第24話:兄と妹

「やっぱり神聖魔術じゃないか! というか、それ読めるんだ」


 思わず興奮気味にミリスに語り掛けてしまうが、無理もない。神聖魔術なんて見た事もないのに、今しがた瀕死を治癒した貰ったのだ。

 しかもミリスは、神様の言語が読めると言う、僕は怪我の事など完全に忘れ、未知の領域に鼓動の高まりを抑えることが出来なかった。


「して、何処の神の技を使われているのですか? 光の神、の御業ではありませんよね?」


 アリエッタさんが珍しく表情に感情を乗せ、興味深げに聞いている。 


「ん~、それはまだ言っちゃだめって言われてるのでぇ」


 ミリスは両の人差し指でばってんを作ると、アリエッタさんの質問は答えなかった。僕も知りたかったのだが。


「それは残念です。あっと、お湯をかけっぱなしでした。デュラン様が大丈夫そうですので、皆さま、お湯で体をお拭きください」


 少々がっかりした様子でアリエッタさんは、かけっぱなしだったお湯の様子を見に戻る。

(まだ残っていたのか……)

 誰にも見せた事の無い、険しい顔で。


 ミリスは残りの怪我人(と言っても、ジェラールの捻挫くらいだが)を治すと、夕飯の準備にとりかかり、ジェラールは今回の件をギルドに報告する為、学院を出た。

 クロエとアリエッタさんも、汚れたままだった体を拭いて着替える為に自室へと戻り、部屋には僕とエリシアが残された。


「兄さん……、本当に良かった」


 エリシアはベッドの淵に座ると、僕の手を取って安堵の吐息と共に涙を浮かべる。


「お前には助けられたな。有難う」


 空いている手でエリシアの頭を優しく撫でながら、感謝の言葉を伝える。はっきりとは覚えていないが、最後の黒焦げミノタウロスはアーバインによるものだろう。


「私の方が、兄さんにいっぱい助けてもらったよ。だから」


 エリシアははにかみながらも、こちらを見上げて話を続ける。


「だから、これからもっと強くなって、兄さんの足を引っ張らないように頑張るね」

「ははっ、みんな僕より遥かに強いからなぁ。僕こそ足を引っ張らない様に頑張らないと」


 努めて明るく言ってみるが、実際今日の戦いの中で戦力的に自分が一番劣っていたのは明らかだ。

 兄であり、先生である自分が足を引っ張っている様では話にならない。どうすれば自分が最大限役に立つか、今後の課題は非常に大きいものだった。


「お湯、貰ってくるね。兄さんの背中拭いてあげるから」


 エリシアは思い出したように言うと、部屋を出ていく。

 その間、僕は応急処置された布を解いていった。固まった血がパリパリと剥がれていくが、やはりその下には傷跡一つ見えない。

 痛みが一瞬で消えたとはいえ、実際にこの目で見ると改めて神聖魔術の凄さを実感する。ミリスもこんなに凄い技を持ってるのに、僕にはこれから先何が出来るんだ……

 

「兄さん、入るよ」


 ドアが開く音がすると、タオルとお湯の入った桶を持ったエリシアが入ってきた。


「背中拭くから、後ろ向いてね」


 言われるままに背中を向けると、エリシアは桶にタオルを入れて絞り始める。自分で拭く用を一つ受け取ると、腕や体を拭き始めた。


「さっきも言ったけど、わたし、強くなるから無茶しないでね」


 背中を拭きながら、エリシアが話しかけてくる。その手は、思いつめたように力が入っていた。


「いくら強くなってもエリシアは僕の大事な妹で生徒なんだ。お前が危険な時は、何を置いても守ってやる」


 父がいない今、自分が守らなければ誰が妹を守ってやれるのか。父の死後数日間泣き続けていたエリシアの姿を思い出していた。


「いや! 兄さんまでいなくなったら私」


 エリシアは突然声を張り上げると、後ろから抱きしめてくる。

 兄の瀕死の状態を目の当たりにして、あの時の喪失感が蘇ったのだろう、背中に張付いたまま。しゃくり上げる様に泣き続けた。


「じゃあ、死なない程度にお前を守るよ」


 後ろから回された手に両手を重ね、なだめる様にぽんぽんと叩く。


「そんな加減できるんですか」


 鼻をすすりながら、少し拗ねた声でエリシアは問い返してきた。


「多分ね、というか、さっきから背中が熱いんだけど、いや熱っ、あっつうううう!」 


 思わず、張付いていたエリシアを引きはがす。


「そこの精霊、なに焼いてくれてんの!」


 エリシアに向き直り、ペンダントに向かって指を指しながら抗議する。見えないけど熱さは感じるのだ。嫉妬か、嫉妬なのか?


「こら、アーバイン。悪戯しちゃだめでしょ! 何拗ねてんの」


 エリシアはペンダントを持ち上げて「めっ!」とかやっている。

 そういえば、エリシアに礼は言ったが、アーバインには言ってなかった様な気がする。それは確かに不公平だな。


「僕には見えないけど、アーバイン、君にも助けてもらったんだったね。有難う」


 一瞬、ペンダントからぽわっと熱が広がると、その後は冷たくなっていく。

 姿は見えず言葉も交わせないが、気持ちが通じた事に僕は少し嬉しくなった。

 そこへ、ドタドタと廊下を走る足音が近づいて来ると、引き続き激しく扉が開け放たれる音が響き渡る。


「デュラン様! 只今薬をお持ちしましたぞ!」


 サイモンさんが、痛み止めを買って来てくれたようだ。

 結構な年齢であるのに走ってきたのだろう、肩で息をしている。

 ……のだが、こちらを見て動きが止まっていた。

 ふむ。客観的に見て、上半身裸の男に女の子が背中から覆いかぶさっている光景は、なんだろう。間違われても不思議ではない。のか?


 エリシアは、慌てて自分の顔をタオルでゴシゴシと拭いている。ここはひとつ、僕が説明をしないといけない様だ。


「ああ、サイモンさん有難うございます。おかげさまで、もう――」

「あ、これは失礼いたしました。引き続きごゆっくりどうぞ」

「ちがっ」


 何をどう察したのかは分からないが、と言うか分かりたくないのだが、サイモンさんはそう言い残すと、静かに扉を閉めて去って行った。


 サイモン・クラーク。学院一の切れ者であるが、たまに先読みが過ぎる男である。

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