第10話 ショータイム。これがトラツグの作り方①

 時間はミナリとフィオネがクオンと別れた直後までほんの少し遡る。


 ミナリとフィオネの二人は、アカギリという『トラツグ』に先導されるまま次元トンネルを通過した。別の場所へと移動が可能なこのシステムにより、通過した瞬間に視界に映る場所は一転する。


 目に入ったその場所は一直線の通路。天井が低く、横幅が狭いくらいで何の変哲もない通路だ。出てきた空間には入り口と同じく次元トンネルの装置が設置されている。そしてその通路の奥には大きな扉が見える。


「…………」


 ミナリとフィオネは辺りを見渡して罠などがないかと警戒する。しかしその様子に特に関心を持たず、アカギリは扉の方向に向かって歩いていく。だが三人が通路を歩いてしばらくすると、次元トンネルの渦は急に消滅した。


「え!?」


 渦が消滅したその事実に驚き、ミナリはアカギリに声をかけた。


「あんさん、今次元トンネルの渦が消えたで。どないなっとるんや?」


 次元トンネルの渦の消失。それは先ほどまでいた東京の総本部の一室とここを繋ぐ道が途絶えるという事だ。これはクオンがここに来れなくなってしまうことを意味している。ミナリは声色を低くして語り掛けていた。しかしその問いにアカギリは淡々と言葉を紡ぐ。


「えぇ。それがどうかしましたか?」


「どうかしたかやないよ。これじゃあクオンはんがここに来れへんやないか。約束と違えてないか?」


「違える? ふふふ、何のことでしょうか? 私はあなた方を先に案内しますとは言いましたが、それ以上のことは言及しておりませんよ」


「確かにそうやけど。さっきのやり取りはクロツギとかいう男に勝ったら、クオンはんここに来れるって意味やないの?」


「おやおや。何を言ってるのでしょうか? 妄想もほどほどにしてください、くははは」


 ミナリの言葉にアサギリは子供だましのような下手な言い訳を述べ、苦笑する。ミナリ自身、このアカギリは事は端(はな)から信用していなかったので『やはりか』と心で思い、呆れながら静かに武器を手元に取り出した。同時に横にいたフィオネも小刀を両手に構える。


「ええんか? 今あんたは敵2人に背を向けてるんやで」


「……」


 ミナリは持っていた長い黒刀をアカギリに向けており、フィオネも二本の小刀を彼に突き出す。それを察した彼はそのまま降参の意味を込めて両腕を上げる。


「冗談ですよ。次元トンネルの渦ならすぐに再生成されます。あまり長いこと出力を維持するのも大変なのでね」


「それが本当やといいけどなぁ」


「おやおや、信用のないことで」


 今の彼の状況は二対一。それに関わらず、相手を逆撫でする態度に二人は怒りと同時に違和感を覚える。この落ち着きの良さはなんなんだと。


(…………)


 不審に思ったフィオネは、この場で更なる探知を始める。体温を測ったり、視覚だけでは得られないものを探る。


 幾度か行われているフィオネの探知能力だが、飛び交う電波をキャッチして情報を仕入れたり、サーモグラフィーのような機能で体温を測ったり、視覚の透過能力で建物の構造まである程度調べることができるほど優秀だ。


