第19話:初めての依頼

 ミリスが山で三者面談をしている頃、デュランの盾とクロエの装備を受け取った三人は、冒険者ギルドへ来ていた。


「フレデリカさん、今日は依頼あります?」

「あら、デュラン! 丁度いい所にって、なに? 彼女同伴?」


 フレデリカさんが「出世したわねぇ」とか言いながら、ジト目で見てくる。


「そ、そんなんじゃありませんよ。うちの生徒です」


 僕が必死で顔を赤くしながら弁解している後ろで、クロエとアリエッタさんは何食わぬ顔で優雅に挨拶をしていた。気にもされていないのは流石にちょっと悲しい。

 そして周囲がざわざわしているのは、美女と美少女が似つかわしくない場所に居たからだろう。

 しかも一人は、エルフである。

 物珍しさも含め近寄る男共を、アリエッタさんが殺気を込めた視線で追い払っていた。


「ふ~ん、先生と生徒ねぇ。まぁいいわ、はいこれ」


 フレデリカさんはそう言うと、すぐに依頼内容を纏めたものを用意してくれた。


「有難うございます。薬草採取か……」


 資料を受け取り、依頼内容を確認していく。

 依頼主は町の薬屋で、傷口消毒と回復促進の薬の元になる薬草を採取してきて欲しい、と言うものだった。

 神聖魔術の使えないパーティーにおいて、薬は貴重品である。

 ここで薬屋とのパイプが出来れば、価格交渉や安定供給が望める。それどころかノウハウを得る事が出来れば、作成まで出来るかもしれない。

 学院としては、是非受けたい依頼だった。

 僕は一も二もなく、フレデリカさんへ依頼を受ける旨を伝えた。


「じゃあ、薬草を吟味する為に案内役が同行するから、行くときは薬屋さんによってね。はいこれ、ギルドからの案内状。先生がんばってねぇ!」

「有難うございます。完了したら報告に来ますね」


 手を振るフレデリカさんにお礼を言うと、ギルドを後にしようと振り返る。

 帰りもアリエッタさんは視線だけで歴戦の猛者達を追い払っていた。

 相変らずメイドつえぇ……

 後にこの二人が、『レディ・バーサーカー』と『バニッシュ・ドール』の名で、冒険者達から恐れられる様になる事は、僕を含めまだ誰も知らない。


 翌日、学院の食堂で朝食を済ませた僕に、クロエ、アリエッタ、エリシアを含めた四人は、依頼者の薬屋へ出発していた。


「おう、デュラン! 今日は、皆そろって遠足か?」


 街道を歩いていると、向かいからジェラールが声をかけてきた。

 

「今日はギルドの依頼で、薬草採取だよ。ジェラールは今からギルド?」

「まぁな。依頼始めたのか? 採取なら大丈夫だとは思うが、はぐれ魔物に気を付けろよ。あと、前にも言ったが、北の洞窟の方に行くときは一声かけろよ。最後に行った時とは、別もんになってるらしいからな」

「別もんって?」

「魔物がうじゃうじゃいるらしい。今じゃ二、三人のパーティーじゃ近づけないって話だ」


 ジェラールが割と真面目な顔つきで答える。こういう時の話は冗談では済まない事が多いので肝に銘じておこう。


「勝てない戦いには、近づかない様にするよ」

「そういうこった、まぁ気を付けて行ってこい!」


 ジェラールは僕の背中を叩くと反対方面へ去って行った。相変わらず力加減は適当なので、背中がヒリヒリする。

 その後さらに西へ十五分ほど歩くと、軒先に薬瓶の看板が下がっている建物が見え始めた。目的地の薬屋だ。

 年季の入った木製の扉を開いた瞬間、辺りはむわっと青臭い匂いに包まれる。


「うっぷ」

「すごい香りですわね」

「良い芳香です」

「うえ~」


 約一名を除き、鼻を押さえて感想を漏らしていると、カウンターの奥にいた老婆が声をかけてきた。


「いらっしゃい。薬かい?」

 

 この店の主であろう、小柄な姿に頭髪は真っ白、顔には店と共に刻んできたであろう年輪が深く刻まれている。


「ギルドから依頼の件で来ました。デュランと申します」

「わたくしは、クロエと申します」

「ブランシュ家クロエ様付きのメイド、アリエッタと申します」

「エリシアです」


 依頼者と話をする為に残った僕以外は、挨拶を済ませると周囲の薬草を珍しそうに見始める。魔術に興味があった身としては薬草も気になるが、今は我慢だ。


「ああ、薬草の件かい。あたしゃ薬屋のジョアンナってもんさ。ちょっと待ってな、孫を呼ぶから」


 流石に年の功なのか、メイドがいても全く動じていなかった。

 

