第7話 東京の地

「クオンはん、フィオネちゃん、見えたで!! あれが『東京』みたいや」


「うあぁ? もう着いたのか?」


「クオン、シャキッとしてください。運転しているのはミナリ様なんですよ」


 大型の鴉の姿をした『トラツグ』との戦闘からおよそ6時間後、三人は目的地であった『東京』付近にたどり着いていた。バイクは一時的に『東京』を見渡せる草原の丘の上に止まらせている。


 運転者はミナリに変わっており、クオンはサイドカーの中で足を前に突き出して両手を頭の後ろで組んでいた。どうやら仮眠していたらしく、だらしない態度にフィオネは彼を注意していた。


「ええってフィオネちゃん。しんどさに見かねたうちが勝手に運転変わったんやから」


「鎧の力を使いまくるからこうなるんですよ、クオン。まぁもろもろその力で助けられたのも事実ですが」


「へいへい、すいませんね。ところでどんな感じなんだ? この世界の『東京』ってのは?」


 目覚めたてのクオンは目をこすりながら、突き出していた足を戻してそのままバイクから降りる。そしてそこから見える『東京』の姿をクオンは眺めた。


「ほぉ。かなりでかいなぁ」


 目の前に映った光景は、戸谷達がいた拠点よりも10倍ほどの大きさを持つ都市であった。都市と言ってももちろん近代の姿ではなく、大正の日本文化の街並みである。


 立地は少し特殊であり、その街の周りを水で囲まれている。つまり大きな湖の真ん中に『東京』という都市があるのである。さらに見渡せばその湖はどうやら外海と繋がっているらしく、脇には上流からくる川と下流に向かう川が見える。


 そして入り口までには大きな橋が二方向から架けられており、クオン達が見える正面入り口とそして反対方向の入り口が見える。


「なかなか面白い立地しとるやん。水はやっぱり文明を支えるには不可欠なんやなぁ」


「見た所、湖を人工的に外海と無理やり繋げた感じがしますね。かなり労力がかかってそうです」


「まぁ、俺達には関係ないことだ。とりあえず先に考えることはあれだな」


 クオンはそう言って正面の入り口を指差した。そこには戸谷達のいた拠点同様に軍服を身に着けた警備兵たちが数人いる。そして『東京』へと入っていく者達を度々チェックしている。


「確実に俺たちの格好怪しまれるよな……」


「そんなん今更やんか。遠くから来た旅人って答えとくしかないわ」


「姿については隠しようがありませんよ、クオン。着替えなどもありませんし、衣服を奪える手ごろな方もいませんからね」


「俺が最も懸念してんのはミナリ、お前だよ」


「はい?」


 クオンはそう言ってミナリの方向に視線を移す。


「『トラツグ』っていうのがどこまで詳細に伝わってるのかは分からないが、人間ベースに獣の容姿を持ち合わせた奴らだ。あいつらとは一緒にしたくないが、ミナリのその姿がいろいろとまずいかもしれんぞ」


「な、クオン。ミナリ様になんてことを!?」


「クオンはん!!? うちのチャームポイントを、アイデンティティの一つを馬鹿にするんか!!!」


「わ、悪かったよ。そ、そういう意味で言ったんじゃない!!」


 当然ながらそんなクオンの一言に猛反発する二人。もちろんクオンには偏見な考えなどは持っていないが、言葉が過ぎたかもしれないとクオンは少々反省した。


「大体クオンはんの方がよっぽど物騒やわ。大剣に鎧ってバリバリの戦いまっせオーラ全開やんか。それに戸谷はん達の村では怪しまれはしてたけど、結局大丈夫やったやないか」


「あれはあいつらの先導があったからだろ? まぁ確かに俺の格好も人のこと言えねぇけどさ」


「あ~あぁ。テンションだだ下がりやわ。耳と尻尾くらい隠せるけど、力使うからしんどいんやけど」


 ミナリはものすごくげんなりして大きくため息をついた。そして嫌々体に力を込め始める。すると生えていた耳と尻尾が体の中にへと収納されていき、普通の人の女性と全く変わらない姿になった。


「クオン、これは重罪ですよ。ミナリ様の魅力が下がってしまいました。まだ十分お美しいですが」


「そうやでクオンはん。ギャルゲーでやったら、今のイベントで好感度最低クラスにまで下がって、後はたった一人の恋人おらずの『Bad End』まっしぐらやで。うちのケモ要素はそれだけ重要なんや!!」


