第8話 ここにはないもの

 日は沈み、東京の街には夜が訪れる。


 人々は自分の家に帰り、街には設置された街灯や家からの明かりがこぼれるのみ。昼間の活気は収まり、街は静寂に包まれていた。


 もちろん全く人が出歩いていないわけではないが、それでも街に残る明りは少なくなっている。まだ街を出歩いているとすれば軍の見回りの者か、酔っ払いであろう。


 そんな時間、クオン達はというと。




「はっはっは!! いやぁ、兄ちゃん達には感謝しきれねぇよ。どんどん食ってくれ。べっぴんなお姉さんも食べちゃって食べちゃって。魚しかねぇけどな」


「いやいや、うちはお魚さん大好きやから全然気にしいへんよ。流石魚屋さんや、新鮮で美味しいわぁ。なぁクオンはん」


「あぁ。こりゃうめぇな、米も進むよ」


「そう言ってくれると嬉しいねぇ。へへへ」


 クオン達は昼間に関わった魚屋の主人の家へと招かれていた。食卓にはその魚屋の主人、そしてクオンとミナリとフィオネが座って並んでいる。そしてクオンとミナリの二人は並べられた料理を食べている。


 焼き魚に煮つけ、刺身、揚げ物と魚料理ばかりではあるが、どれもかなり美味しそうで、それは二人の表情からも伺える。その顔を見て店の主人も嬉しそうだ。


「しかし良かったのかよ? 俺たちはなんもしてねぇぞ。売り上げたのはここにいるフィオネだし、物資を大量に持ってきたのもフィオネだ。俺たちまでこんな……」


「いやいや。あんたがこの嬢ちゃんを紹介しなけりゃ、店が大盛り上がりすることも無かったし、結果オーライよ。商売人は損得勘定で動く、兄ちゃん達の恩返しくらいはしなけりゃなぁ」


 店の主人はそう言いながらにこにこと顔を微笑ませていた。店の主人はフィオネの異常すぎる功績の恩を返すために、彼ら三人に料理を振舞っていたようだ。自らは関係がないと言うクオンの発言もあるが、彼からすれば感謝しきれないくらいの利益が出ていたので関係ないのであろう。


「全く昼間会ったばかりの時はそっけなかったくせになぁ」


「手厳しいな兄ちゃん。だが今言った通り商売人は損得勘定の生き物なんだ。あの時はあの時、今は今だ。ささ、昼間の時は水に流してどんどん食ってくれよ」


「へいへい」


「クオンはん、結構に根に持つねんなぁ」


 ただクオンは昼間のことが気に食わなかったのか、それをぶり返して店の主人に文句を垂らしている。そのことにミナリは呆れていた。


「ところで今回の最功労者の嬢ちゃんだが。こいつは一体何をしてるんだい? コンセントを体に刺してるのかい?」


 しかしながら店の主人が怪訝な表情で見つめていたのはフィオネである。彼女はミナリとクオンに挟まれながら目をつむって座っていたわけだが、なぜか出された料理には手を付けていなかったのだ。それどころか部屋の天井に吊るされた電球のソケットにコンセントを繋ぎ、それをフィオネ自らの身体に刺していたのだ。


 奇妙に思う店の主人に対し、フィオネはすっと目を見開いて彼の方向を見た。


「不思議に思うかもしれませんが、これが私の食事です。せっかく料理を振舞っていただいて申し訳ないですが」


 そう言うと再び目を閉じてフィオネは黙り込んでしまった。


「まぁ気にしないでやってくれ。とりあえず飯は俺たち二人で食べるから」


「あぁ、あぁ。わかった」


 主人の男は本当は完全に理解出来ていない表情を浮かべていたが、これ以上の言及をやめることにした。代わりに別の質問をすることにした。


「そういえば昼から会った時からも気になってたがあんたたちの服装も全然見慣れねぇな。ずいぶん遠くから来たのかい? 武装もすごいし、なんかと戦ってきたみたいな様子だな」


