正義のカタチ
「世界を完成させてからは少し退屈だったかな。でも、それは新たな魔法を創る為に必要な時間だったし、世界を眺めてるのもそんなに悪くない時間の使い方さ。気付けば魔大陸の救世の魔法陣が発動していた。あれは大気中の魔素を取り込んで発動可能になるからね、魔素の濃い魔大陸の方が早く発動出来たんだよ」
リクハートの話を聞き終えたスイは困惑していた。
彼も被害者だったのだ。
被害者が立ち上がり、弱き被害者を救っていた。
紛れもない正義である。
なら倒すべき悪はどこにあるのか。
いや、そもそも悪が無いのは良い事だ。
本質を見失ってはいけない。
皆が争いの無い世界を望んでいるならば、やるべき事は何か。
「……いや、何もやらなくていいじゃないか」
ずっと張り詰めていた空気の中で、スイは自分の存在を意識した。
怠惰な自分を。
「ふ、ふふ、はっはっは!君は変わっているよ。そう、私が望むものも世界の平和。だから召喚しておいて悪いんだけど、この世界は既に救われているんだよ」
「ではお前が俺を召喚した理由は、友との約束を果たす為、それだけか?」
スイの無礼な物言いに、隣に並んで跪いている仲間たちは体を強張らせる。
しかしリクハートは気にした様子も無いまま首を振った。
「そう言ってあげたいんだけど、一つだけ頼みを聞いて欲しい」
最初は魔族の殲滅を頼まれていたが、リクハートが亜人族を守っている話が本当なら、それは矛盾している。
リクハートの魔法はよく出来ている。
亜人族を嫌う心理の奥には、人族に蹂躙される彼らの暮らしを守りたい気持ちが隠されていたのだ。
大陸の隅に追いやられてでも、人族との共存を拒む。
これはリクハートの決定だ。それ程彼の奴隷時代の生活は酷だったのだ。
ならリクハートの頼みとは、今のシステムを守る為のものだろう。
問いかける様に視線を送ると、王は寂しそうに微笑んだ。
「魔族の殲滅というのは君に力をつけてもらう為の建前さ。討伐して欲しいのはたった二人で良い。……魔大陸の現魔王マオと、それに加担するもう一人の勇者だ」
「……良いのか?お前の友人の、大切な娘だろう?よろしく頼むと言われたんじゃないのか?」
「君が手に掛けるなら、約束を破る事にはならないだろう?」
「……」
「なんてね。出来れば死んでほしくはないさ。本当にそう思っている。だけど私はアルバリウシスに漂わせた魔法を解く気は無い。デミアンが望む世界とは少し違う事は理解しているが、現状が最善である事は間違いないからだ。しかし、私の判断を間違いだと言う者がいる。それがデミアンの理想を聞きながら育ったマオだ」
「魔族の少女ともう一人の勇者……どちらも、どうしても倒さなくてはならないのか?二人がリクの思想を知って、考え直してくれる可能性は?」
「その呼び名気に入ったよ」と笑ってから、リクハートは真剣な表情を見せた。
「無いと言い切れる。マオは、デミアンが思い描いた通りの世界になるまで私を許さない筈であり、マオとあちらの勇者がいなければ、その他の魔族は人族に手を出そうとはしない。共に過ごしてきた私にはわかる。それに、スイ。これは君の試練でもあるんだ」
「試練?」
「ああ。ラウレヌスの子孫とは会ったのだろう?彼は王の座を求めていたかい?」
「……うむ。アランはその座を求めていた。彼もデミアンと同じ理想を抱いている」
スイは自分もそうであった事を黙っていた。
「だろうね。いいよ、君が試練を乗り越えたら、アラン・ラウレヌスを王座に座らせてあげよう。但し、世界に張り巡らせた魔法は解かない」
「アランに玉座からの世界を見せてくれるのか。しかしリクはその後どうするんだ?」
「私とアリシスの約束は、スイとアランが出会った時点で果たされた。マオと、マオに加担するあちらの勇者がいなくなれば、アルバリウシスの平和は約束された様なものだ。そしたら私は海の外を覗いて来ようと思う。住み心地の良いアルバリウシスを拠点にしながらね」
なるほど、とスイは納得した。
リクハートの話に矛盾は無い。彼が示した道を進めば、アルバリウシスは本当に平和になると思えた。
ただ、一つだけ確認しておきたい事があった。
「疑問に思っていたのだが、リク程の魔力があれば全種族が仲良くできる様な、精神汚染の反対魔法の様なものが創れるんじゃないか?」
