第23話:神さまスタンプ

「ただいま帰りましたよぉ」


 ミリスが買い出しを済ませ帰ってくると、学院内が慌ただしくなっていた。


「サイモンさんは、痛み止め持ってきてくれ! エリシアとメイドのねーちゃんは、お湯沸かしてくれ!」


 ジェラールが、デュランの部屋で慌ただしく指示を出している。


「どうしたんですかぁ」


 ミリスが覗き込むと、ジェラールが気づいて声をかけてきた。


「ミリス、帰ってきたか! 綺麗な布があったら大量に持ってきてくれ!」


 ベッドには、血だらけのデュランが寝かされていた。


「あらあら、大変ですねぇ。これはもしかして、私がお役に立てるのでしょうか」


 ミリスは首をかしげて頬に手を当てると、何やら考えていた。


「おう! 布切れの場所は俺らじゃ探しても見つからねぇからな! 早く頼む!」

「そういう訳ではなくてですねぇ」


 珍しくジェラールが焦っている。それだけ緊迫した事態なのだろう。

 だがそれ故に、ミリスは自分の力が役に立つのか確かめてみる必要があると感じると、デュランに近づいて状態を確認する。

 いたる所が擦り切れ、右の腕は左と比べても倍以上の太さにまで腫れあがっており、普段曲がらないところが折れ曲がっている。

 熱にうなされているのか、早く短い呼吸を続けていた。


「とっても痛そうなので、取り敢えずできるやつで一番のをやってみますね。なんともなかったら、ごめんなさい」


 そう言うと、ミリスはデュランの傷口に手をかざし、呪文らしきものを唱え始める。


『我が神の御名において、冒されしその身を癒し、正しき姿に戻したまへ』


 ミリスの手のひらから淡い光が発し、デュランを包み込むと一瞬のうちに傷口が塞がり、バキバキ言いながら折れた骨が戻っていく。

 打撲部分の腫れもすっかり引いていくと、血まみれで服もボロボロだが、体はいたって普通の状態に戻り、顔色が戻り始めた。


「うぅ……」


 うなされていた僕は、目を覚ますとそのまま起き上がる。

 腕や足を動かしてみるが、何処も痛くは無いし、傷口どころか傷跡すら無い。


「何ですか? これ」


 状況が全く飲み込めていないので誰かに聞こうと思ったのだが、辺りを見回すと皆目が点だった。どうも、この部屋にいる誰一人として、現状を理解している者はいない様だ。


「これはびっくりですねぇ」


 当のミリスも理解していなかった。

 皆が呆気にとられている中、ミリスは続いて横の椅子で右腕を押えていたクロエに近づく。


「さっきのはまだ一日一回しか使えませんので、もうちょっと弱いのになりますが我慢してくださいねぇ」


 と言いつつ手をクロエの左肩に翳すと、再び呪文を唱える。


『我が神の御名において、汚れしその身を癒し、清浄なる流れに戻し給へ』


 先程と同様に、ミリスからの光がクロエを包み込む。


「何ですの? これ」


 発光が収まると、クロエは右腕を少しずつ動かしてみる。痛みを感じないと分かると、ぐるんぐるん回してみた。


「何ともございませんわ!」


 部屋の騒ぎを聞きつけて、アリエッタさんとエリシアが中の様子を伺いに来た。皆呆けた顔でミリスを見ている。


「これは? どうした事でございましょう」


 アリエッタさんは状況が理解できず、誰にともなく問いかける。


「お兄ちゃん!」


 エリシアは僕が目覚めている事に気づき、抱き着いてきた。


「ああっ! ごめんなさい! 怪我大丈夫?」


 重症だったことを思い出し、慌てて離れる。


「おかげさまで、何ともない? みたい」


 もう一度あちこち体を動かして確認してみるが、やはり何ともない。どう考えてもこの力は、昔読んだ本に書かれてあった癒しの魔術『神聖魔術』である。今まで実際に見た事が無いので確信は無いが、ミリスに聞いてみる。


「ミリスのそれって、もしかして神聖魔術なの?」

「え? 私、魔術の適正無かったですよ?」


 ミリスは首を傾げ顎に人差し指を当てると、入学当初の適正検査を思い出しながら答えている様だが、そういう事ではない。


「あ、ああ。それは精霊魔術の検査だから。教会に行って魔術の練習してたとか?」

「教会に行ったこともありませんねぇ」


 顎にもう一つ人差し指が増える。

 お、おう。君はどうやって魔術を行使しているのかね。


「じゃあ何処で、さっきの教えてもらったの?」

「おじいさんのところを掃除して、スタンプ貯めたら使えました」

「はい?」


 ちょっとこの子が何を言っているのか分からない。

 おじいさんのところ掃除してスタンプ? 孫がお手伝いしてくれたから、ご褒美に魔術教えるYO! って事?

 どうも重症から突然復帰した所為か、僕の思考は少し乱れている様だ。


「これですよ?」


 そう言うと、ミリスは首から下げたプレートを取り出して見せてくれた。ちょっと胸元が見えかけて思わず視線を逸らす。先生だからな、一応。

 改めて見ると、材質は銀のような物で出来ており、表面にはマス目に丸印、二重丸が刻まれている。

 裏面に返すと、マス目に星印が刻まれており、それぞれの面には読めない文字のようなものが並んでいた。


「これ、なんて書いてるんだろ」


 しげしげとカードを見ていると、いつの間にか取り囲んでいた皆も不思議そうに見て唸っている。エルフであるアリエッタさん含め読る人は誰もいない様だ。

 そんな中、ミリスはカードの一番上にある文字を指さし、


「ここは『神さまスタンプ』って書いてます」


 と説明する。


「「神さま?」」


 全員が一斉にミリスに向かって叫んだ。

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