクオンは騒然とする。


「えぇ、これを使って我々は活動をしているのですよ。ただ『あの方』曰く、これは異世界を繋げる程の出力を断続的には出せないようでしてね。いわゆる劣化品なのだそうです。とはいえなかなかに便利なモノに変わりありません」



 次元トンネルとは全く異なる時空間を繋ぐ装置である。当然ながらただ単に違う場所を繋げるだけという事も可能である。アサギリと言葉通りなら、本来行えるべき異なる世界の移動を空間を繋げる機能にだけ制限したものがこの装置らしい。


 しかしながら、人々の拠点である東京とトラツグの本拠地が繋げられている理由についてクオンは全く持って意味が分からなかった。



「こんなものが置かれている時点で、この東京にある軍隊はクロじゃねぇか。さっき完全に敵対しているような口ぶりだったのに、なんで人と手を組んでる?」


「その答えも私たちの拠点に来れば分かることです。よろしければご案内しますよ」


 アサギリはまた不敵な笑みを浮かべながら軽く背を向ける。そして今度は次元トンネルの渦へと足を進めていく。ただその行動を横にいるクロツギは制止する。


「待て、その前に俺の得物を返せ。これじゃ戦えん」


「あぁ、そうでした。ふふ」


 アサギリはパチンと指を鳴らす。すると次元トンネルの渦にバチバチと電流が走り、そこから二本の長剣が射出された。その長剣はクロツギの左右の地面に突き刺さり、それを確認するとそれらを手に取った。


「ふん、そのままだな」


 二つの長剣には、クオンの大剣のように独特な文様に見えるラインが走っており、その二つを剣の刃を見てクロツギは口を歪ます。そしてその武器を構え始める。


「おいおいおい。拠点に案内するんじゃなかったのかよ? まさかこの二刀流のやつを倒さないと先には行けないってか?」


「半分正解で半分不正解ですよ。もちろん案内はします。ただし『全員』とは言っていません。そこ女性のお二人方、レディファーストというやつです。あなた方は先に案内します」


「なるほど……」


 アサギリはミナリとフィオネに指を指していた。二人は少々困惑しながらクオンの方に視線を向けて語り掛ける。


「クオンはん。どうする?」


「ついていくのはいいのですが、この先にトワさんがいるという確証はまだありません。私たちの目的は彼女の救出です」


「…………」


 クオンはそれを問われて少し考える。クオンは様々な事件に巻き込まれながらも妹を救うべくミナリ、フィオネと共に行動してきた。


 ここに潜入したのもちょっとした手掛かりがあるかもしれないという考えからであり、本人もここまでの事柄が待ち受けているとは想定してはいなかったのだ。


 そしてフィオネが言った通り、先に進んだとしても妹であるトワがいる保証はない。とはいえ今の状況は引くに引けない状況である。


 妹に早く会いたいという衝動、不安、緊迫した敵との相対。それぞれの考えが頭を巡り、額からは嫌な汗が流れていく。


 しかしクオンは決断する。


「もはや俺達に選択肢はない。妹のトワの事は気がかりで仕方ない。でも軍隊がトラツグと何らかの形で繋がっている以上、岡元少将ってやつに提示された居場所に、本当にトワがいるかの確証が無くなった」


「た、確かにそうやな」


「それに逃げたところで簡単に逃がしてくれるとは思えない。下手すりゃこの次元トンネルから増援でも来るかもしれない。となると東京の地で戦闘になっちまう。トワを救うどころじゃない……」


「ですがクオン。私たちがいけばあなたは一人だ。本当に大丈夫なのですか」


 クオンの意見に二人は反対はしていないが、同時にクオンが一人になって戦うことを不安に思っていた。特にクオンが無茶をすることを知っている二人は余計と心配しているのである。


