第4話 地平線3

 ジェレミーは私の背中から手を離すと、自分の首から私の手をそっと外した。しかし、彼は私の手を包んだままだった。(ジェレミーの手って、ホントにジョンバ(=北海道・東北で雪ハネをする道具)みたい)「…と言うわけで、今に至る、だ」ジェレミーがにこりとして私の手を離した。「…寂しくて心細かったのは、おまえじゃなくて俺だったんだな…。おまえは俺の気持ちを察知して、来てくれたのか?」私も笑みを返す。「どうかな?私は自分の気持ちに従ったらこうなった、としか言えないよ。…私とジェレミー、今回の旅行への思いは同じだし、近しい間柄だからより気持ちが通じ合ったのかもね」私は、ジェレミーに支持してもらい仕事をした時の事を思い出す。

 彼は照れ笑いして、今度は私の頭をぽんぽん叩いた。「また小っちえ娘っ子に助けられちまった。おまえの靴、ジェニファが10歳くらいの頃のサイズだぜ。そんなサイズでも大人用があるんだな」私の室内履きを指差して言った。「アハ、グィネビアにも同じような事言われた。ブラジャーの事だったけど」私も照れ笑いする。ジェレミーは大笑い。

 「…もう眠れるな?俺もこれで眠れそうだ」と言って言葉を切り、ジェレミーは真面目な顔をした。「子どもの頃の事を話したのは、おまえが初めてだ」私も真面目な顔をして頷いた。

 互いにおやすみなさいの挨拶をして、私は腰掛けていたベッドから立ち上がる。ジェレミーも立って、ドアを開けてくれた。私は彼を見上げて言う。「…でもさー、惜しいよね、ラグビー界は男前のスター選手を失っちゃったわけだもん」「ありがとうよ!」一点のくもりもないジェレミーの笑顔を後にして、私は二重のドアを出た。


 翌朝、この城の主達と共に一族の墓所に向かった。"領地"とも言える広い所有地の中に、代々の墓があるそうだ。

 我々が到着する前に、既に墓穴が掘られていた。先立ったジェームズの愛妻のすぐ隣で、墓標はひとつ。彼の名前のスペースが空けてあった。彼のガートルードに対する強い愛情を感じる。私は少し切なくなった。

 (わざわざ呼び寄せてた)教区の司祭が祈りの言葉を一区切りとなえ終わると、棺が閉じられた。棺の中には、私が持って来た遺髪が入った金属容器と、ジェームズの結婚指輪と奥さんの方の指輪。それらと元の職場の礼服が収めてあった。私の隣に立つジェレミーが「やつの遺言だ。着せられるんなら、あの制服を着せてくれ、ってな」

 ジェレミーとは反対側にいたエリオットが言う。「もっと上の階級の制服を着る事もできたはずだったのですよ」親の七光りでは決してない(軍隊でそんな人事は基本ないはず)正当な評価のうえでの昇格も極力断っていた、と言った。(昇格を断ったのは、あんまり偉くなっちゃうとジェレミーや仲間達と距離ができるからだったんだろうな)私は昨夜の話を思い出す…『部隊の方が家族』。しかし、実家の家族を守るためでもあった。テロの標的になったという理由で、ジェームズは躊躇う事なく(両方の)"家族"と離れたのだから。


 とうとう棺が墓穴に下され、土がかけられ始めた。ジェレミーが懐からペンダントトップを引っ張り出し、握り締める。ジェレミーは、ジェームズの身体の中に残されていた銃弾の破片を加工してペンダントにしていた。

 ふと気配を感じ、そちらに目を向けると他の人達には見えない存在が多数居るのが見えた。その中には、ジェームズが私にわかりやすいように私の知る姿をとっている。私はジェレミーにそれを伝えた。彼はその方向を向いて、心の中でとても綺麗な敬礼をするのが、なんとなく気配でわかった。ジェームズが応えて返礼を。上官に対する敬礼ではなく、対等な仲間同士の敬礼である事も、私には気配でわかる。

 その様子をジェレミーに説明する私にエリオットが気づいて、ジェームズの他の存在達の説明を求めた。私はなんとか拙い言葉で表現する。「ああ、彼らは私達兄弟の祖父母ですね。そう、その人は◯◯王の時代の当主です」エリオットは服装やヘアスタイルなどで時代が判るので、よく似た人相風態の人物の判別がつくと言った。

 「…もう何日か城に泊まりませんか?ほとんど城内をお見せしていませんし、今話した先祖達の肖像画もありますよ?」エドワードはこの後街の自宅に戻るが、エリオットはしばらく滞在すると言った。私は、同じく旅行に出ている恋人を出迎えたい、と言って申し出を断った。「残念です。もっとお話を伺いたかった」エリオットは、私の『エネルギーには情報が含まれていて、それを人間の脳が、見ている人の理解しやすいように処理をする』という話を詳しく聴きたかったそうだ。「お国には、超心理学の専門家がたくさんいらっしゃるのでは?」という私の問いに「私は、弟の子どもだったかもしれない、あなたから伺いたいのです」と、エリオットは答えた。きょうだいの1番上だった私は(ずっと歳下の弟が先に亡くなってショックだったんだろうな。親なら自分より先って覚悟や予想はしてるけどね)と、ぼんやり思った。


 たぶん通常より短時間の埋葬式が終わった。故人の面々も、いつのまにか姿を消している。良く晴れた日だったが、冷え込みが厳しく、厚着してカイロもたくさん着けてきて良かったと思う。ジェレミーも同じ事を思っていたらしく「おまえから貰ったカイロをブーツに入れといて良かったぜ」と言った。「やつの兄貴達も坊さんも、助かったって言ってた。日本製は小っちゃくても高性能だな」私は上を向いて得意顔をした。ジェレミーは少し間を開けて「俺はおまえの事も言ってる」とウィンクする。「ありがと!」私は彼の腕に触れて答えた。

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