 なので違和感はその有能探知能力ですぐに判明するが、それ故に事実をいち早く知ってしまい、思わず絶句してしまう。


「ま、まさか……」


 フィオネの顔が青ざめ、声色が落ちる。


「どうしたんや、フィオネちゃん? 何を感知したんや?」


 急変するその様子にミナリも並々ならぬ不安を感じ、そしてその表情を見ていたアカギリはさらに不敵に笑う。


「おやおや。あなたは何かの感知能力でもあるのですかな? ですが今回に限ってはあまりにも酷だったようですね」


 扉の前まで来ていたアカギリはドアの取っ手を掴み、扉を開放した。







「「「うおぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」





「「「ふぅううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」





「「「おおおぉぉおおおおおおおおおおぉおおおおおお!!!!!!!!!!」」」








 途端に視界に強烈な光が差し込み、同時にすさまじいほどの大歓声が鳴り響く。



「な、な、なんやこれ!!??」


「これほどまでの数が……」





「「「おおおぉぉおおおおおおおおおおぉおおおおおお!!!!!!!!」」」





「「「うぉおおおおおおおおぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」




 鳴りやまない大歓声。二人の目の前にはドーム状の大きな空間が広がっていた。


 ドーム端にある観客席にはそのすべてを埋めるほどの人がいたのである。いや、人ではない。人間の形を保っている獣の力が宿っている生物たち、トラツグ達が溢れていた。その数はざっと五万ほどであろうか。


 さらに様々な所に目が眩むほどの大量のライトが設置され、撮影機器として辺りをドローンのようなものが飛び交っている。中央には円盤状の大きなバトルフィールドが設けられており、上空にはそれを映す巨大なスクリーンが設置されている。


 どういう感情でここを見ていいものなのか。このトラツグの量はなんなのだ。このドーム内に広がる人々の街より遥かに発展した技術はなんだ。謎が謎を呼び、二人はただただ立ち尽くしてしまう。


 光景に圧巻される二人に対して、アカギリは面白そうに笑みを浮かべてさらに言葉を投げかける。


「ここは我がトラツグ達の拠点にある一種の娯楽施設で、己が身体能力を示すコロシアムです。我々はあまりある力を持て余しておりましてね、こうして互いに覇権を競う戦いの場を定期的に行っているんです」


「よ、余興……?」


「いや、それよりも技術は……」


 二人はそのあまりにも受け入れがたい光景に困惑を続けている。


「我ら、トラツグ達を野蛮なだけの獣(けだもの)集団とでも思っていたのですか? 一定数そんな輩が『作られてしまう』事もありますが、より高度な知能を持つ者はその分野でも大きな進化を遂げる」


「作られる……?」


 アカギリは目の前に広がる光景を嬉しそうにそして声を高らかに説明する。ここはトラツグ達の拠点に存在する格闘施設であり、ドームに設置された様々な機器は彼ら自身が作り上げたもののようだ。


 だが彼が発した『作られる』言葉に思わず眉をひそめるミナリ。そんな様子のミナリにアカギリはそっと二人の後ろへと回り込む。そして口元をにやりとつり上げた。


「今に分かりますよ。その疑問、そして我々の存在意義とは何か」


 その瞬間、彼の姿は翼をもつ恐竜『プテラノドン』のような姿へと変貌する。


「なっ!!?」


「えっ!!?」


 その変化に驚かされた二人の隙をつき、さらに大きく広がった翼を一振りした。


「くっ!!?」


「うわ!!!?」


 途端に突風が吹き荒れて、ミナリとフィオネの身体が宙を舞う。そしてドームの中央にある円盤状のフィールドに吹き飛ばされてしまった。とはいえなんとか空中で姿勢を取り戻して着地する二人。その姿を目撃した観客たちはさらに声を上げて盛り上がりを見せていた。


 そして二人が脱出できないように、円盤状のフィールドの周りから鉄格子が出現して、そのまま天井まで伸びると巨大で大きな円柱状の空間を作り上げてしまう。それだけならまだしもその鉄格子からは目で見てわかるほどの電流が音を立てて流れ始めた。


 二人がバトルフィールドへと降り立ち、その空間が生成されるのを見届けると、アカギリはまた二人に声をかける。


「あなた方にはゲストとしてその舞台に立ってもらいます。心配いりませんよ。ここに集まったお客様すべてと戦ってもらおうとは思っていませんし、ほんの余興として何人かと戦ってくださればけっこうです」


