第20話:洞窟前の戦い

「ゴブリンですね。仲間を呼ばれると厄介なので、殺っちゃいましょう」


 皆を不安にさせない様、なるべく冷静に指示を出す。ここで僕が慌てたら指示できる者がいなくなるのだ。

 クロエは指示に頷くと、『風刃』の呪文を唱え始める。


「其は大気に浮かぶ若草の精、我が元に集い、力もて彼のものを切り刻まん」


 落ち着いた調子で風の精を従えると、狙い違わず風の刃をゴブリンへ放った。


「ギャ!」


 遠くでゴブリンが、短い悲鳴と共に血しぶきをあげながら倒れる。


「やりましたわ!」

「お見事です」 


 クロエは初めての戦果に興奮していた。

 最初の実戦にしては上出来である。もっと威力をあげて範囲を拡大すれば、三匹一度に倒せただろうが、それは欲張りすぎというものであろう。

 尚も逃げる二匹のうち、僕は一匹に狙いを定めると、盾に内蔵されたクロスボウの安全ピンを解除し引き金を引く。

 射程距離がギリギリだったか、逃げる一匹の足に刺さると、転げてのたうち始めた。

 取り敢えず足止めはできたので、三匹目に狙いを定めていると、背後から『ヒュッ』と音がすると共に、三匹目のゴブリンが倒れる。


「言ったそばから、来てるじゃねぇか!」


 振り返ると、そこにはジェラールが弓を構えて立っていた。

 よく見なくても、怒っているのが分かる。


「違うんです!」


 よくある言い訳にもならない一言を叫ぶと、事の次第をジェラールに説明した。


「全然、違わねーよ!」

「ですよね」


 北の洞窟に近づいた事は事実なので、大人しく謝っておいた。

 ジェラールが来て一気に安心した僕は、話しながら倒れているゴブリンへ慎重に近づくと、心臓に一突き剣を差し入れる。


「魔物は死んだふりもしますので、安易に近づかないでください。そして、確実にとどめを刺してから進んでください。」


 ゴブリンの耳を削ぎながら、クロエに説明をする。


「それは、何をしていますの?」


 削いだ耳を袋に入れている僕を見て、クロエが不思議そうに尋ねる。


「これはゴブリンを倒した証です。ギルドに申告する時に、証拠として提出してお金と交換しますので、必ず耳を削いでください。右側だけでいいですよ」

「成る程、効率的ですのね」


 ゴブリンの耳を切るという行為に嫌悪感は無さそうだった。倒したゴブリンは後で焼却するために、取り敢えずは道の横に避けておく。


「どうもこいつら、斥候っぽいんだけど」

「そうだな、それにこの刈り後は何だ……」


 ジェラールは刈られている草の後を見渡す。最初は薬草を根こそぎ刈り取っただけだと思っていたのだが、洞窟から伸びてくるこの筋は正しく『道』だった。 


「まずい。お前ら戦闘の用意は済んでるか?」

「さっき一通り済ませておいたけど……」

「よし、ちょっと確認しておきたい事があるから進むぞ」

 

 そう言って五分ほど道を進むと、信じられない光景を目の当たりにする。


「ジェラール、これは……」

 

 いつもは多くても四、五匹しか見かけない洞窟入り口の広場に、ざっと見ただけでも、十五匹以上はゴブリンがうろついていた。


「ああ。ギルドに話が上がってたが、まさかここまでになってるとはな」

「これはちょっと厳しいなぁ。引き返そうか?」

「アーバインに燃やしてもらう?」


 ジェラールと相談していると、エリシアがぽつりと言った。


「……それだ」


 僕は練習場で燃え盛る標的を思い出していた。あの火力なら十匹程度のゴブリンなど纏めて燃やしてくれるだろう。

 念のため、距離が大丈夫かエリシアに確認してもらう。


「アーバイン、いけるって」

「このまま放っておけば街に襲い掛かって来るかも知れんからな、やるか」


 ジェラールが言うと、エリシアが前に進んで行く。護衛の為、アリエッタさんがカバーに入ると、ジェラールは後ろでクロエに風よけをかけて貰っていた。


「アーバイン、いってらっしゃい!」


 瞬間、エリシアのペンダントから熱気が溢れる。続いて二十秒ほど後に、洞窟前にいたゴブリンから火の手が上がり始めた。

 ぎゃぁぎゃぁと言う断末魔の叫びが、僅かにこちらまで聞こえてくる。

 周りにいたゴブリンが、何事かと集まり始め、燃えているゴブリンに土をかけたり叩いて火を消そうとしているが、そこにまた火の手が上がって、残りのゴブリンが燃え上がり恐慌状態に陥った。


