第28話:魔術大会②
男はわなわなと拳を震わせながら、もう片方に持っている杖を掲げると、
「開放!」
と、叫ぶ。
すると、杖の先端にある宝石が光を発し、辺りが熱気に包まれ始めた。
「貴様ら全員丸焼きだ!」
「皆早いよぉ~……あっ」
先行しているクロエ達に遅れる事数十秒、やっと最前線に辿り着いたエリシアには、相手のリーダーの周りで何が起きているか見えている様だった。
しかし、どうしていいか分からないので、こちらを振り返って指示を仰いでくる。
「其は、炎に猛る
その時、火の精霊を開放した指揮官は、己の最大の魔術を唱え始めたところだった。
(まずい、あの呪文は火炎系の中級魔術『豪炎』。あのまま放てば敵味方関係なく周囲に被害が及ぶ)
詠唱を完了させる訳には行かないので、僕はエリシアに向けて大声で叫んだ。
「詠唱を止めさせろ!」
僕の声が届いたエリシアは強く頷くと、振り返って両手を口に当て大きく息を吸い込む。
「アーバイン、やっちゃえ!」
練習場にエリシアの声が響き渡ると、詠唱を終えようとしていた相手の指揮官が、突如転げまわってのたうち始めた。
「あつ、あっつ!」
僕には見えないが、多分えらい事になっているのだろう。しかし申し訳ないが、アレを詠唱させる訳には行かない。
「あらあら、ニーナちゃん。大丈夫ですか? はい、タオル」
一方、バスケット片手にゆるゆると最後尾を駆けていたミリスが、土壁にへたり込んでいる少女へ蒸しタオルを渡していた。もしもの為に見回って貰っていたが、神聖魔術を使う程のけが人は出なかった様でなによりだ。
くしゃみと涙で、事態が把握できなくなっていた少女は、ミリスを見ると抱きついている。どうやら学院の生徒時代に顔見知りだったのだろう。
「ミリスちゃん!」
「はい。ミリスですよ~」
二人は抱き合うと、共に再会を喜んでいた。
よし、彼女のスカウト時にはミリスも交えて行う事にしよう。
「決まったかな」
見渡すと、相手側の選手は全員倒れるか、くしゃみが止まらなくなって悶絶しているか、戦意を喪失させている。
「みんな良くやってくれたよ」
自分が学院にいた頃は、それなりの速さで魔術を覚えて来た自信はあった。しかし未だ使う事は出来ない。彼女らはこうして大会に出て相手を打ち負かしているのだ。その事が羨ましくもあり誇らしくもある。学院を継いで、一つの成果を残せたことが素直に嬉しかった。
そこに、試合終了の合図が鳴り響く。
会場は歓声と拍手に包まれ、参加した選手達は各々の陣営へと戻って行った。
この後は休憩を挟んで個人戦に入る予定だったのだが、突如ランドルフが司会者に向かって叫び始める。
「今のは納得いかんぞ! 魔術大会なのに殴って倒すとか、どう言う事だ!」
周囲がざわざわする中、いきなりそんな事を言われても一介の司会者である彼には、そんな事を判断する権利も責任も無い。困り果てた司会者は貴賓席に向かって助けを求めた。
「あい分った! ならば、わしが決めてやろう!」
腹に響くような声が辺りに響き渡ると、一人の男が貴賓席より立ち上がる。
「おお!」
「陛下!」
予想外の人物の登場に、観客たちは一斉に沸き上がる。そしてその歓声の渦の中、マルサス国王ルイス=ボーフォート・オルムステッド・マルサスその人が、司会者の所まで悠々と歩いて来ていた。
「魔術大会において拳で倒す事が不服と言うのじゃな、ランドルフよ」
「は、ははっ! 国王陛下。これは魔術を競う場故、勝負は魔術で付けるべきだと存じます」
「成程。お主の言い分も分からんではない。デュランよ、お主の言い分を聞かせてみよ」
ルイス国王は手を挙げ観客を鎮めると、僕を呼び寄せる。
突然の国王の招集に緊張しつつ、呼ばれるままに国王の元まで赴くと片膝をついて跪いた。
「ランドルフが言うには、魔術で倒していないから無効との事じゃが、お主の考えはどうじゃ」
その問いに、僕は昔父から教えられた事を口にする。