 アカギリはそう言い切ると翼をまた羽ばたかせて上空へと飛ぶ。そしてドームの上を飛行しているマイク付きのドローンのような機械に口を通す。


「さぁ、今日の催しにご集まりの皆さま、お待たせいたしました。今宵も繰り広げられるバトルロイヤル、なんと今回は異世界からの̻̻刺客がゲストに登場!!! 場をさらに盛り上げてくれることでしょう!!!!」




「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」」





 更に盛り上がるギャラリー達。ドーム上空にある巨大スクリーンには困惑するミナリとフィオネが映し出されている。


「アカギリはん、あんたは何がしたいんや!! うちらに『トラツグ』について教えてくれるんやなかったのか!!? 何一つ状況が掴めへんのや!!!」


 この意味の分からない状況。激高にも近い叫びで、ミナリはアカギリに問いかけていた。


 アカギリは確かにこの施設や観客も説明し、トラツグの在り方を多少なりともは話している。しかしそれも意味深な言葉をただ重ねるだけ。巡り廻る状況の変化にミナリ達の、思考が追い付かなくなるもの当然なのだ。


 アカギリはそのミナリの言葉を受けて観客に呼び掛けるMCのような口調でミナリに解答を与える


「我々『トラツグ』とは人類の進化系!!! ここに集められた者たちは人間をあらゆる意味で凌駕する存在達。目的はただ一つ。既存の人をすべて淘汰し、トラツグにへと変える。それだけなのです!!!」


「「トラツグに変える……?」」


 最後に発せられた言葉に恐ろしいものを感じ、二人の心は不安に曇もっていく。


「あなた方は異界から来た者達。既に戦闘能力の片鱗は見せていただきました。そんな方たちと我々トラツグの戦士たちがどのように戦い合えるのか。皆さんは気になりますよね。では今回の戦士たちの登場です!!!!」


「な、なんや!?」


「じ、地面が。いや床が揺れています!!」


 アカギリの掛け声とともに、二人が立っている床が一部開き始める。そして開いた空間から地下にあった別の床がせりあがってくる。そこには何人かの集団が立っていた。


 現れたのはすでに獣へと変化していた者達。マンモスの姿をした者、クマの姿をした者、狼の姿をした者、虎の姿をした者。多くの種族の『トラツグ』がそこにいた。


 だがその中に人間の姿を保つ者が一人立っていた。ミナリとフィオネはその人物を見て言葉を失ってしまう。




「あ、あ……」


「ミナリ様、これは……」








『ま、まて佐竹……。見慣れないよそ者に言うべきではない』



『す、すまなかった。事情を知らずに。今までの非礼を詫びる』



『あなた方が何らかの事情を抱えているのは分かる。だが今、この村は『トラツグ』たちによる侵攻を受けているんだ。そこであなたたちの助力が欲しいのだ』



『私の名前が刻印されているだろう? それを持っていれば私の知り合いという事の証明になるはずだ』



『期待している……』







 そこにいたのはボロボロの軍服を身に着けた一人の見覚えある若い女性。その姿を見て彼女が言っていたセリフが頭の中でフラッシュバックされていく。


 だが背中からは赤い翼を生やし、目が血走っている変わり果てた姿を晒していた。しかしそれでもはっきりと分かる。あれが彼女だと。ミナリはその言葉を言いたくはなかったがそれでもなんとか口からそこから吐き出した。


「戸谷はん……」


 口の中に嫌な唾がたまり、苦い感触がある。そこにいたのはクオン達が初めにこの世界で出会い、交流を交わした女軍人の戸谷少尉だったのである。


「ミナリ様。あのアカギリが言っている言葉はもしかしたら……」


 ミナリの表情を伺いながら、言いにくそうにフィオネは語り掛ける。だがミナリは手を差し出して制止する。


「言わんでも分かるわ。というか今からはっきりと分かるわ」



「あ、ぁあああ……」



 理性がないのか、周りをふらふらと見渡し、発する言葉はまるでうめき声のみ。だがミナリと目線を合わせた瞬間、急変する。



「ああぁあぁああああがあぁあああ!!!!!!!」



 彼女の周囲の空気が一気に渦き、更なる雄たけびを発しながらその姿を異形の姿へと変えていく。そしてものの数秒で、彼女の身体はいわゆる幻想種である『ワイバーン』のような竜の姿に変わったのだ。



