第25話:潜む影
「どういうことですか? これは」
夕刻に賑わうマルサスの城下町。
とある酒場で、ローブ姿にフードを目深に被ったままの男が、向かいのこれまたローブ姿にフードを目深に被った男に話しかけていた。
「こっちが聞きたい。ランドルフ、お前は何もしていないのだな」
「滅相もございません。ロジャー様の方こそ、何処かから情報が漏れたのではないでしょうな」
ランドルフと呼ばれた男は、『心外だ』という視線をフードの奥から覗かせる。
「貴様、言うに事欠いてその様なことを」
二つのフードは、しばし無言で睨み合う。
「お待たせしました、子持ちニシンの燻製で~す」
元気な声と共に酒場の娘がテーブルに置いたつまみを、二人は無言で手に取る。
「お待たせしました、ソーセージとジャガイモの蒸し物で~す」
続いて来た酒場の娘が置いたつまみを、二人は無言で手に取る。
「お待たせしました、ペンネグラタンで~す」
更に来た酒場の娘が置いたつまみを、二人は無言で手に取る。
「あっつあ!」
「ごふっ!」
二つのフードは、ビールの入った木製のジョッキを無造作に掴むと一気に喉に流し込む。
何故か二人とも、ジョッキを呷る時にフードの頭を押さえていた。
(学習したんだ……)
離れた場所から二人を見つめる視線の主は、ひと月ほど前の出来事を思い出す。
「ま、まあ、過ぎた事は致し方ないですからな」
「ああ。これから先の事を考えなくてはな」
「まずは――」
「お姉さん! ビールおかわり!」
空になったジョッキを掲げる二人であった。
一方同じ頃、冒険者ギルドの食堂でも一組の男女がテーブルに向かい合っていた。
「お姉さん、ビールとつまみ適当に」
男はウエイトレスに注文を済ませると、向かいの女に小声で話しかける。
「今回の件は偶然先に見つけた結果みたいだが、どうやら奴ら動き始めたみたいだな」
「ええ。セドリックは王位の座を狙っての地盤づくり、ランドルフはセドリックが王位に就いた暁には、ってとこかしら」
女は静かに応えるとローブのフードを捲り、肩まで流れる栗色のストレートヘアを風に晒す。
濃いブルーの瞳は、妖艶な雰囲気を漂わせ目の前の男を見つめた。
「多分な。だから今度は、デュランが狙われる可能性がある。そろそろあいつには話す頃合いだと思うが、どうだ?」
「そうね、そちらは任せるわ。こっちは引き続き中を調べる」
言い終わると、女は席を立つ。
「呑んでいかねぇのか?」
男が背中を向けた女に声をかけると、
「他にも行くところがあるのよ」
と、手をひらひらさせながら去って行った。
「モテモテだねぇ」
男は一人呟くと、到着したばかりのビールを一気に飲み干した。
そこから更に数刻、ランドルフとロジャーは密会を終え、酒場を後にするところだった。
離れて二人を見ていた視線の主も、しばしの間をおいて酒場を後にする。
「チッ!」
周囲に気を配りつつ店を出たつもりだったが、角を二つ曲がる頃には違和感に気付く。
自分の迂闊さを呪う様に小さく舌打ちすると、懐のナイフに手を伸ばすし敵に備えた。
「大丈夫よ。辺りに気配はないし、人除けもかけておいたわ」
「はうわっ!」
視線の主は可愛い悲鳴を上げると、いつの間にか後ろにいた女性に振り返った。
「ディアナうるさい。外まで聞こえないと思うけど、あんまり大きな声は出さないで」
ローブの女性は、栗色の髪を靡かせながら人差し指で口を押える。
「もー、団長! いきなりは心臓に悪いですよぉ」
ディアナと呼ばれた女性は、今も胸を押えてはぁはぁ言っている。
「それで、どうだった?」
特に悪びれる風でもなく、団長と言われた女性はディアナに聞いてきた。
「はい、今回もランドルフと接触したのは、ロジャー・アップルトンでした」
「やっぱりアップルトン家か、ちょっと面倒ね」
「そうですか? 馬鹿そうでしたよ」
ディアナは、先ほどの二人を思い出す。
「ええ。ロジャーが馬鹿なのは知ってるけど、そのバックがね」
団長は思案する様な仕草を見せると、ディアナに他の情報を促した。
「他に情報は?」
「十月の収穫祭で魔術大会を開く様です。そこでランドルフ商会の者を優勝させ、商会を『国選』にさせるようですよ」
「国選? なるほどね。それで学院を、か」
瞬間、団長から発する気配が変化した。
「話はそんなもんでって、団長? なんかめっちゃ怒ってません?」
団長から発する気配は、ディアナが戦場で感じる類のものだった。
即ち、明確な『殺意』である。
「そんな事ないわよ、ご苦労さまだったわね。私は先に帰るわ」
恐怖で固まるディアナを残し、団長は手を振りながら去って行く。
(いやいや、めっちゃ怒ってるって! アレ、戦場の時より怖い!)
ディアナは去って行く背中を見て、身震いしながらその場にへたり込んでいた。
淡く街を照らす月の光の元、辺りに誰もいない路地裏を一人歩く団長の姿が徐々に変化していく。
瞳が深いブルーから燃える赤に、今まで肩までだった栗色の髪は、腰まで伸びる漆黒に溶け込むような黒に変わっていった。
(学院に手を出すものは殺す)
月明かりが映る瞳に、憤怒が宿る。
(その所業に手を貸す輩も殺す。)
歩くたびに揺れる髪は、一本一本にまで激情が宿ったかの如く波打つ。
「どんな奴であろうと、私のマーヴィン様を手にかけようとした奴は皆殺す」
瞳と同様、紅く艶めかしい唇は、荒々しい殺気を込めて呟いた。
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