「悪かったとは思ってるがしつこい。しかもこの現実はギャルゲーじゃないからな。そんなふざけた『Bad End』なんて待ってない。とりあえず俺が運転するから早く乗れ。このバイクを入り口付近の茂みにでも隠して『東京』に入るぞ」


 二人の続けざまの猛反発に流石に疲れてきたクオン。なのでとっとと二人に乗車を促して、自分は運転席へと乗った。そしてバイクが他人に見つからない場所に隠して、橋が架かる門へと向かった。


 


 ちなみにその後に門番に一番怪しまれ、呼び止められたのはクオンだった。








★★★★★★★★★★★★








「かなりにぎわっとんなぁ」


「戸谷達の拠点とはえらい違いだ」


 あれから三十分後、クオン達は『東京』の街並みを歩いていた。日本の大正時代のような風景ながらも、人が溢れんばかりに大勢歩き、車などもちらほらと見かけられて、近代的な建物も多く見受けられる。


 もちろん古めかしい構造の建物はあるが、それは総菜や食料品売り場のお店であり、人だかりも出来てかなり活気がある。店の主人の声も大きく響いている。


「しっかし、戸谷達が言ってた軍の本部ってどこなんだ? 建物が多すぎてどこかわからんぞ」


「う~ん、そうやねぇ。軍人さんを見つけられたらええんやけどなかなかおらへんなぁ。フィオネちゃん、なんとか位置の検索とかできひん?」


「検索は既に実行済みですが、それが該当しそうな施設が複数にありましてね。どうやら軍の本部も役割ごとに複数点在しているようです」


「ったく一つの建物に集約してほしいもんだ。しらみつぶしに探すのはめんどくさいな」


 立派な街の風景を見ながらクオン達は手掛かりになる施設がないかを見渡し、フィオネの検索機能を使って探索する。しかしながらフィオネの力も万能ではないらしく早くも行き詰まりかけている。


「おぉい。そこの見慣れない格好の兄ちゃん! どうだいうちの魚、見ていかないかい?」


 そんな時である、ある魚屋から急に声がかかってきた。クオンは別に無視してもよかったのだが、煮詰まっていた所なのでとりあえず街の人への聞き込みもいいと思ってそちらに足を向けた。


「あぁ、すまねぇなおやじ。せっかく声をかけてもらって悪いんだが、今は人探ししててそれどころじゃねぇんだわ」


「ほぉ、この『東京』で人探しか。そいつは大変だろぉ、うちの魚でも食って元気出さねぇと」


 店の店主は40過ぎの中年男性だ。角刈りであり、いかつい顔つきのずっしりとした体型の人物であった。店の前には新鮮な魚が大量にそして種類豊富に置かれている。


 異世界という事もあってクオン達が知る魚とは微妙な違いもあるがどれもおいしそうだ。ただ相手は商売人、会話をうまいこと自分の商売へと持っていく。


「お、兄ちゃん、べっぴんさんの彼女さんもいるじゃないか。羨ましいねぇ。隣には可愛らしい妹さんかな。兄ちゃんどうだい家族全員で景気よくぱぁっと買って行っておくれよ」


「べっぴんなんて嬉しいこと言ってくれるやないの。でもすまへんなぁ、うちら本当に文無しなんや。人探しのためだけに『東京』に寄っただけやねん」


「なんだい、そうなのか。そりゃこっちこそ、呼び止めて悪かったな」


 しかし本当にお金がないと分かると、商売気質の主人もすぐに魚を買わせるのを諦めたようだ。なのでこのタイミングでクオンは質問をしてみることにする。


「呼ぶかけてくれたのもなんかの縁だ。すまねぇが、ここの街で住民の記録を管理してる軍の施設を探しているんだが知らないかな? そこを利用して人探しをしようと思ってるんだ」