『ぐおおおぉおおおおおおお!!!!!!!!』



 びりびりと肌を刺激してすさまじい風圧が、その叫びと共に発生する。その戸谷少尉の『トラツグ』としての姿を見て、歯ぎしりをしながらミナリは持っていた長い黒刀を抜刀する。同時にフィオネも両手に小刀を構えた。


「全くふざけてるわ、この状況……」


 怒りの感情が体から溢れ出し、刀を持っている手に力が入る。そしてそのまま目線を上にあげて、空に飛んでいるアカギリを睨みつけた。


 その視線に気が付き、アカギリはさらに楽しそうに観客に言葉を紡ぐ。




「さて今回の登場するVIP選手は、我々の侵攻に勇敢にそして鬼気迫る勢いで立ち向かった元女軍人。竜の因子に適合し、誕生した『トラツグ』。今だ言語は話せない未覚醒の彼女ですが、その戦闘力は相当なもの。この祭りは楽しいことになりそうです。皆さま盛り上がっていきましょう!!」






「「「わああおおぉおおおあああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」





 アカギリは観客にその言葉を浴びせるとドーム全体にまた湧き上がる。


 その歓喜の声は二人には苛立ちをただただ加速させる雑音でしかなかった。








★★★★★★★★★★★★












「がぁはああっっ!!!!??」


 男の声と金属がこすれる音、そしてその何かが壁にぶつかった音が辺りに響いた。


「いててて……」


 その男はミナリとフィオネと一時的に分かれて、そしてクロツギという男と勝負を繰り広げていたクオンであった。


 彼はクロツギとの戦闘からうまく逃げ切って次元トンネルを通過していた。クオンがいる場所は東京の軍の総本部ではなく全くの別の場所である。


 体の激痛に耐えながら倒れこんだ体を無理やり起こす。彼がそのままふと後ろを見ると、次元トンネルの装置が置かれており、渦は消失していた。


「はぁ、なんとか出口は塞いだか」


 クオンは東京での戦闘中に、戦う羽目になったクロツギから逃げるために自分が渦に入った直後に大剣の斬撃を飛ばして向こう側の装置を破壊していたのである。そのため、空間を繋ぐ渦は消失していたのである。


 彼はその作戦が成功したと分かるとため息を付きながら安堵する。そして持っていた大剣を杖代わりにその場から立ち上がった。


「はぁ、ここがトラツグの根城なのか? 着いたのはいいが、ここはどこなんだ?」


 クオンがいた場所は、次元トンネルの装置が置いてあるだけの狭い部屋。薄暗く電球が部屋を照らし、目の前には金属製の扉がある。


 場所はミナリやフィオネが移動した場所とは全く違う場所であった。もちろんそんなことはクオンは知る由もない。


「とりあえずミナリとフィオネと合流しねぇとな」


 クオンは二人を探すため、前の扉へと足を進める。そして何か仕掛けがないかを確認した後に、ゆっくりとドアノブを捻り、扉を開けた。


「あ? なんだこれは……?」


 クオンが扉を開けると、そこには特殊な通路が広がっていた。通路の壁の一部が強化ガラスになっており、通路と隣接する部屋の内装が見える構造になっている。


 そしてその通路や部屋には明かりが灯されているが、人がいる様子はない。ただ部屋の内部には人が入れるほどの液体が入った培養槽やそれにつながるパソコンのような機材、シリンジやフラスコなどの容器、乱雑にばらまかれた書類などが置かれている。