「はっ、真に僭越ながら申しますと、競技とは言え『魔術師が必ずしも魔術で相手を倒す必要は無い』と存じます」
魔術を使う者は魔術師であるが、剣を使おうと弓を使おうと、ましてや拳を使おうと何ら問題は無い。生存率を上げる為には出来る事は何でもやるべきだ。
父は常日頃からそう言っていた。
僕は大前提である魔術が出来なかったので、ひたすら魔術の練習をしていたのだが。
その言葉に、ランドルフは憎々し気な顔をこちらへ向けてくる。
見返す僕は、憎しみの感情が込み上げるのを何とか抑えると、言葉を続けた。
「更に申しますれば、戦場においてその様な戯言を申していれば、命などいくつあっても足りませぬ。そのような者では陛下は勿論、国民を守る事すらできません。故に魔術競技と言えど相手を打倒する手段を問うなど、論外でございます」
そして嘲る様な視線でランドルフを見返す。
「屁理屈じゃ! たかだか出涸らしの分際で!」
冷静さを欠いたランドルフは、もはや恥も外聞もなく叫び始めた。商人のくせに煽りに滅法弱い奴だ。と言うか、元野盗だからだろうか。
「その『出涸らし』に負ける様な所に『国選』はお任せ出来ませんでしょう。どうぞ、その名は我が学院にお任せして、新しいお仕事でも探されてはどうですか?」
その場で立ち上がると、嘲笑を込めた視線でランドルフを更に煽った。
「おのれ、このクソガキがああぁ!」
怒りの限界に達したランドルが、顔を真っ赤にして叫びをあげながら立ち上がる。
効いてる効いてる。流石にこの場で刃物沙汰は無いとは思うが、ちょっと及び腰になってしまう。
「それ以上、陛下の御前でその様な発言を続けると、不敬罪にするぞ!」
今にも飛びかかって来そうな勢いのランドルフに、現れた衛兵が両脇を押さえると、頭を冷やす様言われ、会場の外へと連れ去られて行く。
「陛下には、お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません」
ちょっとドキドキしている心臓を押さえる様にして跪くと、国王の御膳で非礼を詫びる。
「ハッハッハ! かまわん。その冷静に人を煽る物言い懐かしいぞ! 父親そっくりじゃて」
ルイス国王は、在りし日の父の面影を重ねている様だった。
「恐縮にございます」
「よい! デュラン、お主の勝ちじゃ! 後程、褒美を取らそう」
そう言うと、国王は貴賓席へ戻って行き、その後も終始は上機嫌だった。
一方、これ以上不愉快な事がここ数年無かったランドルフは、怒り心頭で控室にいた。
「貴様ら、なんだあの様は! 給料泥棒を雇った覚えはないぞ!」
ランドルフは所構わず当たり散らすと、怒りをそのまま選手達にぶつける。
「しかし、あの強さは予想外で」
「口答えするな!」
「きゃっ!」
弁明を始めたニーナの頬を、ランドルフは怒りの衝動に任せて殴った。
頬を抑えてしゃがみ込んだニーナは、突然の事に、恐怖で震えている。
「やりすぎです、ランドルフさん!」
仲間の数人が、ニーナを庇って立ち塞がる。
「うるさい! 貴様ら今度役に立たなかったら、奴隷商に売り飛ばすぞ!」
怒りの収まらないランドルフは、扉を蹴り飛ばすと、控室を去って行く。
「大丈夫か?」
「奴隷って、本気か」
「傷の手当てをしよう」
仲間が話しかけてくるが、ニーナの耳にその声は届かず、ただただ震えるばかりだ。
何故こんなに震えているかと言うと、その原因は一年ほど前、ニーナは魔物によって両親を失い彷徨っていたところを奴隷商に捕まり、売り飛ばされようとしていたのだ。
そこで運よくマーヴィンによって救われ、事なきを得たのだが、その時の恐怖の記憶が、暴力や奴隷と言う言葉によって蘇る時がある。
「いや……」
ニーナは小さくうずくまると、泣きながらいつまでも震えていた。
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