「兄ちゃん、店の物も買わずにそれは流石に虫が良すぎるぜ。俺は聖人君主じゃない、商売人だ。要求にはそれ相応の対価が必要なんだ。買ってくれたら教えてやるが」


「まぁ確かにそうだわなぁ」


 店の主人もそこまでお人よしではないらしく答えてくれないようだ。ここでなんとか主人を説得するのも手かもしれないが、ただこの主人はなかなか頑固そうだ。


 なので手っ取り早く済ませたいクオンは親父の意見を汲んで、ある提案を店の主人に投げかけた。


「じゃあ、こいつを働き手としてちょっと貸すのはどうだ?」


 なんとクオンはフィオネを店の主人へと差し出したのである。


「「「はぁ!!?」」」


 当然ながら三人とも驚嘆の声を出していた。


「クオン!! 何を言っているんですか!!?」


「クオンはん、ほんまや何言ってるんや!!」


「兄ちゃん!! な、なにもそこまで……」


 皆、もはや驚きを通り越して呆れてもいるように感じる。しかしながらクオンは本気である。


「いやこいつがどうしても働きたいみたいでさ。なぁフィオネ、そうだよな。めちゃくちゃ働きたいよな。魚も大好きだよな」


 ぽんっと肩を叩かれるフィオネ。クオンの顔を見てその意図は理解したみたいだ。そしてものすごく嫌そうでめんどくさそうな表情をしながら、ため息を吐いていた。


「はぁ分かりましたよ。やればいいんでしょやれば……。ご主人、ワタシ、サカナスキ、ハタラカセテ」


 クオンのごり押しにやれやれと大いに呆れながら、店の主人の元へとフィオネは移動して、棒読みで魚好きをアピールした。


「お、おい。あんたの妹さんじゃないのかい? いいのか、結構な力仕事もするんぞ。だいたいこの嬢ちゃん、商売なんかやったことあるのか? 無茶だぞ!?」


「無茶もへったくれもねぇの。なぁ頼むよ。力仕事とかなら絶対に役に立つとおもうが。だからさぁ場所教えてくれよ」


「うぅん……」


 こんな無茶な提案をいきなり切り出されて当然のことながら店主の親父はかなり唸っていた。自分が等価交換の条件を切り出したせいでクオンに言い寄られたわけであるが、まさかこんなことを言ってくるとは思わなかっただろう。


「なぁ、親父。結局どうなんだ!? 受けてくれるのか!!?」


「い、いやぁ、そうは言われても、うぅん……」




「こっちが下手のはずやのに、なんか変な光景やな……」


 苦悩する店の主人にただただ詰め寄るクオン。それをどういう感情で眺めていいのか分からないミナリであった。








★★★★★★★★★★★★








「こ、これは!? 軍部の少尉階級のバッチではないですか?」


「あぁ、『戸谷』という人物の遣いで来たんだ」



 場所は再び移動。フィオネを預けてクオンとミナリはある施設に来ていた。その施設とは『東京』にある軍の本部の資料施設だ。少し暗い色の板で床や壁が張り巡らされており、受付カウンターが入り口付近と奥の作業用のデスクスペースを隔てている。


 建物の入り口から見て左端の方には、そのデスクスペース側に通ずる扉が施錠されており、そこには資料室と書かれた扉も見える。


 そして受付にいる軍人の男性にクオンは話しかけており、『戸谷少尉』から受け取ったバッチを見せつけていた。


「これで俺たちが全くの部外者じゃないってことが証明されたろ? とりあえず調べたい人物がいるんだ、その資料室ってのに案内してくれ」


「ちょ、ちょっと待ってください。確かに部外者じゃないとは分かりましたが、軍に所属していない方を資料室の案内する時には、上司に許可がいるんですよ」


 ただし、思い切り詰め寄るクオンに受付の男性もかなり困惑している。どうやらバッチを見せただけではうまくいかないらしい。ミナリも待合スペースにある椅子に座りながらクオンを心配した様子で眺めている。


「上司の許可っていつもらえるんだよ。確かに急にこんなこと言って、困らしているのは分かる。でもな俺は今すぐにでも見せてほしいんだよ!!」


「クオンはん、グイグイいきすぎや。そもそもうちらが見ようとしてんのは結構な内容やと思うで。そう簡単に見せられないんやろ」


「だがよぉ」


「焦る気持ちは分かるけど、その人の意見も聞かへんといかんよ。な、そこのお兄さん」


「は、はぁすみません、わざわざ」


 流石にクオンが詰め寄過ぎと感じたミナリは彼に苦言を呈した。確かにミナリの言うことは確かに尤であり、住民の情報など簡単に見せていいものではないだろう。しかしクオンはそんなミナリに反論する。