 先ほどまでいた人々が暮らす文明とはかけ離れた雰囲気に驚かされるが、その部屋が気になってとりあえず右側の部屋から入ることにした。


「何かの実験か?」


 部屋の扉は同じガラス状の物であったが、それには鍵はかかっておらず、そのままあっさりと中に入り込むことができた。そして培養槽の前に立ち、置かれていた資料やまだ映し出されていたPCの画面をのぞき込む。


「Toratsugu 試験体No50326? 他はよくわからん数字ばかりだな」


 映っていた画面には、よく分からない内容の言葉と数字群の羅列が表示されている。そして持っている資料にもほぼ同様なことが記されているが、そこにはある男の顔写真が載せられていた。


「こ、こいつ。俺たちが初めてこの世界に来た時にぶった斬った鳥野郎の片割れじゃねぇか」


 そこに写っていたのは、スキンヘッドが特徴の鷲の姿をした『トラツグ』の一人であった。ただその写真には、対峙した時に存在した翼は背中には生えておらず、完全な人間の姿をしている。クオンはまさかと思い、他の資料や機材の画面を操作してみる。するとその相方の長髪の男もすぐに発見することができた。


 その二人を見つけてから、クオンは持っていた資料をより深く読み解くことにする。すると衝撃的な事実が書かれていた。


「試験体No50326の高適合生物を確認。配合を開始し、翌日に終了。『トラツグ』の生成に成功。知能、人格共に初日での動きは……」


 その文章を読んでそこでようやく『トラツグ』とは何なのかを理解する。


「こ、これは、まさか……。トラツグは……」


 だがその理解と同時にふと自身の妹である『トワ』のことが脳裏に浮かんだ。元々ここに来たのは彼女がいるかしれないからだ。もし本当にこの施設に来ているなら、彼女にも何らかの事が起こっているかもしれない。


「おい、まさかいねぇよな……」


 嫌な想像が頭に浮かび、嫌な汗が噴き出てくる。そしてクオンはすぐに他の部屋にも入り、資料などを漁り始めた。


 紙の資料を何枚もめくり、パソコンの画面を操作する。すると恐ろしい数の人間の次々と変わり果てた姿が次々と発見される。それだけでも気が滅入ってくるクオンであったが、その途中ある最悪な人物を発見してしまう。



「え、あぁ。と、戸谷……だと……!?」



 クオンが手に取った資料には、戸谷少尉の顔写真が載せられていた。そして資料の詳細にはすでに『トラツグ』になったという記載がされていた。あまりにも唐突であっさりと記されたその内容に思わず、言葉を失う。


 同時に怒りの感情が急激に沸き上がり、彼は持っていた資料を握りつぶす。そして自身の鎧に力を込めて鎧は赤に染まる。そのままその拳で培養槽を素手で思い切りぶん殴った。


 ガラスがいとも簡単に粉砕され、中にあった培養液が溢れ出す。クオンの顔は怒りに満ちており、拳は割れたガラスが刺さって血に染まっていた。


「はぁはぁ……。最悪だ……」


 足元も培養液を被り、ずぶぬれになっている。体に有害な液体なのかと心配になったが、特に問題はなさそうだ。足元に被った液を軽く払ってその部屋から抜け出した。


「いや、まだ確定したわけじゃないか。とりあえず自分の目で確かめるまでは、こんなこと信じられるか」


 クオンはそう言いつつ、感情がまだ収まりきっていないためか壁を何度も殴っていた。


「だがこれでトラツグの正体ってのが分かった。だが次にぶち当たる問題はここがどこかって話だ。ミナリとフィオネは無事なのか? トワはいるのか? あぁあ、くそが!!」


 今起こったことが頭の中でごっちゃになり、頭を掻きむしりながら激高してしまうクオン。致し方ないことではあるが、それでもクオンは止まってられない。感情がぐしゃぐしゃになりながらも探索を始める。