「みたいやなくて、ほんまに戦ってきたんやで。『トラツグ』っていう変身する獣たちとな」


「ト、トラツグ!? そりゃ本当かい!?」


 『トラツグ』という単語を聞いて、店の主人は声を荒げて驚いていた。そしてその慌てた様子にクオンとミナリも少々困惑する。


「あ、あんたもトラツグについて知ってるのか? 俺達もある軍人から聞いたんだが」


「そうかい。奴らは獣の力を持った怪物で、確か50年ほど前にどこからともなく現れたとか聞いたな。奴らは人間を襲いはじめ、虐殺したり、さらったりもしてたみたいだ」


 店の主人がそう語るとその内容を聞いたミナリはクオンに近づき、耳打ちをしていた。


(戸谷はんが言ってた内容とほぼ一緒やねぇ)


(あぁそうだな)


 小さく二人は会話を済ますと再び主人の方に視線を向ける。


「そして勢力も増して今は軍の管轄する街を、襲っているらしい。どうやって増えているのかはわからないが。まぁ俺は遭遇したことはないんだが」


「なに? 会ったことがないのか?」


「あぁ。他の小さな村とかは知らないが、東京出身の者達はトラツグには会ったことがないんだ。どういうわけかこの東京にはトラツグが出ないんだよ。トラツグってやつらのことは定期的に開かれる軍の教育講義で間接的に教わるくらいなんだ」


「東京には全く出現しない。なんか変な話やなぁ。すっごく騒がれていたと思ったのに。そもそもあいつらの根城を知らんけどなぁ」


 店の主人の話を聞いても二人は腑に落ちない様子だ。どうにも危機感がないのである。そして東京には出没しないという点。敵対している組織があるなら主力都市である東京に目を向けるのが普通なのに謎が深まっていく。


「根城は東京から半年くらいの距離って聞いたな。まぁ外に出ていく奴らにしか関係ない話だ。俺達はただ自分の生活で手一杯だからな、ややこしいことは軍人さんのお仕事だ。さてと」


 店の主人はそう言ってその場を立ち上がる。そして食べ終わった食事を手に持って下げていく。


「あんたら、この街の用事は終わったんだろ? ということはもうこの街を出るんだろ? しっかり休まねえとな。二階の空き部屋を使ってくれ。毛布ぐらいしかないがな」


 店の主人は三人にそう語りかけながら、台所に向かって食器を洗い始めた。そしてクオンとミナリは顔を合わせる。


「どうするクオンはん?」


「そうだな……」


 問われたクオンは少し間を開けると、再び口を開いてミナリに返答した。


「深夜のデートにでも参りますかい? ミナリ殿?」


「不愉快です、クオン」


 クオンの冗談めいた言葉に、目をつむるフィオネは静かに喝を入れていた。




★★★★★★★★★★





 さらに時間が進み、深夜になった頃。


「静かにな。主人さんがもう寝てはるからな」


「おう」


「いきましょうか」


 魚屋さんの家の玄関の扉をゆっくりと開けて、三人は外へと出ていた。そして全員が出たのを確認するとクオンはまた音を立てないように扉を閉めた。


 外に出ると先程よりもさらに街が静まり返り、家の明かりは完全に消灯していた。残っているのは街灯の光のみであり、暗さもさらに増している。


 周りをしっかりと確認したミナリは自身に容姿をいつもの状態に戻すことにする。力を開放して、耳と尻尾をにょきんと生やす。


「ふぃ。やっぱりこれが落ち着くわぁ。そういえばクオンはん、外に出たのはええけど。どこに向かうん?」


「とりあえず、この街の軍の総本部だな。フィオネが言うには本部自体は役割ごとに点在してるみたいだが、それでも一番重要な施設を定めてはいるだろ? そこに向かう」


「確かに昼間の解析によると敷居面積と総人口共に一番多い場所はありました。おそらく何かしらの重要機密等も集約してそうですね。とはいえ妹を探す目的からは随分と回り道しますね、クオン」


