第27話:魔術大会①
収穫祭一日目の昼、旧学院の校舎に僕達は集合していた。
魔術大会は突然決まった企画だったので、会場を作成する時間も無く、魔術を使用しても問題ない広場が学院の練習場しかなかったのである。
そして、都合よく使用していない旧学院の校舎が大会事務局兼、選手控室として使用されているのだ。
「全員、受付は済みましたか?」
参加者の申し込み確認を済ませると、装備の点検を入念に行う。
「難しく考える事はありません。予定通りにやれば問題なく勝てますので、緊張せず楽しんできてください」
「兄さんは出場しないから、そんな呑気なこと言えるんですよ」
エリシアは緊張しすぎて、既に半泣き状態になっていた。
「大丈夫、多分この中でお前が一番強いぞ。あと先生な」
頭をぐりぐりしながらエリシアを激励する。
と、その時、こちらに向いている視線に気づいた。
赤毛の三つ編みを左右から伸ばしている少女だ。何処かで見た事あると思った瞬間、学院で魔術を教えた子の事を思い出した。今でもあの笑顔は鮮明に覚えている。
目が合った瞬間、頭を下げて来きたので思わず下げ返す。そして、こちらに駆けて来ようとしたところで、仲間の選手に呼び止められた様だった。
まぁ、これから戦う敵同士なんだし、なれ合いは無しと言う事なんだろう。
と言いうか、これからランドルフと戦うにあたって、彼女も敵として向かい合わなければならないのだろうか。出来れば彼女とは戦いたくないと思うのだが。
そんな事を考えていると、敵の親玉、ランドルが現れた。選手たちを激励している様だ。今までは何とも思わなかったが、父の仇と思うと憎しみがふつふつと湧いて来る。
まずはこの大会で出鼻を挫いてやるつもりだった。
「それでは、ただ今より第一回魔術大会を開催いたします! 選手の方は入場をお願いします」
司会進行役の男が声高に宣言すると、周期の観客達が歓声と拍手で盛り上げる。
収穫祭で初のイベントなので物珍しさもあるのだろう、それなりの人数が集まっていた。
「それでは、行ってまいります」
「い、行ってきます」
「皆、落ち着いて。分からない事があったら相談し合うか、僕に聞いてくれ」
緊張した面持ちで出発するみんなにそれぞれ声をかける。
「出店に出す予定だった茶葉を忘れてしまったので、後で取に行っていただけますか?」
「……考えときます」
若干一名、緊張とは縁の無い人もいた。
「では、さっそく第一戦を始めます!」
「おおー!」
両陣営の入場が完了すると、司会が右手を掲げ叫ぶ。観客達もそれに合わせて叫びを上げると、会場の興奮は一気に高まって行った。
「本日の第一戦、団体戦決勝です!」
「はえーよ!」
「予選なしかよ!」
「いきなりクライマックスかよ!」
司会へ総突っ込みが入る。
まぁそうなるだろう。初めての大会だし、参加する団体自体そんなにある物でもない。今後もメインは個人戦になるはずだ。
「えー、団体戦の申し込みが二チームしかなかったので、初戦が決勝戦と相成りました。その分両チームには頑張ってもらいましょう」
説明をしながらそれぞれのチームが開始位置に着くのを確認すると、司会は手を挙げて開始の合図を叫ぶ。
「それでは早速、用意・始め!」
「!」
司会の号令に観客の歓声が合わさり、戦いが開始される。
「よ、よし。詠唱開――なにぃ?」
慣れていないランドルフチームの指揮官は、呪文の詠唱を号令すると我が目を疑った。
それはそうだろう。わが軍は呪文など誰一人詠唱せずに敵陣向かって突っ込んでいるのだ。
特に、メイド姿で向かってくる姿は常軌を逸しており、相手の恐怖心を大いに煽っている。効果は抜群だ。
「か、構うな! 詠唱を続けろ!」
「うわっ!」