「くそ、はぁはぁ……」


 とはいえ歩いても似たような部屋が続くだけ。手掛かりにと部屋に入って資料を探っても同じ内容ばかりである。妹である『トワ』の資料も全く見つからず、進展もない。クロツギとの戦闘のダメージも効いてきて息が荒くなる。


 そんな中ある部屋の培養槽に一つの人影を発見する。


「お、おいあいつは!!?」


 その人物を発見すると、クオンは部屋に入り、急いで培養槽を大剣で叩き切って破壊する。溢れ出る溶液と共に中からはある男性が現れた。それはボロボロの軍服を着た男であり、それはクオンが見知った人物であった。


「おい、佐竹!! お前なんだろ!!? しっかりしろ!!」


 その男性は戸谷と共に一緒にいた軍の兵士、『佐竹』であった。クオンは片膝を立てしゃがみながら佐竹を持ち上げる。そして彼の顔を軽く叩き、なんとか目覚めさせようとする。すると佐竹はなんとか意識を取り戻し、弱弱しく目を開けた。


「ク、クオンさ……ん……?」


「あぁ、そうだ俺だ。どうしてお前がここにいる? あの村はどうなったんだ!?」


「あ、あぁあ……あの村……?」


 クオンは佐竹にそう問いかける。すると初めのうちは何を言っているのか理解できていない様子であった。だが途端に何かを思い出したのか、急にクオンの首元を掴んできた。


「お、襲われたんです……。あなたが行った後に、戸谷少尉も、な、仲間も、みんながみんなが……。いつの間にか、ここ……、ここに来てぇ……。みんな、怪物にさ、されて、あぁああ」


「お、おい!?」


 佐竹はガクガクと体を震わせて、目からは涙が大量に溢れ出ていた。


「な、なぜ、留まってくれ……なかったんです……か。い、いや、違うちがう。あなたたちはなに……も悪くな…、あぁああ」


 そして言葉を言い切る前に佐竹の腕の力は抜け、その場であっさりと力尽きて倒れてしまう。


「お、おい……」


 倒れた体を何度かゆすったが、目を開いたまま全く持って反応をしなくなってしまった。そしてクオンその様子から察した。


 クオンの心の中で様々な感情が渦巻き、悲しく悔しく腹が立った。だが今は事実を認めるしかなかったのだ。


「…………」


 クオンは佐竹のまぶたをそっと閉じる。そしてくやしさと虚しさのあまり拳を地面に叩きつけていた。たった数分間の出来事がクオンの精神に大きなダメージを与えてくる。だが無情にも運命は更なる試練を彼に与える。


 突然、培養槽の機械が作動する音が鳴り始めたのだ。


「!!?」


 何が起こったのか理解できないクオンであったが、すぐさまその場から立ち上がって剣を構えた。そして数分後、作動音が消え去ると同時にどこかの部屋の培養槽が自動で開く音が聞こえた。


 周囲を見渡すクオン。するとどこからともなく佐竹と同じボロボロの軍服を身に着けた複数の男女がクオンのいる部屋の通路前に集まり始めた。


 恰好から分かる通りこの者達は佐竹と同じ軍の隊員であり、その中には数人は見たことがある顔が混じっていた。どうやら同じ場所に収納されていたようである。


「こ、こいつら……」


 その者たちの目つきはまるで獣のように鋭く、口からは牙が生えていた。ふらふらとおかしな挙動をして理性も人格も感じられない。だが明らかにクオンの方を見つめて威嚇している。


「「「がああああああ!!!!!!」」」


 そして彼らは一斉に雄たけびを上げると、すべての者達が巨大な狼へと変貌したのである。


「本当になんなんだよ、これは……」


それを見たクオンの顔はさらに険しくなり、怒りの感情がますます膨れ上がった。




「ふざけるな……。ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」




 クオンは感情を爆発させると彼らに向かって大剣を振るった。

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