「急がば回れっていうだろ。たまには遠回りしないとな」


「それ意味違うでクオンはん。知らへん近道を行くより、きっちりと知ってる遠回りの道を行った方が目的地には早く着けるって意味や」


「私たちは今まさに、全く知らない遠回りの道を進もうとしてますからね。迷子になってしまいますよ、やれやれ」


「総突っ込みやめろ。言葉のあやだ。全く」


 二人のダイレクトすぎる指摘にクオンは辟易してしまう。そしてむかっ腹を立てながら先に前を歩き始めた。それをクスクスを笑いながらミナリも後を続いた。


 そのままフィオネも二人の後ろに続こうとした瞬間、彼女は何かを感じ取った。


「待ってください。3人? いや2人。なにか空に反応があります」


「え?」


「なに!?」


 その一言により、クオンとミナリは思わず振り返る。フィオネは上空に目を向けており、二人も同じ方向を向いた。その瞬間、黒い翼が生えた男と黒いフードを被った男が高速で空を飛行する姿が見えたのだ。


 片方の男は黒いコートを羽織って、その背中に生えた黒い翼を大きく羽ばたかせている。もう一人の男はクオンに似た鎧を纏っており、そこから黄色い炎がジェット噴射して飛行している。そして鎧の男は、同じように黒い翼を生やした傷だらけの男を雑に腕を持って、ぶらさげるように運んでいた。


 その二人は地上にいた三人には気が付かないままある大きな施設へと向かい、そのまま屋上へと降り立っていった。


「なんやあの真っ黒な連中……。しかもあれって『トラツグ』やんな。でも横にいる鎧の男はなんなんやろ? クオンはんのと似たような鎧着けてたけど」


 謎の二人組を見つめ、そう言葉を漏らしながらクオンを見つめるミナリ。ただそのクオンの表情は固まっていた。


「あいつ、なんでここにいやがる」


 ぎしぎしと歯ぎしりをして、何とも言えない表情を浮かべるクオン。


「クオン、あれは知り合いですか? クオンと同様の鎧を身に着けていましたが」


「まぁ、昔の知り合いだ。まさかあいつがいるとは。この世界は、なかなかにこじれてるかもしれねぇな」


 フィオネの質問に答えたクオンはそのまま頭を抱えながら大きなため息をこぼす。


「なんか訳ありのようやな。まぁあまりそこんとこを突っ込むのは控えとくわ。でもクオンはん、もう一人は立派な『トラツグ』やったなぁ。悪い予感が大当たりやないか」


「全くだな。フィオネ、あいつらが向かったあの建物はなんだ?」


「今まさにクオンが向かおうとしていた軍の総本部ですね。昼間には感じ取れなかったのですが、どうも妙な反応もあります」


「そうか……」


 悪い予感も的中し、顔色がさらに悪くなっていくクオン。


「あともう一つ嫌な知らせがあります。あの鎧の黒ハットの男が運んでいた人物ですが、昼間に戦ったあの大鴉の人型の姿です。呼吸や体温、あの手キズ、おそらく本人で間違いないかと」


「生きてたのか? くそ、嫌な事は連鎖するな」


「でもむしろチャンスやない? 本来、この世界の旅も行き当たりばったりの計画性のないもんやったんや。それがものの数日でここまで来とる。この『嫌なこと』の連鎖は偶然とは思えへん。本当にあそこに行くことが『急がば回れ』になってそうな、そんな気がするわ。妹さんに繋がる確証はまだ全然ないけどな」


「モノは考えようか。まぁ少し気分がましになったよ。ありがとな」


「いいえ、気にしんといて」


「ではクオン、向かいますよ」


「あぁ」


 フィオネの合図とともに、三人は一斉にその建物へと走り出した。




★★★★★★★★★★




「やはり文明的にそこまで警備は進化してへんねぇ」


「そうだな。侵入も容易だった」


 数分後。クオン達三人は、謎の二人が入っていった軍の総本部と目される施設へと侵入していた。


 ただ深夜帯ゆえか人の警備は少ない。文明の差の性か防犯カメラなども設置されていないようだ。


「とはいえ警備おろそかすぎひん? 下手したら子供でもいたずらに入り込めるレベルやで」


「鍵もピッキングレベルで開いたからな」


 もちろん人が皆無というわけではなく、時々見回りの軍人はライトを持って巡回している所には遭遇する。とはいえやはり警備が薄すぎるとミナリは疑問を呈する。それについてクオンも同意している。