「ここで引き返したらこのバッチを受け取った意味がねぇだろ。あいつらは俺たちのわがままのためにこいつを託してくれたんだぞ。無駄にはしたくない」


「そうか、そうやったね。確かにきれいごとは言ってられへんか」


 クオンに諭されてミナリもその場から立ち上がる。そしてそのままクオンの隣へと並んだ。


「受付のお兄さん。確かにこの人が無茶苦茶言ってるのはわかる。でもこの階級の示すバッチはただのバッチやあらへんねん。命同然に預けてもらった大事なもんや。だから頼むわ、なんとか資料室に案内してもらえへんか?」


「え、えぇ~~。ちょっと……あなたまで……」


 ミナリまでが加わって受付の男性は詰め寄られるしまう。ダブルで攻められて泣き顔になって、すっかりたじたじである。だがそんなときに奥の方からある男の声が響いた。


「話は聞かせてもらった」


 そしてその野太くて低い声と共にたくましい無精ひげをたくわえた強面の男が現れたのである。クオンよりも少し背が高く、顔には戦キズがついている。見るからに叩き上げの人物だとうかがえる。


「え、岡元少将!!?」


「『戸谷』と言ってたな。そのバッチを見せてもらおうか」


「あ、あぁ」


 岡元少将と呼ばれたいた人物はクオンからそのバッチを預かるとまじまじと観察して、そのままクオンへと返還した。


「確かにそれは『戸谷少尉』のものだ。本人から譲り受けたと言っていたがそれは本当か?」


 男はその鋭い視線でクオンとミナリを高圧してくる。悪い人物ではないとは感じるが、その圧に今度は二人がたじろいてしまっている。とはいえこのバッチは紛れもなく戸谷本人から譲り受けた代物であり、クオンもはっきりと断言する。


「あぁ、そうだ。あいつからしっかりと受け取ったもの」


 その力強いクオンの言葉を聞くと、男は安心したように軽く口を微笑ました。


「そうか。私が資料室に案内してやる。ついてこい」


「岡元少将!? いいんですか!?」


「いいんだ。なにか不都合が起きたら私が責任を取る」


 男は受付の男性のをなだめると、その後に服からいくつかの鍵を取り出す。そしてそれらの鍵で資料室と書かれた部屋と受付カウンターを隔てる扉を開錠した。


「入ってこい。ただしその馬鹿でかい剣は受付に預けて置け。危険物だ」


 岡元少将は淡々とそう言うと先に資料室へと入っていった。


「なんとかなったなぁ、クオンはん。ちょっとあの人怖いけど」


「まぁ結果オーライだな。んじゃ受付の兄ちゃん、こいつ頼むわ」


「て、お、おもぉお!!?」


 そしてクオン達も彼の後を追うことにする。一応言われたとおりに大剣をその受付にへと渡してから二人は資料室へと入った。





「ここが資料室だ。軍を配備されているすべて街の住民の記録が収められている」


 強面の男はそう言いながら、二人が部屋に入ったの確認すると扉を施錠した。そしてドアのすぐ近くに置かれていた椅子にへと座る。


「すげぇな。資料がかなり山積みだな」


「紙がぎっしりと収納された棚だらけやしなぁ。頭、痛くなってくるわぁ」


 資料室には、部屋の天井にまで届きそうな高さの棚がいくつも並んでいる。そしてそれぞれ引き出しが何段も付いており、その中には住民たちの情報が書かれた書類があるようだ。


「当然だろ。住民たちの情報が全部書かれているんだからな。尤も多少の虚偽も含まれているし、いい加減なものも多いんだがな」


 資料室に見て回り始めた二人に向かって、岡元少将はその呟く。そして二人はそう呟いた彼に視線を向けた。


「なんであんた俺達をここに入れてくれるのを許可してくれたんだ?」


「まぁ理由をつけるなら、お前が見せてくれたそのバッチだよ」


「これか?」


 彼はクオンが持っているその指を指しながら、言葉を続ける。


「戸谷、あいつは元々私の部下でね。一昔前は私の部隊いたんだ。今は互いに階級も変わって私の元から離れてしまった。だから久々にその名前を聞いて懐かしくなったのさ」


「そう、……か。あいつと……いっしょだったのか……」


 呟くように言葉を返すクオン。だがその声のトーンは少し暗い。そんなクオンの心情とバッチを託されている状況から戸谷少尉の境遇にただならぬことではないかと岡元少将は読み取った。


