六章 魔王城
勇者と魔王
――本当に自分に出来るのか。
何度も浮かんでは消える、或いは、ずっと有り続けているけど何度も目を逸らしている疑問。
しかしやるしかない。
最善だとか、最良だとかではない。
全てを守る為の、たった一つの選択肢なのだ。
要塞都市フォート。スイはここには初めて訪れた。
だが、都市と言うほど人口は集中していない。人魔戦争後に殆どの者が王都に移住したそうだ。それほど魔族に対する嫌悪感が多いのか。
ここには防衛団があり、武装した人間が多く街中を歩いている。いつでも魔族に対応出来るようにしているのか。民間人を安心させる為だろうか。
だが本当の魔族を知っているスイは、全てが無駄に思えたし、何も知らない気張った人間達を哀れに思った。
都市の最北端、海に面した場所に大きな砦が聳え立っている。
その大きさに似合わない小さな扉からスイ達は中に入り、長い階段を一段ずつ上がっていく。
背後を歩くのは、王と謁見した四人だ。
スイは正直、メリーとステュは戦闘能力が低い為、王都に残しておきたかった。しかし二人の表情を見て、決意を固めたのは自分だけではないのだと思い知り、同行を許可した。
最上階に上がり、扉から外に出ると、そこが砦の頂点となっていた。十分な広さがあり、中央に笹舟の様な緑色の大きな船、その周囲では数十人の魔法使いが勇者一行を迎えた。
スイ達は促されるまま、緑色の船に乗る。五人が乗った所で満員で、船の素材である草の強度も、限界だと言うように軋んでいた。
「健闘を祈ります」と一言だけ告げたのはここまで案内してくれた男で、彼は直ぐに船から離れた。
大勢の魔法使いが詠唱を始めた所で、この船を風魔法で飛ばすのだろうな、とスイは予測した。そういえば案内してくれた彼がそんな事を言っていたかもしれない。思考に夢中で全く聞いていなかったが。
スイにしてみれば、自分一人で飛んでいく方が身軽だし、速い。
しかしこの人数で海を越えるとなると、乗船した草の船で飛んで行くのは、中々合理的で良い案だ。魔大陸に渡る五人は、一人も魔力を消費せずに行けるのだから。
永い詠唱が終わり、船が僅かに浮くと、そのまま水に流されるかの様に魔大陸の方へ進んで行く。
大勢の魔法が合わさったとはいえ、風魔法で人を五人運ぶのは難しい為、船は少しずつ高度を下げている。それでもどうにか、海に触れずに向こうの大陸に辿り着けそうだ。
砦の上で敬礼をしている人達が見えなくなる頃には、魔大陸の様子がわかってきた。
人族であるミラとメリーは際立って緊張している様だったが、誰も口を開かないまま。
そして誰も魔力を消費しないまま無事に辿り着いたその大陸で、以前スイを迎えた彼が、以前とは真逆の態度でやって来た。
「スイだな?どうしたんだ、仲間を引き連れて。歓迎するけど、魔王様に呼ばれたわけでもないんだろう?あまりウロウロすると……」
「ソウ……すまない。魔王に用があるんだ。他の事に構っていられない。先を急ぐ」
「ええ?魔王様が呼んだわけではないだろう?よしてくれよ、間違いなく騒ぎになる」
ソウはスイの態度に疑問を持ちながらも、早歩きで進む一行を追いかける。以前会った時には感じられなかった緊迫感。敵意こそ感じられなかったが、何か思い詰めている様子に、只事では無いと感じた。何より、せっかく再会したのに、目も合わせてくれない。
「あれ?スイ?ちょっと、どこ行くのよ」
「ルナールか……どうしても魔王に会わなければならないんだ、すまない」
ソウ達が暮らす村を通り過ぎる時、気配を感じたのか、獣人似のルナールまで出て来る。それでもスイは止まらない。
「ねえ、様子が変よ。全ての種族が暮らしやすい世界になるんでしょ?どうしてそんなにピリピリしてるの……」
少し俯くスイ。その目元には影がさしている。
「ミラ」