「おーい! ヒューイや、お迎えが来なすったで」

「はーい!」

 

 奥から返事が聞こえると、背は僕より少し低めだろうか、年齢は大差無さそうな少年が姿を現した。


「初めまして、薬屋のヒューイと申します。今日は宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくお願いします。本日お世話になります、私立ブレイド魔術学院のデュランと申します」

 

 改めて挨拶をすると、他の皆も薬草を見る手を止めて続いた。


「クロエと申します。本日は宜しくお願いいたしますわ」

「ブランシュ家クロエ様付きのメイド、アリエッタと申します」

「エリシアです」

「なんで、メイドさんがいるんですか?」


 うむ。これが正しい反応だ。

 ヒューイを交えて最終確認を済ませると、すぐに目標の場所へ出発する。

 街道を抜け山道へ入ると、時々アリエッタさんの姿が消え、色々な植物を持ってきては「これは薬草ですか?」とヒューイに聞きまくっている。

 大体雑草、もしくは毒草の類だったので、その場で捨てさせられていた。

 頑張れ森の精霊、何処で生きて来たんだ。

 そして不思議な事に、どんな草むらへ入って行こうが、メイド服に傷や汚れは全くついていなかった。実はメイド服型アーマーなのかも知れない。

 そんな喧騒を交えながら道中魔物に会う事もなく、ヒューイの案内で一行は薬草の採取場へと到着した。


「これは……」


 が、目の前に広がる光景に、ヒューイが茫然と立ち尽くす。


「先客がいたようですね」


 辺り一面、植物を根こそぎ刈り取られた跡を見つめながら答える。


「どうします? もう少しここで探してみるか、他の場所で探すか」


 落ち込むのは分かるが、いつまでも見つめている訳にはいかない。ヒューイに問いかけると我に返った彼は新たな提案をしてきた。


「他の場所となると、探すだけで一日終わりそうだなので、もう少し、奥の方に行ってもいいですか?」

「場所的には、北の洞窟に近づきますので、あまり深入りは出来ませんが、少しくらいなら大丈夫でしょう」


 ジェラールにも念を押されているので出来れば控えたいが、手ぶらで帰るのも何なのでヒューイの提案を了承する。

 しかし、行けども行けども、根こそぎ抜かれた後は続いており、気が付けば既に北の洞窟近くまで来てしまっていた。


「まずい。北の洞窟に近づいてますので引き返します。念のため準備だけしておきましょう」


 まだまだこの辺りは冒険者としてのスキルや危機管理能力の低さが否めない。ましてや今回は守らなければならない立場である。装備を点検しながら、僕は自身の迂闊さを猛省した。


「『風よけ』をかけますので、皆様お待ちくださいませ」


 クロエがヒューイと僕に『風よけ』をかけてくれる。対象を飛び道具から守る風の精霊の初級魔術だ。

 本来の目的ではないが対象者に風の膜が張られるので、返り血を浴びても装備や体が汚れない効果もあり、意外と重宝される。

 呪文を唱え終わると、体の周囲に膜の様な物が漂うらしい。らしいと言うのは僕には見えないからだ。ヒューイが見えているので教えて貰った。それにしても、クロエの魔術を覚える速さは尋常ではない。学院の歴代でもシルヴィさんに次ぐ速さではなかろうか。


 エリシアはアーバインに無効化されるので、後方へ待機してもらう。

 そして僕は盾に仕込んでいるクロスボウの弦を引いて、暴発防止のピンをかけておいた。小型ながら三射できる、バーナードさんの職人技が光る逸品である。

 自身にも風よけを唱え終えたクロエは、腰に提げていたグローブを装着し、


「解き放て」


 と呟く。

 グローブの手首部分にある宝石が淡く光ると、クロエは二度、三度素振りをして感触を確かめた。

 

「問題ございませんわ」


 普段はただのグローブなのだが、購入時に登録したキーワードによって、使用者に重さを感じさせない効力を発揮する、お値段、ゴブリン百二十五匹分のマジックアイテムだ。


「ところで」 

 

 クロエは、先ほどから感じていた何者かの気配の方に向くと、


「あれが、ゴブリンというものですの?」


 と、指をさす。

 クロエのさした先を確認すると、三匹のゴブリンが踵を返して逃げ始めているところだった。

 こちらが五人だったとはいえ、あっさり逃げるのは、後方に仲間がいる可能性が高い。

 良くない流れに、少し焦りを感じ始めていた。

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