「『トラツグ』の一件だな? あいつが配属された近くの拠点で既にいくつか被害が出てたが、まさかあいつはもう……」


「いや、ちゃんと生きてる……よ。色々世話になってな。そんときにお守りとして持って行けって言われただけだ。すっかり役に立ったよ」


「そうそう。戸谷はんの好意でここのことも教えてくれたんよ。ほんまにありがたいで」


「そうか、ならいいが……」


 岡元少将は二人からそう説明を受けると複雑な表情を浮かべる。そしてその椅子から立ち上がり、棚の方へ移動した。


「お、おいあんた……」


「一緒に探そう。誰を探しているんだ?」


「別に手伝ってもらおうとは……」


「好意に甘えましょ、クオンはん。この人の方がこの場所については詳しいやろ」


「そうだな。探してるやつの名前は『トワ』。俺の妹で、この地域に5年前に来たそうだ」


「トワか。少し変わった名前だな。それに五年前か。なら早く見つかりそうだ」


 『トワ』。そう名前を告げる。その名前は珍しいものらしく、岡元少将の手が速く動く。いくつかの棚を開け閉めして、ものの数分後には目的の書類を発見した。そしてその書類を手に取った。


「これだこれだ。見つかったぞ」


「は、はやいな。そんなに早く見つけられるもんなのか?」


「まぁ記録した日付順に並んでるからな。それにトワって名前はこの『世界』じゃかなり珍しい。だから……」


 しかしその紙に書かれた内容を見ながら彼の言葉が急に途切れる。声を聞いていたクオンとミナリは不思議に思い、彼に視線を向ける。


「どうした?」


「あぁ、いやなんでもない。5年前ってことは書類として申請されるのは2年前だ。この書類に書かれた女性で間違えないだろう」


 岡元少将は特に何もないと答え、そのままそばにきていたクオン達にその書類を渡した。


 受け取った書類には、登録されたこの世界での年号や日付が記されており、それはちょうど二年前になっていた。所属している拠点の場所、個人の年齢や性別など情報がその紙には大まかに書かれている。そして文章の横にはしっかりとした顔写真も写っていた。


「確かに『トワ』だ。俺の妹だ……。本当に見つかるとは」


「ほんまや、ほんまに『トワ』ちゃんやんか。見つかってよかったなぁ」


 映っていたのはボブショートに灰がかった黒髪の女の子。少し感情希薄に見えるがその顔はとてもきれいで美しい。兄妹という事もあってか兄のように若干目つきが悪いが、そうは感じさせない魅力を持っている。


 年齢は16歳と記されているので今は18歳ということになる。ただ映っている写真の彼女はまだ幼さを感じさせる可愛らしい少女そのものだ。


「とりあえずこれでお前たちの手掛かりは見つかったようだな。じゃあここを出るとするか。ちなみにその内容を書き写す必要はないからな。予備はあるからそのまま持って帰っていいぞ」


「おぅ、助かる」


 クオンが書類を懐に仕舞ったのを確認すると岡元少将は扉の鍵を開けた。そしてドアノブに手を持ったタイミングで彼は急に後ろを振り向いた。そしてクオン達に向かって言葉を投げかける。


「忠告しておくが、もう『東京』には来ない方がいい。後でお前の妹がいる拠点までの地図もやるから、早々に出発しろ」


「あぁ? なんでだよ?」


 しかしその言葉の意味が分からずクオンはすぐに理由を尋ねた。


「いろいろとここも危険なんだ。それに次に向かう拠点も『トラツグ』の襲撃に合うかもしれないだろ? 妹さんに早く会ってやれ」


 彼はそう答えるとそのままドアを開けた。しかしその不十分な返答にクオンは不満げな表情を浮かべる。ただこれ以上聞いても十分な返答は帰ってこないと何となく察したクオンは、そのままミナリと一緒に資料室から出たのであった。





★★★★★★





 クオン達は先ほどの資料施設を後にし、フィオネを預けた魚屋へと歩いていた。ただクオンはその受け取った書類を眺めながら眉間にしわを寄せていた。


「どうしたん? なんか手掛かり掴んだのに腑に落ちない顔してんなぁ」


「妹の手掛かりが見つかってうれしいはずなんだが、どうも引っかかる。なんか変な感じがするんだよな」


「変な感じ?」


「あっさりしすぎているというか、簡単に見つかりすぎというか。うまく事が運びすぎてる気がしてな」


「そうかもしれんけど、道中色々あったやん。順風満帆ではなかったと思うけど」


 クオンは妹の手掛かりを手に入れたはずであるのに、なぜかこの現状に納得がいっていない。その引っかかる感じの大半は、先ほど資料室に案内していた岡元少将の不信さにあった。