詠唱を続けていた男の前に、炎の玉が飛んでくると周囲の風がかき消される。
詠唱いらずのアーバインが先陣を切って暴れ始めた様だ。見えないが、敵の混乱状況を見る限り、良い働きをしているのだろう。
「火の精霊だ! 水で対応しろ!」
「水用意してないですよ!」
「くっ!」
火や水の精霊魔術を行使するには、必ずその媒体が必要になる。
ランドルフチームは他の媒体を用意していなかった様だ。そもそも戦う予定は無かったのだから、敵からすれば用意も何もないのだろう。しかし、そこは大いに活用させてもらう事にする。
「其は地に根差す
赤毛の少女が呪文を唱えると、男達の前に土の壁がせりあがり、火の玉を防御する。
(他の大人が動揺する中、状況に応じた魔術を行使できる冷静さは素晴らしい)
やはり、彼女には素質がある。しかも頑張り屋さんだ。できればうちの生徒に欲しい所なのだが、後でジェラール達に相談してみよう。
まずその前に、彼女には大人しくなって貰うとするか。
僕は前もって指示していたハンドサインでエリシアとヒューイに指示を送る。
その間にも彼女は果敢に先頭を突っ走るクロエに向けて魔術を放っていた。
「其は地に根差す梔子の精、我が元に集い、力もて彼のものへ叩き付けん!」
土の壁から身を乗り出すと、『石弾』の魔術を唱え、無数の
しかしクロエは、それを避ける事無く更に突進して来た。
(判断は良いが、術の力がまだ足りないね)
「風よけ?」
石礫がクロエを避けて行くのを見た彼女は、
「風も土もダメって、どうすんのよー」
と叫びながら、ズルズルとその場にへたり込んだ。
その隙に石壁の死角から迫っていたアーバインに気付く事無く。
そして辺りの温度が急激に上がってきて、やっと事態に気が付いた。
「まさか?」
土壁にもたれたまま左を見たニーナは、炎に包まれた大きなトカゲと目が合う。
「こんなの、無理ー!」
為す術もなく涙目でふるふる怯えるニーナに、アーバインは鼻先まで近づくと、
ぺろっ
と、ニーナの鼻をひと舐めする。放出する温度は極力抑えると言う紳士ぶりだ。
「ひい!」
「失礼いたしますわ」
見えてはいないが、少女が戦意を喪失しているのを見て、次の段階に入った事を確認する。
その時には、既にへたり込んでいる少女の横を一陣の風の様にすり抜けていったクロエが、手近な相手の所まで走り込み鳩尾に拳を叩き込んでいた。
(おぅ!)
一瞬、弾け散るゴブリンを思い出して目を背けるが、拳を食らった男は弾ける事無く悶絶して倒れていく。
幸い、今日はあのグローブを付けていなかった様だ。と言うか、アレは今修理中のはずだ。命拾いしたな。
そしてクロエは、すぐに次の標的へと向かっていく。
三つ編みに束ねた白金色の髪を日の光に煌めかせながら、男達を次々倒していくクロエを見た赤毛の少女は、
「綺麗」
と、思わず呟いていた。
そして本来の自分の役目を思い出すと、何とか立ち上がって呪文を唱えようとする。
「其は、大気に浮かぶ若草の――」
「おっと、大人しくしといてくださいね」
今度は追いついたヒューイが、彼女に向けて白い袋を投げつける。
「へっぷし!」
袋が当たると、辺りに茶色い粉が舞い始め、くしゃみと涙が止まらなくなる。
ヒューイ特製のハーブブレンド粉末だ。あれでは呪文は詠唱できまい。
その後もヒューイは、クロエを狙おうとする相手に向け次々と袋を投げていく。
薬学部筆頭として、十分な働きをしている様でなにより。まだ一人だけだけどね。
「貴様らゆるさんぞ!」
少し離れて指示を出していた指揮官の男は、いい様にあしらわれた焦りと負けた時のランドルフへの恐怖で冷静さを失いつつあった。
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