「多少の無茶は許してくれ。だが大丈夫だ」


 そしてクオンは口元を緩めて二人に軽く微笑み返す。


「それよりもお前らの方が気をつけろよ。その薄気味悪い男のことだ、なんか罠があるかもな」


 軽くアサギリを睨み、そして再びミナリとフィオネに視点を戻す。


「分かったわクオンはん、先に行ってるわ。心配なんやったら早いこと来てや」


「お決まりのようでしたら行きましょうか」


 最後にクオンとミナリはアイコンタクトを行い、フィオネは「ご武運を」という言葉を交わした。そしてそのままアサギリの後を追うように二人は渦の中へと消えていった。




「クオン。全くもって不愉快な存在だよお前は」


「クロツギ」


 三人が消えた後、残ったクロツギがクオンに向けて言葉を発していた。


「それにしても『トラツグ』の拠点に、ほいほいと連れて行かせるとは馬鹿やつだ。何の見返りもないのにな」


「見返り?」


「そうだ。アサギリは自分たちの真意を話すと言っていたが、そんなことを知ったところでどうすることもできない。無駄なことをしたな」


 そして挑発にも似た言い回しで、クオンを煽る言葉を続ける。しかしクオンはそんな煽りを物ともしない。


「無駄じゃないさ。さっきも聞いてただろ? お前たちの言葉通り本当にその渦の先に『トラツグ』の拠点があるなら、俺達に逃げ出す選択肢はない。それとな……」


 クオンはそう言葉を交わしながら、口元を緩めていく。


「俺たちの目的は妹の『トワ』を救う事って言ったよな。ここにお前が立ち塞がる時点で確定したよ」


「何を言っている?」


「お前は昔から俺以上に『トワ』に執着していたのは知っている。さっきから『トワ』って言葉が出るたびに顔色を変えていただろ。本当にいるかいないかはさておき、この先に手掛かりがあるのはお前の反応からばればれだ。つくづく顔に出るな」


「ちっ」


 クロツギはクオンに言い負かされて舌打ちをかます。そして被っていた黒のフードを外した。現れたその顔は左目には一本の深い傷が入っており、焦げ茶色のぼさぼさした髪をしている。目元にはクマが走り、クオン同様に目つきが悪い。


 そして彼の鎧に通っているラインが黄色く光り始めた。同時に持っていた二つの剣も発光をする。


「ほう」


 それ見たクオンは見ると大剣の刃の側面を手の甲でコンコンと叩いた。そして体に力を込める。すると大剣と共に鎧が青く発光を始めた。


「お前を潰す。その減らず口を言えないように、その首かっ切ってやるよ」


「お前とお遊びしてる暇はねぇんだ。とっとと突破させてもらう」




 言葉を終えた。



「ぜやああ!!!」


「うおぉお!!!」



 その瞬間お互いは距離を詰めて剣を交らせていた。まさに一瞬の出来事。辺りに風圧が発生し、建物が大きく揺れていた。




 クオンと相まみえる男、『クロツギ』。彼らの掛け合いから分かるように二人は顔見知りである。彼もまたクオン達と同じく別の世界の住人であり、様々な世界を渡っている人物である。


 しかしその関係性は二人の会話からも分かる通り、劣悪そのもの。クオンは単なるめんどくさい邪魔な存在、クロツギは劣等感と嫌悪感をそれぞれ抱いている。


 クオンの口ぶりからしてその関係性にはどうやらクオンの妹である『トワ』が絡んでいるようだ。クオン曰くクロツギは彼女に激しく執着しているようだが、そこはどうもいろいろと根深い様である。


 とはいえ二人の関係が最悪なのは明白だ。実際に過去には何度も戦いでぶつかっており、今でさえお互い本気で殺しかかっている。





「おらあああ!!!」


「うあおぁああ!!」


 二人の叫び声と強い感情と共に剣と剣が幾度も交わる。金属同士がぶつかる激しい音が辺りに響き渡る。


 クオンはその巨大な大剣を振りかざし、クロツギはその両手に持った長剣でそれを受け止める。逆にクロツギが攻め入るときは、二つの剣を交差させながら切りかかり、クオンは大剣を盾にして攻撃を防いでいる。


 その剣のぶつかり合いは常人の域ではなく火花さえも散っており、動きをとらえるのさえ難しい。そして実力はほぼ拮抗しており、打ち合いの最中に相手の隙を伺っている。




 とはいえその探り合いともいえる打ち合いにも進展は起こる。


 クオンは両手で剣を頭上から振り下ろす攻撃を行ったのである。好機とばかり、クロツギは長剣で攻撃を受け止め、そのままその力を流す。そして大剣の軌道は反らされて床に沈む。そのままクオンの懐に接近して、下から振り上げるように彼を切りつけた。


 ただしスキを狙われるのはクオンも承知の上だ。その瞬間、クオンの鎧に走るラインが『二本』に増幅した。つまり素早さが向上する。


 クオンは受け流されてしまった大剣をあえて床へと思い切り突き刺す。そして大剣を突き刺したまま、それを重心の軸にして、弧を描くように体を浮かせる。そうしてクロツギの攻撃を回避したのだ。


「ちっ!?」


「てめぇの方ががら空きになったな」


 クオンはそのまま相手の背後を取ると、強烈な蹴りを放つ。


「がはぁああ!!!!!」


 声をあげ、そのまま吹き飛んで部屋の壁へと叩きつけられる。衝撃音はすさまじく、建物が大きく揺れた。そして崩れた壁の一部が砂煙となり、叩きつけられた場所に舞う。そして彼の身体はその砂煙で見えなくなった。