現在は、全人族を精神汚染によって亜人からあえて遠ざけている。これによって、人と亜人の暮らしを完全に別っている。
これとは逆に、全人族の精神を浄化し、亜人と手を取り合える様な魔法があれば、それこそデミアンが望む通りの世界になるだろう。
それが出来るか否か。問いかけたスイに対して、リクハートは当然の様に首を振った。
「そもそもこの大陸中に魔法を張り巡らせる事自体が異質だと思って欲しい。これが可能になったのは私の力だけではない。人族が元々“亜人を嫌う精神”を持っていたからだ。だから私はそれを増幅させる事によって、精神汚染を完成させた。だが、君が言うような“亜人を好む精神”は、殆どの人族が持っていない。持っていないものを創り出して持続させるのは、私でも不可能だ」
「そうか……皮肉なものだ」
結局、今も昔も悪は人族であったのか。
姿が違うだけで嫌悪、或いは見下し、尊厳を踏み躙る様に扱い、苦しめてきた。
その腐敗した性根は浄化の仕様が無いから、リクハートは更に汚染させ、種族別生を完全にしたのだ。
亜人は魔力の変質や暴走、つまり何らかの欠落によって産み落とされ、それは異常として扱われたと言う。
だが本当の異常はそれを虐げる人の心にあり、逆に虐げられる亜人達は心を傷付け、それでも修復し、強く成長していった。
その強さを守ろうとするリクハート。
その為に人族の精神を多少乗っ取るくらいなら、許されるだろう。許されてもいい筈だ。約束を交わしたアランだってわかってくれるに違いない。
「わかった。現魔王マオと、それに加担する勇者を討伐しよう。人族、亜人族、魔族、全ての種族がそれぞれ離れて、平和に暮らせるこの世界を守る為に」
――――――――――――――
王の間を出て、螺旋階段を降りた所でセバスに会った。
「そういえばお前は何者なんだ?」
スイの問い掛けに対して、初老の男は少し考えた後、「王の命を聞いた貴方にならお答えしましょう」と微笑んだ。
「私はリクハート王が生み出した魔法です。そうですね……スイ様が以前召喚した
「……リクは孤独に耐えられずにお前を生んだのだろうか?」
「いいえ、私は生み落とされてから、それ以来王とはお会いしていません。しかし、王は私の目を使って世界を見る事が出来る。私の思考回路に直接的に命令を下す事が出来る。私が居ようが居まいが、王はずっと孤高であり、それこそが創造力となっているのでしょう」
きっとデミアンがいなくなってから、リクハートは“寂しい”という感情を凍りつかせてしまったのだろう、とスイは考える。
ずっと一人で、生きていた。
たった独りで、世界を守っていた。
それを当然とばかりに成しているのは王の器か。
人魔戦争から二百年、一度も争いが起きていないのは、ひとえにリクハートの魔法があったからである。
誰にも到達出来ないその場所で、彼だけが全
種族の為に尽くしたのだ。
なんて立派なのか。
その時、ずっと静かだったスイの後ろで、少女が倒れた。
「ステュ!」
振り返り、瞳を閉じた小さなエルフを抱きかかえて、スイは医務室に急いだ。
感情の読めないセバスの視線を背中で受けながら、扉を開いて廊下に出る。
他の仲間を置き去りにするスピードで、瞬く間に医務室に辿り着いたスイは、ベッドの上にステュを寝かせた。そこで彼女は薄く目を開いた。
「手間をお掛けしました……。あの、先ほどの王の話なのですが、リクハート様の言葉に、嘘は一つもありませんでした」
「ずっと眼を使っていたのか……無理をするな。しかし、大変参考になった。決心もついた」
恐らく魔力切れに関する症状でステュは倒れたのだろうと判断した。
そして、彼女が無理をしたお陰で、スイはリクハートを完全に信用出来た。
「ステュは大丈夫か!?」
後から入ってきたロイとミラ、メリーに顔を向けて頷くスイ。
そして半身だけ起き上がったステュを一瞥してから言った。
「リクハートの力は偉大であり、その使い方は正義である。俺は王の命に従い、魔大陸へ赴き、討伐対象の二人を始末する。お前らはどうする?」
「勿論、私達も着いて行くわ」
ミラの言葉を聞き、スイは仲間たちから顔を背けて「そうか」と一言放った。
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