「これは惨い。あ、エリシアさん、もういいです。アーバインを戻してください」


 既に殆どのゴブリンの耳が、灰になっていた。

 エリシアが「もどっといでー」とアーバインを回収している間に、残りのゴブリンを確認する。

 戦えそうなのは三匹ほどだ、クロエの練習用には丁度いいだろうと判断すると、エリシアがアーバインをペンダントに戻すのを待って、クロエと共に前に進む。


「まず、左のから行きましょう」

「かしこまりましたわ」


 走りながら指示を出すと、クロエは広場の一番左にいる一匹に駆けていった。僕も遅れない様に周囲を警戒しつつ追従する。

 残る三人はヒューイを守りつつ、右の方にいるゴブリンを牽制し、クロエが一対一の形に持って行けるよう展開した。

 理想的な立ち位置で戦闘開始と思った瞬間、ぎゃぁぎゃぁと喚く声が鳴り響いた。

 咄嗟に何処から聞こえるのか辺りを見回す。

 得体のしれない焦燥感だけが高まる中、先に見えたのだろうエリシアが、悲鳴を上げてアリエッタさんにしがみついた。


「いやあぁぁぁぁぁ!!」

「うわ、気持ちわるっ!」


 その光景を見て僕も思わず叫ぶ。

 洞窟の入り口からゴブリンの大群が、クモの子を散らす様に溢れ出てきたのだ。

 もはや、何匹とか数えられるレベルではない。


「取り敢えず、この一匹を倒しましょう」

「はい!」


 目の前の一匹を倒す間に、なんとかこの事態に対処できるよう考えなければ。

 ゴブリン達は洞窟を飛び出すと、数の少ない方、しかも女が前にいるという本能だけで判断すると、一斉にクロエの方に向かって来た。

 まずい!

 まさか全てこちらに向かってくるとは。対策とか立ち位置とか考えていたが、一気にそんなものは吹き飛ぶ。

 そして丁度その時、クロエが最初のゴブリンと対峙していた。

 単調な軌道で切りつけてくるゴブリンを、クロエは左手のグローブで弾くと右のパンチをゴブリンの顔めがけて打ち抜く。

 腰の回転が乗った、綺麗なストレートである。

 ガードする事もできず、見事にパンチを食らったゴブリンは頬から肉をねじらせ、

『パァン!』

 と、弾けた。

 一瞬、時が止まったかのような静寂に包まれた後、クロエに向かっていたゴブリンの群れは一斉にジェラール達の方へと方向転換する。


「あら、ゴブリンって脆いのですね」


 思いもよらぬ事態になって、血しぶきを浴びたクロエが振り返って尋ねてきた。


「僕もびっくりですよ」


 その落ち着きっぷりに。

 それにしても、流石ゴブリン百二十五匹分である。

 一方ジェラール達は、一瞬でもゴブリン達が逸れた為、迎え撃つ準備が整っていた。


「ではエリシア様、宜しくお願いします」


 ジェラールの後方、少し離れた場所でアリエッタさんに宥められ、落ち着きを取り戻していたエリシアが、再びアーバインを呼び出す。


「薙ぎ払え! アーバイン!」


 僕には見えないが、再び現れたアーバインがゴブリンを焼き払っていく。耳とか言っている場合ではないので、この際致し方ない。

 炎の壁を抜け出てきたゴブリンをジュラールが弓で射抜き、更に近づいてきた奴を長剣で薙ぎ倒す。迂回してエリシア達を襲ってくるゴブリンは、メイドがチョップしていた。

 あれで倒せるのか? 

 その光景に一瞬困惑するも、倒れたゴブリンが周りに積みあがっていく様を見て、気にしない事にした。

 あっという間に燃え盛る炎に仲間を焼き払われたゴブリン達は、徐々にその勢いを弱め始める。

 今が攻め時だと判断すると、僕はクロエに声をかけた。


「クロエさん、横から敵を突きます!」

「かしこまりましたわ!」


 クロエは、近づくゴブリンの頭を右ストレートと左フックで次々と弾いていく。


「顔はやめてっ!」


 回収する耳ごと粉々になってゆくゴブリンを見て、思わず叫ぶ。

 その合間にも、クロエの死角に回り込もうとするゴブリンは僕が処理する。


「承りましたわ」


 戦闘に気分が高揚しているのか、返事をしたクロエの顔はとてもにこやかだった。

 そしてにこやかに心臓を打ち抜く姿は、全身に浴びた血しぶきが汗の様に輝いて、さわやかに怖い。

 ゴブリンの集団へエリシアがアーバインをけしかけ、ばらけた各個をクロエと僕、そしてジェラールが倒すという連携は、エリシアとクロエの初陣とは言え、よく機能していた。

 いかに五十を超すゴブリンの集団とは言え、所詮ゴブリン。統率無き烏合の衆は次第に削られていき、あと数匹と言うところまで減っていく。

 しかし、皆がやっと終わると安堵し始めた時、洞窟の奥から肌を震わせる雄叫びが響き渡ってきた。


「何だ、これ……」


 重く感じ始めた剣と盾を持ち直すと、洞窟に視線を向ける。

 ゴブリンの四倍はあろうかという身長、筋肉質な体躯は自分など殴られればひとたまりもないだろう。

 しかもその手には、何処から持ってきたのか、幅広の両刃剣が握られている。

 そしてその魔物の最も特徴的な部位、牛の姿をした頭が、聞く者を震え上がらせる咆哮を上げながら周囲を威圧した。


「ミノタウロス! なんで外に」


 普段ミノタウロスは洞窟の深部に生息しており、外に出て来る事は滅多にない。洞窟の入り口辺りでいつも狩りをしているレベルの僕には、お目にかかる事が無い魔物だ。

 その、決して会う事の無いであろう魔物との邂逅に、足が竦み肌が泡立つのを感じる。

 クロエもその圧倒的な存在感の前に固唾を呑むと、ゆっくりと口を開く。


「おなか、空きましたわね」


 戦い始めて既に小一時間。確かにお昼時はもう過ぎていた。


「……そうですね。アレ、焼いたら美味いですかね」


 答える僕は、何故か先程まで感じていた戦慄が、きれいさっぱり消え去っていた。

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