第22話:焼き加減は炭焼きで

「もあああぁぁぁぁぁ!」

「あれで死んでねぇだと?」


 ジェラールも驚愕の表情で叫ぶ。しかしアリエッタさんの前で倒れているミノタウロスは微動だにしていない。

 まさかと思い洞窟へ視線を向けた時には、既に『それ』は目の前まで迫って来ていた。


「ジェラール! うしろ!」


 ジェラールは咄嗟に振り向く事なく体を横へ投げ出す。しかし間一髪直撃は免れたが、脚を跳ね飛ばされて転げていく。

 凄まじい勢いで洞窟から飛び出してきたもう一匹のミノタウロスは、そのままの勢いで直線上にいるクロエ達に向け突進を続けた。

 まずい!

 僕は反射的に走り出していた。クロエにはまだ荷が重いし、エリシアも動けないだろう。アリエッタさんもあの位置からでは間に合わないし、ジェラールは今撥ねられた。

 当然、自分が相手出来る代物ではないと理解していたが、自分が何とかするしかない事も理解していた。

 

「エリシアさんはヒューイさんを連れて、出来るだけお下がりくださいませ!」


 クロエはエリシアに指示を出すと、前に駆け出し始める。

 彼女は身を挺して二人を守る気だった。

 そして僕はそんな彼女を守らなければならない。

 魔術も使えない、剣術も飛び道具も秀でている訳ではない自分に、格上の魔物を止める術が何一つ思い浮かばない。

 思考が停止し、焦りが心を満たしていく中、唯一足だけは止まらず動き続けてくれた。

 仲間を殺されたミノタウロスは、激昂し、尚も突進を続けている。

 対峙するクロエは、エリシア達に被害が及ばぬよう、更に走っている。

 互いに距離を詰め合い、ほどなくして相対するクロエとミノタウロス。

 先制をしかけたのはミノタウロスの方だった。元々牛の魔物としてそれほど理性は無かったのだが、今や怒り心頭の奴は戦いの作戦も駆け引きも無く、力任せに手にした斧を振り下ろしてきた。

 

「攻撃が単調ですわ!」


 怒りに任せた一撃は、クロエが見ても分かりやすい軌道だった。

 余裕で左へかわすと、相手の右懐に入り込む。

 しかし、いなしていない右腕は、予想を遥かに超える速度でクロエの右から迫って来た。


「っ!」


 ミノタウロスは武器を捨て、肘での殴打に切り替えてきたのだ。

 考える事無く、ただ本能のみで暴れる一撃が、クロエのガードした右腕にめり込む。

 グローブと一体型の小手が容易くひしゃげる瞬間、クロエは左へ向け自ら全力で吹き飛んだ。


「かはっ!」


 二転、三転と転げながら体制を立て直すと、すぐに立ち上がる。

 右腕がだらりと垂れ下がっているが、骨までは折れていないようだった。

 険しい顔で痛みに耐えつつ、それでもなおエリシア達の方へ行かせまいと、ミノタウロスを牽制する。


「あら、牛さん、あなたのお相、手は、わた、くしですわよ」


 斧を拾い上げたミノタウロスは、殺しきれなかった怒りの咆哮を上げると、再びクロエに向かってきた。

 クロエは、暫く使い物になりそうにない右腕を庇いつつ、左腕のみで構える。

 しかし、彼女のダメージは見た目以上に酷く、今や激痛で意識が飛ばない様に耐えるだけで精一杯だった。

 最早、かわす程の力も残っていないクロエに、ミノタウロスが再び斧を振り上げて襲い掛かって来たその時、


「ああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 何の策も思い浮かばなかった僕は、雄叫びを上げ自らに注意を引き付けると、斧を振り上げたミノタウロスの脇腹めがけ全体重と勢いをかけてショートソードを突き刺した。


「ふがあああああ!」


 悲痛の叫びを上げるミノタウロスの横薙ぎの一閃を、咄嗟に剣を離し、しゃがんで避ける。

 続いて顔めがけて盾を突き出すと、最後の一本をぶち込んだ。


「があああぁぁぁ!」


 盾から放たれた矢はミノタウロスの右目に突き刺さり、さらなる絶叫を呼び起させる。

 もはや半狂乱に陥った魔物は、目の前の僕に力任せに殴り掛かってきた。

 半ば反射的に盾を引いて構えるが、衝撃は留まる事無く、鉄製のカイトシールドを容易く凹ませ、次に腕、肩、そして胸の方までベキベキと音が響いてきた。


「くぁっ!」


 視界がブレると、ミノタウロスが一瞬で右に飛んでいく。実際飛んでいるのは自分なのだが。

 そして、しばらくの浮遊感の後、地面に叩き付けられる。


「かはっ!」


 瞬間、息が出来ず喘いだ後に、遅れて圧倒的な痛みが襲って来た。

 鼓動をうつ毎に頭がズキン、ズキンと脈打ち、息が思うようにできず、魚の様に口をパクパクさせる。

 右半身が焼けるように熱く、思うように動かす事も出来ない。

 それでも視線だけは、ミノタウロスを探して彷徨った。

 クロエやエリシアは大丈夫か? 焦りが募る中、首と目を動かして辺りの状況を伺う。


「?」


 やっとの事で見つけたミノタウロスは、炎に包まれ既に黒い塊と化していた。

 状況が掴めなかったが、黒い塊が崩れ落ちる光景を目にして、僕は安堵の中、意識が遠のいていくのを感じながら呟いた。


「焼きすぎたら、食べられないでしょ」

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