「……っ」


 クオンがその場から大剣を引き抜くと一瞬、次元トンネルの方向を向く。だがそのあとすぐにクロツギが吹っ飛んだ方向を眺めた。するとその一瞬、吹き飛んだはずのクロツギが突如としてクオンの目の前に一気に詰め寄っていた。


「な!?」


 背中に付いた噴射口からは黄色い火炎。その応力により圧倒的早さで彼に接近したのだ。そして二つの剣を前に突き出していた。あまりの素早さに驚愕して反応が遅れてしまったクオンだったが、すぐさま大剣を盾にして構えて相手の突撃に備えた。


「あまい……」


 だがクオンにぶつかる直前、背中の噴射口の向きが急に変わる。そしてクロツギの動きそのものに大きく変化を及ぼし、ほぼ90度に直線的な曲がり方をしながらクオンの背後を取ってしまった。そして同じくクオンは彼の蹴りをもろに喰らうことになる。


「げはぁああ!!?」


 クオンもまた吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられる。


「がはぁ!!?」


 叩きつけられた衝撃でうめき声をあげ、そうしてそのまま床へとずり落ちた。


「あがぁ、くぅう……」


 ぎろりとクロツギの方を睨みつけるクオン。だが目の前で立っている彼も彼で口から血をこぼし、相応のダメージを負っているためか、足元がふらついていた。


「はぁはぁはぁ。全く厄介な鎧だな、動きを速めるその力。俺と同等に性能。先に二本線を開放しやがって……はぁ。だが……」


 そう呟きながら口を拭い、口内にたまった血をぺっと吐き出すクロツギ。そして彼は床に膝をつくクオンを見てほくそ笑んでいた。


「ぐぅ、あがぁああ。はぁああ!!!?」


 クオンは突然全身を痙攣させると、口から大量の血を吐き出していた。そしてぜぇぜぇと息を荒げながらその場に倒れ伏せる。その状況でもなんとか体を動かし、顔を上げて、クロツギの方に視線を向ける。


「俺が持っているこの鎧は素早さ向上の能力と飛行性能を持ち合わせている。一方でお前は素早さ向上と筋力向上の力を持っている。どちらの鎧もメリットだけを見たら優劣はつけにくい」


 クロツギはそう言って汚れた鎧を手で軽く払う。そしてまた言葉を続ける。


「とはいえ俺とお前の鎧は力を使うと使用者に負担がかかる。だがクオン、てめぇが持っているそれは俺の持っている鎧と比べてあまりにも代償がでかい。そんな風に血反吐を吐いてこっぱずかしく這いつくばってしまう程にな。お前の鎧は失敗作だ、使用者のリスクが大きすぎる欠陥品だ」


「はぁはぁはぁ……」




 クロツギが装備している鎧は彼自身が説明した通り、同等のスペックを有している。クオンの素早さ向上の青のモードと筋力上昇の赤のモード。クロツギの鎧は素早さ向上の能力がある黄色に光るモードと飛行能力であり、これもランクごとに能力上昇量が変わる。大きく違う性能ではあるが、素早さ向上の度合いに関しては全く同じなのである。


 ただし能力向上の代償としてかかる負担はクオンの鎧の方が高く、その後遺症が今の二人の状態に顕著に表れている。


 二人の総合的な強さは鎧の力も含めても五分五分といったところだが、このリスクを踏まえると若干クオンが分が悪いだろう。




 しかしクロツギのそんな言葉を聞き、鎧の負担でボロボロになりながらもクオンはなんとか大剣を突き刺してその場から立ち上がる。クロツギ以上に体をふらつかせて、顔からは汗を垂れ流す。かなりダメージを負っている彼ではあるがその表情は死んではいない。


「戒めだ」


 クオンはそう言って口元に垂れた血を腕で拭う。


「戒め?」


「そうだ。この強烈なリスクは俺にとって戒めになってんだよ。自分を超えすぎた力は自惚れを生んで精神的に心を破滅させていく。だがこうやって痛みを知れば、これは無理やり付け加えられた力ってのが自覚できる。だから俺はこの仕様が欠陥とは思ってねぇな」


 クオンはそう言い切ると、再び次元トンネルの渦一瞬だけ視線を向ける。そしてその後、大剣を両手で持ち上げて前に構えた。


「俺はお前とこんなどうでもいい会話をしてる暇はないんだよ……。はぁはぁ」


「ふん、そんなにあの先が気になるか。だがてめぇは行かせねぇよ。そんなボロボロの状態で俺にどう勝つんだ?」


「はぁはぁ……。勝ち負けなんてのもどうでもいいんだ」


「ちっ」


 その言葉を聞いて怒りがこみ上げるクロツギ。彼は感情と共に両手の剣に力を込めていく。すると黄色いラインが発光し始め、さらに剣自体に電流が帯びていく。そしてそのまま両手に持った剣を前に振りかざした。