「侵入されない自信でもあるのか、はたまた……。フィオネはどう思う?」


 なのでクオンはフィオネにもその話を振ってみる。しかしながらフィオネの表情は少しこわばっていた。


「いえ、我々の動きが捕捉されている可能性がありますね」


「はぁ?」


「なんやて?」


 フィオネは衝撃的なことを述べたのである。二人は何を言っているか分からず動揺する。


「ここに監視カメラなんかねぇぞ。仮に見つかってたとしたらすぐにでも警報音でも鳴って誰か来るだろう?」


「いえ私もそんな技術はないと高をくくって施設内部の構造を探っていたんですが、至る所に超小型の監視カメラや赤外線感知器などが普通に張り巡らされていますね。だというのにクオンの言う通り警報すらならないのが、私も不思議で」


「確かに妙やね。なんか相手さんの手の内って感じや」


「とはいえここで引き返してもなぁ。とりあえず探索するしかねぇよ。フィオネ、なんかこの建物に重要な部屋かなんかはないのか? さっき内部を探ったと言っていたが」


 疑問に思うことが確かに多々あるが、とにかく考えていても仕方ないという状況ではある。そのため、監視設備のことはとりあえず置いておき、クオンは探索を続行するという案を出した。


「資料等は他の部屋にありそうですが、最上階である4階に大きな機器の反応がありますね。ただ先ほどの二人の反応は感じられませんが」


「4階か。まぁ上に登るだけなら時間もかからねぇか」


「とにかくそこまで行きましょか。とはいえクオンはん、油断して見回りの軍人さんに見つかったらあかんで」


「それはお互い様だ」




 三人はそう話し終わるとフロアにある階段を見つけ、駆け上がった。そして薄い警備を易々と潜り抜けながら、十数分ほどで4階のフロアに入るドアの前にたどり着いた。


 まずフィオネの探知により、部屋の中に人がいないことを確認する。そして当然ながら鍵は締まっているそのドアを再びピッキングして、そのまま開けた。




「おいおいおい、なんだこりゃ……」


 他のフロアは通路があり、そこに部屋が点在しているという普通の造りだ。しかしクオン達が到達したその部屋は、ただ大きな空間が広がっていただけであった。通路や小部屋なども一切なく、脇に屋上へと続く階段があるくらいだ。


 しかしながらその部屋の奥には部屋半分の敷地面積を用いてとんでもないものが設置されていた。



「まさかまたご対面するとは思ってなかったわぁ」


「大きな機器があるとは分かっていましたが、まさかこれとは。起動していなかったので分かりませんでした」



 三人がそれを見て、驚き半分呆れ半分で各々に思いを吐露する。そして三人が声をそろえてその名を叫んだ。



「「「次元トンネル」」」



 彼らの目の前にあったのは、時空を行き来する装置である『次元トンネル』。クオン達がこの世界に来ることができた装置であり、Drメロンに物資を届けてもらったときにも使われたものである。そんなものがなぜかこんなところに置かれていたのであった。


「おいなんでこれがここに? いやそもそもここにいる軍部の奴はこいつの存在を知っていたのか?」


「カギはかかってたけど、そこまで厳重ってわけでもないしなぁ。ここにいる軍人の人らの大半は知ってそうやなぁ」


「ここにあった事実も驚きですが、何のために使われているのかの方が気になりますね。見てください、この世界にそぐわないモニター画面やキーボードなんかも置かれてます。先ほどまで誰かが起動していたようです」


 三人が再び自分の考えを話し始めると、突如装置が勝手に音を立てて起動を始めた。バチバチと電流が流れ始めて振動で辺りが揺れる。そして機械の中央、その空間に巨大な渦状のものが生成された。


 するとその渦の中からある人物たちが現れた。



「ここまで来られてるじゃねえか。警部が雑すぎるだろ」


「いやはや『ガエン』が負けるとは思っていませんでしたしね。でも警備についてはいいんですよ。どういう侵入者なのかの判断材料になる」


「ふん、そうかよ」


 現れた人物たち。それは先ほどこの施設へと向かっていった二人組男。黒翼で黒いコートを羽織った男と黒フードに鎧を身に着けた男であった。


 黒フードの男は呆れ口調に相方の男に話しかけ、黒翼の男はそれを淡々と受け流す。そして短い会話を終えると、黒フードの男はクオンを睨みつけた。



「クオン。全く、面倒な男だよ」


「クロツギ。お前か……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る