第12話:戦うお嬢様
「メイドつえぇ……」
練習場に戻ると、アリエッタさんのあの無尽蔵とも思える体力の秘密が気になって、クロエに聞いてみる。
「お二人の体力は凄いですね。何かされてるんですか?」
「アリエッタから、格闘術を四年ほど習っておりますの」
「格闘術、しかも四年もですか、一度、見せて頂いても良いですか?」
剣での立ち回りはジェラールに叩き込まれたが、素手での格闘は未経験だった僕は、純粋な興味もあって見せて貰う事にした。
「かしこまりましたわ。用意をいたしますので少々お待ちくださいませ」
クロエは快く引き受けると、丁度目の前を走っていたアリエッタさんを呼び止め、組手の準備をするよう話を始めた。
準備と言っても、打撃用のグローブを取りに行っただけで、組手はすぐに始められた。
グローブをはめると、クロエはアリエッタさんと正対し構える。
運動の授業中だったので、姿は動きやすい薄手の半袖に短パン姿で、髪はばらけない様三つ編みにして束ねている。
その姿は、若々しい健康的な美しさを醸し出していた。
一方、アリエッタさんはいつも通りのメイド服である。僕はもはや突っ込む気もなかった。
「先生は開始の合図をお願いしますわ」
「わかりました。それでは用意――」
クロエが合図を依頼してきたので、僕は右手を大きく振り上げる。
「はじめっ!」
掛け声とともに手を振り下ろすと、クロエはいきなり踏み込み、右のストレートを打ち込む。
アリエッタさんはそれを左手でいなすが、クロエは続けざまに左のフックをアリエッタさんの左手に向けて放った。
それをアリエッタさんが左手でガードしようとしたところに、空いた左脇向けてクロエが更に踏み込んで右フックをねじ込む。
しかし、アリエッタさんが一歩バックステップすると、クロエの右拳は空を切った。
次の攻撃の為、クロエはすかさずバックステップで体制を立て直す。
「あ、これ無理なやつ」
手を振り下ろしたままだった僕は、息をするのも忘れ一連の動作を見た後に思わず呟いていた。
武器を持たないとはいえ、速い、速すぎる。
お遊戯程度と思っていたのだが、完全に予想とは別物だった。
正直なところ、この攻撃を受けきるのは僕にはまだまだ技量不足だと感じる程だ。
お上品な貴族のお嬢様が第一印象だったが、とんでもない戦士である。
走り込み時の体力も、四年続けてきたと言うのも、納得のいく動きだった。
どうして貴族のお嬢様が、ここまでの技能を習得する必要があるのか疑問に思ったが、今はその動きに只々魅了される。
暫く二人の動きを見ている内に、僕はクロエの素晴らしい動きを更に強く出来ないか考え始めていた。
やっぱり、エンチャント系だろう。
打撃力を増す為には、重い装備を付ければよい。
しかし、そうすれば、せっかくのスピードが死んでしまう。
それを解決するには魔術だ。
僕の構想の中では、既に何種類かの魔術がピックアップされていた。
その後も、一方的にクロエが攻め続け、アリエッタさんがいなし続けると言う図が、十五分ほど繰り広げられたが、その場でへたり込んだクロエを合図に組み手は終了した。
「素晴らしいですね」
拍手でクロエを称えると、肩で息をしながらクロエは答えた。
「一度も、打撃を当てられない、不甲斐ない、姿を、お見せしてしまいましたわ」
「いつもは、当たるんですか?」
「!」
クロエは悔しそうな顔で、首をふるふると振っている。
しまった。
つい迂闊にも確信をついてしまった事に後悔する。
「今日のクロエ様は、デュラン様に良いところをお見せしようと、いつもより力が入りすぎていたようです」
「ううぅ」
汗一つかいていないアリエッタさんが横で補足をすると、さらに俯いて唸り始めた。
そこのメイドは注いだ油に火を近づけないで頂きたい。
「で、では、この後デュラン様は、わたくしと組み手をお願いしますわ!」
ほら燃えだした。今しがた無理だと思ったのに受ける訳には行かない。授業二日目にして怪我で欠勤とか、ダメ教師の烙印はぜひとも回避したかった。
「嫌です」
アリエッタさんに一矢報いることが出来なかった悔しさを、僕で発散しようと思っていたのだろう、頬を膨らませ顔を赤くしながら組み手を申し込んでくるクロエに、僕は間髪入れずに断りを入れる。
「何故ですの?」
「勝てそうな相手以外に挑むなって、ジェラールに教えられてますので」
尚も抗議をしてくるクロエに僕は飄々と答えた。
「ううぅ、卑怯ですわ」
「卑怯でも卑劣でも結構です。クロエさんも相手の力量をよく見て、勝てそうにないときは、必ず戦いを避けてくださいね」
後ろでアリエッタさんも『うんうん』と頷いている。
「その相手に、どうしても勝たなければならない時はどうしますの?」
何かを思いつめたような表情で、クロエは聞いてきた。
そんな相手がいるのだろうか、その表情に少し危うさを感じると、僕は迂闊に戦わない様釘を刺す。
「その相手より、強くなった時に挑んでください」
「そんな時間、あるのかしら」
がっくりと項垂れる様に呟く。
「その為に、強くなれるときには精一杯強くなっておくのです。幸い、クロエさんを少し強く出来る方法があるかもしれません」
「あるんですの?」
強くなる方法と聞いて、悔しそうな顔から一転、クロエの顔が興味津々に変わった。
「ええ、先程の組手を見ていて、打撃の軽さを魔術で補えないか考えてました。相性の良い風系で、エンチャント系の魔術を優先的に習得して行くのが良いかもしれません」
「それは楽しみですわ!」
「では、本日の授業は終了して、明日からは本格的に魔術の勉強をしていきましょう」
皆に片づけの指示を出しつつ、明日以降の授業予定を考えていると、視界の隅にいまだ地面に突っ伏している物体を発見した。
「そこのエリシアさんも、帰って汗を拭かないと風邪ひきますよ」
と、我が妹に声をかけると、
「か、体が、動きばぜん……」
と、虫の息の状態になっていたので、仕方なくおんぶしてやった。
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