「おらよぉお!!!」


「くっ!!!」


 その剣からは電流の柱とも呼べる巨大な雷撃が放たれる。クオンは再び青の線を二本に増やし、高速の動きで大きくそれを回避した。


「まだだ!!!」


 だがその電流の攻撃は何度も何度も放たれる。クオンはそれらをなんとか寸前でかわしながらクロツギの場所にまで接近していく。


「くそがぁ!!」


 そしてクオンはクロツギと直線状へと並ぶ。クロツギは目の前に走ってきたクオンに対し、怒りの声を上げながら雷撃を放った。だが正面からくるその攻撃を見越してたクオンはそのまま大きく斜め前に飛びあがった。


「ふん、空中逃げたとて、かわせんぞ!!」


 攻撃をかわすために空中に飛び上がったクオンだが、それはまさに格好の得物である。クロツギのようにジェット噴射による空中制動ができないクオンにとって、放たれる雷撃をかわす手段はない。剣の防御も感電してしまっては意味もなさない。クロツギはありったけの力を両手の長剣に込め、そして雷撃を放った。


「かわす手段はまだあるんだよ!!」


 クオンが言葉を放った瞬間、鎧に走る二本の青色の線が赤に変わった。


 クオンの鎧が持つ赤のモードは筋力向上と、そして重量は著しく上昇する効果を持っている。つまりその瞬間、落下速度は急変して雷撃を紙一重でかわしたのである。


「な!!?」


「おらあああああ!!!!!」


 そのままクオンは床に向かって大剣を叩きつけた。


 ガゴンというにぶくすさまじい衝撃音が響き、そしてクロツギに向かって床に亀裂が入った。


「な、クオン!! てめぇ!?」


 足元が半壊し、バランスを崩すクロツギ。クオンはその隙をついて、次元トンネルの渦へと走り出した。


 今のクオンにとっての最優先事項はあの渦の先に向かう事である。確かにクロツギはクオンにとって邪魔で憎たらしい障害ではあるが、この男と勝負をつける意味はないのだ。だから彼の隙が生まれるタイミングを見計らっていた。


「ふざけるな。俺が空を飛べるのを忘れてねぇか!?」


 しかしクロツギの鎧は飛行機能がついている。いくら足元の床が崩れようが関係がない。そのまま鎧の力を開放して飛行する。そして渦に向かうクオンに突撃した。


「ずりぃよな、空飛ぶ上に電撃を放つ遠距離攻撃もしてくる。だがな遠距離攻撃なら俺も出来るんだぜ」


 クオンに接近するクロツギに対してクオンは不敵な笑みを浮かべた。そしてそのまま大剣が青く光り輝く。そしてクオンはその場に一瞬だけその場で立ち止まり、振り返す。そして大剣を左から右へと全力で振り払う。


「らああ!!!」


 振るった瞬間、刃からは青い衝撃波が放たれる。これは物理的に引き起こされた斬撃ではなく、一種のエネルギー波のようなもの。大剣に溜まる力を外へと放出したのである。


「なにぃ!!? ぐぅううう!!!」


 そしてその斬撃はクロツギを襲う。彼は二本の長剣を交差させ、なんとか斬撃を受け止めることを試みる。しかしながらその威力は伊達ではなく、ジェット噴射の応力で進んでいるはずのクロツギを体の動きを止めてしまっていた。


「舐めるなぁあ!!!」


 正面から完全に受けきれないと判断したクロツギは体を傾けて、受け流すように斬撃を斜め後ろへと弾き飛ばした。直後、斬撃は壁にぶつかり、そのまま轟音と共に壁を破壊してしまった。


「はぁはぁ、くそが。斬撃を放ってくるとは……」


 息を荒げて、額から出る汗をぬぐうクロツギ。しかしながら彼が再び、次元トンネルへと向かうクオンの方向を見たが、彼の姿はその場から消え去っていた。


「ちっ、突破されたか……」


 そしてクロツギは彼が向かっていった次元トンネルの方向に目を向けた。


「それにあいつ……。ぶっ壊していきやがったな」


 彼の視線の先にあった次元トンネル。それは諸々の周辺機器が破壊されており、空間を繋げる渦が完全に消失していた。これは完全にクオンの仕業であり、渦を抜ける直前に機械を破壊していったようだ。


「俺がすぐに追ってこれないようにするためか」


 理由は明白。クオンのその行為は次元トンネルの通り道を破壊してクロツギの妨害をするためであったのだ。


「くそっ!! あの状況でも小賢しく頭を回しやがって……」


 クオンに機転に怒りを露わにして、クロツギは歯ぎしりをしながらその場で地団太を踏んでいた。

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