第21話:不確定メイド要素

 さて、どうしたものか。

 クロエのおかげで冷静さを取り戻せたので、現状の把握と戦力の割り振りを改めて考える。

 エリシアはアーバインが暴れるだけとはいえ、魔力は消費している。そう長くは持たないだろう。

 クロエの体力も心許ない、と言うか、初陣でミノタウロスなど荷が重すぎる。

 ジェラールは矢がもう無い様だが、剣だけでもまだいけそうだ。アリエッタさんは、正直よくわからない。

 一か八か、か……

 しかし迷っている暇はない。ここは不確定要素が高すぎるがアリエッタさんにかけるしか手はなかった。


「クロエさん、エリシアのフォローとヒューイさんをお願いします! アリエッタさん、ミノいけますか? ジェラール、ミノ以外に気を付けて!」


 矢継ぎ早に指示を出すと、ミノタウロス以外に残っている魔物を確認する。


「行けと言われれば行きますが、あの牛頭がお相手でよろしいでしょうか?」

「お願いします!」

「承りました」


 アリエッタさんは、クロエがエリシアの所に到着するまで待つと、ミノタウロスに向かって歩き始める。


「お嬢様、強い相手と戦う時の方法をお見せしますので、しかとご覧くださいませ」


 瞬間、アリエッタさんの周りの空気が渦を巻いて立ち上る。風よけなのだろうか、詠唱しているのかさえも気づかない間に完了していた。

 しかも、その間に何処から出したか分からないグローブをはめている。

 そしてミノタウロスの前までゆっくりと歩いていくと、ひと呼吸置いて構え、口を開いた。


「野外授業開始です」

 

 アリエッタさんの言葉を合図に、ミノタウロスが両刃剣を横に薙いで迫ってくる。縦に振ると容易に懐に入られることを警戒しての攻撃だ。

 しかし彼女は武器を含め、ミノタウロスのリーチを瞬時に把握すると、最小限のステップでかわす。


「相手の攻撃で注意する点は、武器を含めたリーチの長さです。が、ここでもう一つ気を付けなければいけない重要な点として、相手の踏み込み位置があります」


 話しながらアリエッタさんが先程より大きく後退する。と、同時にミノタウロスの刃が彼女の鼻先を掠めていった。


「このように、踏み込みによって斬撃の距離を変えてきますので、相手の武器を含めたリーチの把握、武器を握っている位置も重要ですね。そして相手の足位置に気を付けてください」


 アリエッタさんは、ミノタウロスの攻撃を軽快なステップでかわしながら、クロエに説明していく。

 遠巻きに見ていたクロエは手を合わせ、「流石ですわ」と頷いている。ミノタウロスがちょっとイライラしてきた様だ。


「次に、攻撃に転じる方法です。色々ありますが、手っ取り早い方法は相手の武器を封じる事です」


 言うが早いか、彼女は横薙ぎに振るってくるミノタウロスの一撃を、左足のかかと落としで叩き落す。


「こうです」

「なるほど!」


 なるほどって、クロエさんあれ真似出来るんですか……

 と思いつつ、僕はミノタウロスを迂回して洞窟前へと走りこむ。反対側のジェラールも状況を察し、既に駆けていた。

 アリエッタさんにミノタウロスとの戦闘に集中してもらう為、これ以上魔物の乱入を許す訳にはいかないのだ。

 しかし二人が入り口を抑える前に、既に洞窟から新手が現れていた。三つの影は各々手を前にかざすと、何やら唱えている様だった。

 

「ジェラール、シャーマンだ!」 


 出てきたのはゴブリンシャーマンである。ジェラールに向け叫んだが、既に気づいて投げナイフを腰から抜き始めていた。流石だ。

 こちらも走りながら盾を構えると、射程距離を確認して立ち止まり、トリガーに指をかける。

 狙いを定め、詠唱している一匹に向けて引き金を引く。『バインッ』と言う弦が弾ける音と共に、狙ったゴブリンの腹部に矢が刺さると、のたうち回った。

 すかさず二本目の矢を装填して弦を引き絞り、次の標的に狙いを定める。しかし既に残り二匹のゴブリンは、一匹目同様に転げまわっていた。

 それぞれの腹部には、ジェラールの投げナイフが刺さっているのが見える。

 やっぱり、凄いな

 尊敬のまなざしでジェラールを見るが、戦いはまだ終わっていない。

 二人同時に洞窟の入り口まで辿り着くと、中からの魔物に警戒する。

 と同時に、ジェラールが煙玉を洞窟内に投げ込んだ。魔物の嫌う匂いを洞窟に充満させ、これ以上の増加を防ぐ目論見だ。


「気休めだがな。メイドねーちゃんの方はどうだ?」


 近場の矢を回収しながら、ジェラールが呟く。二人がアリエッタさんの方を見ると、戦いはまだ続いている様だった。

 ミノタウロスがイラついた様子で殴り掛かっているが、彼女は全てのパンチをはたいている。


「打撃をいなす時は、相手の力を利用して内側へはたいてください。外にいなすと力負けしてそのまま殴られたり、首を絞められたりしますので」


 野外授業もまだ続いている様だ。


「余裕そうですね」

「何もんだよ、あのメイド」


 ジェラールもびっくりの強さだ。確かに、いかに貴族の護衛役と言えど、アリエッタさんの強さは並みの戦士とは格が違いすぎた。

 こんな武闘メイドや、狂戦士のお嬢様がいるカステン公国とは、一体どんな修羅の国なのかと恐怖する。


「んもおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 突如、地団駄を踏みながら、ミノタウロスが雄叫びを上げ始める。すぐにでも捻り潰せると思っていた脆弱な人間にいいようにあしらわれ、イライラが限界に達したようだ。

 そして殴りつけるスピードも更に上がる。


「では、そろそろ授業終了といたしましょう」


 アリエッタさんはそう言うと、発狂して出鱈目に振り回してくるパンチを、自らの左へいなし、そのまま右奥へ踏み込んで脇腹に一撃入れる。

 骨が折れるような鈍い音と共にミノタウロスは叫びをあげ、脇を押さえうずくまった。

 間髪入れず、下がったミノタウロスの頭部へ下から掌底を入れると、跳ねあがって白目をむいた頭が落ちてくるのを待ち、とどめの右ハイキックを側頭部につき刺す。

 ふわりと華麗に一回転しながら着地するメイドの向こうで、首をあり得ない方向に向けたまま、ミノタウロスがくるくると舞いながら崩れ落ちた。


「メイド怖い」


 やっと戦いが終り、ほっと呟いてアリエッタさんの元へ歩み寄ろうとしたその時、再び耳を震わせる咆哮が響き渡った。

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