「さっきの男、岡元少将と呼ばれていたあいつだ。あいつがどうも怪しすぎる。色々隠してそうだしな」


「あぁ、さっきの強面の方やね。まぁ確かに様子もおかしかったなぁ」


「あいつ、『トワ』の資料を見たときに言葉に詰まってたろ。何よりも気になったのが『トワ』の名前が『この世界じゃ珍しい』って言いやがったことだ」


「この……世界……」


 クオンのその意見を聞き、ミナリも何かを察した。


「普通、自分の世界を『この世界』なんて表現するか? この大正もどきの文明もまだまだ発展途上、そしてここでは次元トンネルが日常で使われている痕跡もない。俺達みたいな存在なら『この世界』なんて言い回しをしてもおかしくないが、ここの住民たちが使うのは違和感しかない」


「うぅん。確かにそうやな。ということはあの人は『次元トンネル』を知ってるってことなんのかなぁ? 軍の人らがそれを把握してること?」


「可能性はなくはない。ただ戸谷や佐竹たちは知らなかったように感じたな。だから軍にいる一部の奴が知ってるのかもしれない」


「なんか、この世界の軍隊も、きな臭いなぁ……」


 クオンが思った違和感を二人で話し合ううちに雲行きが怪しくなってくる。この世界は自分達が思っている以上に複雑でとんでもないことが起こっているのではないかと邪推してしまう。


「それやったら貰ったその資料もけっこう信憑性に欠けそうやなぁ。まぁあの強面の人自身が虚偽も含まれてるって堂々と言ってたけどなぁ」


「まぁあまり深読みすぎても憶測の域は出ないんだが。とりあえずフィオネの元に戻ろうぜ。あいつを受け取ったら宿屋にでも止まってじっくり考えよう」


 クオンはそう言いながら持っていた書類を再び仕舞いこむ。そしてフィオネを預けた魚屋へと近づいて来た。


 そして店が見えてきたタイミングでクオン達は急に声をかけられた。



「お~~~い!!! 兄ちゃん!!!! 帰ったのか!! 見てくれぇええ!!!」


「ふあ!?」



 なんとフィオネを預けた魚屋の親父が大声で話しかけてきたのだ。いきなりの大声にびっくりし、どういうことかと店の方を見るとその様子にクオンは驚いた。


「げ!!? 全部なくなってやがる!!」


 なんと店に陳列していたあの大量の魚が完全に売り切れていたのである。更には店の奥に置いてあったであろう箱詰めにされていた予備の魚もきれいさっぱり無くなっていた。


「兄ちゃん、あんがとよ!! あの子めちゃくちゃ商売の才能あるよ!! まさかものの数時間で明日売り出す分の魚まで売り切っちまった!! 客の引き込み、品の紹介、プロ顔負けだよ。いやぁ、最高だよ!!」


「ほ、ほんまに無くなっとる。すごいなぁ、フィオネちゃん」


 その活躍っぷりに隣にいるミナリも呆然としている。しかし肝心のフィオネが見当たらない。そう思っていたら後ろからちょうどフィオネの声が聞こえてきた。


「クオン、それからミナリ様、お帰りでしたか。手掛かりは掴めましたか? こちらはうまくやっておきましたよ」


「フィ、フィオネ。お、お前これ全部売り切ったのか? いったいどうやっ……うげぇ!!?」


「フィ、フィオネちゃん、そ、それなんや……」


 クオンはフィオネの方を振り返るとさらにその姿に驚嘆の声を上げてしまった。横にいるミナリも口を大きく開けてしまっている。


 それもそのはず、なんとフィオネは魚がはみ出るほど詰め込んだ籠を、両手に持ちながら大量に積み上げていたのである。


「うおぉおおお!!! 嬢ちゃん!!! そ、そんだけ釣ってきたのか!!! 流石だよぉぉ!! なんて最高の人材だ!!!」


 店の主人も興奮のあまり大声を出して喜んでいる。当然ながら周りの連中もその異様な光景に驚き、皆が一斉に立ち尽くしてしまっていた。


 しかしそんな周りの様子など、どこ吹く風の様子。そしてフィオネは無表情のままこう答えた。


「とりあえずこの魚食べます?」

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