突然名前を呼ばれて驚く魔法師だが、何となくスイの意図を察した彼女は頷いた。
そしてミラが
「おい!どういうつもり……」
「余計な危害を加えるつもりはないから……頼むから関わらないでくれ」
そしてスイ達は走り出した。ミラはパーティメンバー全員に身体強化の補助魔法をかけ、五人の速度は魔族に劣らなかった。
進めば町や村が幾つかある。
スイ達に気付き、迫って来る魔族もいるが、その度にミラが魔法で退けたり、ロイが剣撃で近寄れないようにした。
しかし大陸の中央に行けば行くほど魔族は増え、それでもスイ達は一切の危害を与えないようにしている。当然魔族達の妨害は多くなり、先に進む足は遅くなって来る。
「これじゃキリがないわ……」
ミラの言う通りだった。
悪いけど少し気絶でもしてもらおうか。
スイがそう考えた時に、それはやって来た。
『少年よ。乗るが良い。案内してやる』
それはつい先日死闘を繰り広げた相手、フェンリルだった。
魔族も白狼の脅威を甘くは見ていないらしく、逃げていく者が多数だった。
「魔王が呼んでいるのか?」
しかしフェンリルは答えず、スイ達に背中を向けた。一体どういうつもりか。
仲間達にもフェンリルの声が頭に響いたらしく、皆が顔を合わせて、恐る恐るその背中に乗った。
その背中の上でも、皆が終始無言だった。
スイはその間、リクハートの助言を思い出していた。
『実は私は、魔大陸を見通す事が出来ない。向こうで何が起こっても感知出来ないんだ。それこそ、勇者召喚時と同じくらい膨大な魔力の動きでなければ、ね。しかし逆に、向こうの勇者、或いはマオもかな、彼らは魔大陸を見通す事が出来るだろう。不思議な闇の魔力があちらを覆っているから、それくらいは容易い事だと思う。だから気を付けて欲しいんだ。魔大陸で戦うというのは、敵に有利な条件で戦うという事だ』
魔王は自分達を認識した上で、招待しているのだろう。スイはそう判断した。
魔族全員で侵入者を排除する方があちらにとって有利だが、もしかしたら魔王も、魔族を傷付けたくないと考えているのかもしれない。だから自分の元に呼んだのだ。
そうだとしたら、尊敬すべき美点だ。
しかしそれは戦いにおいて無関係。
リクハートの命を聞いたスイがやる事はたった一つ、彼らの殲滅だ。
どんなに高尚な者でも、リクハートが作ってくれた平和を邪魔するならば大罪であるから。
「すごい……これが荘厳ってやつか」
到着した魔都の前で呟くロイは、奥の魔王城を見上げていた。
確かに魔王城は、リクハートが二百年前に建て直した人族の王城よりも歴史が長い事になる。そういう古さも、厳かで強かな雰囲気を醸し出していた。
フェンリルは一瞬止まったかと思うと、大きな跳躍で魔都の空を飛んだ。白狼の腹を見上げる魔族達に驚いた様子は無い。これが日常なのだろうか。という事は、やはりこのフェンリルは魔王城を出入りしている、魔王の使いなのだろう。
まさに一っ飛びで魔王城の最上階のバルコニーに降り立ったフェンリルは、その場でスイ達を降ろし、何も言わずに屋根を駆け上がって姿を消した。
扉を開くと、談話室の様な簡素なソファとテーブルがあり、奥に立派な装飾がされた扉がある。
スイは少し迷った表情で仲間達を振り返る。
皆が緊張していた。
それでも、誰も恐れていない。
「行くぞ」
それは誰に言った言葉なのか。
スイは自分でもわからないまま、重たい扉を押した。
そして、何も無いその広間に、たった一人腕を組んで佇んでいる男を見て、誰もが息を飲んだ――特にステュは悲鳴をあげんばかりに驚いていた――。
「よく来たな、怠惰な勇者達」
魔王に相応しい圧を発している彼は、“漆黒の英雄”だった。
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