第13話:努力と才能
先生になって二日目、今日は朝から練習場に出ていた。
「それでは、魔術の練習に入ります。エリシアさんは昨日に引き続き、走りこみを始めてください」
「はーい」
エリシアがとことこと走り去る姿を、アリエッタさんは心なしか微笑ましい顔で見送っている。
僕には見えなかったのだが、肩にどっかりと
「クロエさん、今日は、魔術を行使する際の基本、『
「はい、先生!」
元気な声で返事を返すクロエ。これから初めて魔術を使う事に期待が止まらない様子だ。
今日は最初から外での授業だったので、クロエも既に動きやすい服装と髪も三つ編みで纏めている。
「まず最初に、精霊魔術の基本詠唱は六小節からなります」
持ってきた教科書をクロエに見せながら、説明を続ける。
「前半の三小節で精霊を支配下に置き、後半の三小節で事象を指定します。今日はこの前半の部分ですね」
隣で真剣な顔をして「ふむふむ」頷いている姿は、とても微笑ましい。見ているだけで癒されるとか、やはりクロエは魅了のパッシブスキルを持っているのかもしれない。
「風の初級魔術『
クロエが、口をもごもごさせながら呪文を覚えようとしているのを見ていると、昔を思い出す。自分もよくやっていたものだ。
「覚えたら、唱えてみてください」
何度か繰り返し、問題なく言えたのだろう、小さく「よしっ」と言っているのを確認したので、唱えて貰う事にした。
「かしこまりましたわ」
クロエは少し離れると、胸に手を合わせ意識を集中し呪文を唱え始める。
「其は、大気に浮かぶ若草の精、我が元に集え」
しかし、なにもおこらなかった。
クロエは、しばしの間待っていたが、特に何かが起きた様には感じられなかったので、こちらを向いて来る。
「先生? どうでしょう?」
その顔は不安そうだ。
「私には精霊が見えないのではっきりとは分かりませんが、クロエさんの周りに風が舞っていなければ失敗ですね」
「残念ですわ」
がっかりした表情を浮かべながら、クロエはこちらに戻ってきた。
「何も知らないまま呪文唱えて成功するのは、多分エルフぐらいだと思いますので、がっかりする事は有りませんよ」
落ち込むクロエを励ます様に声をかける。
「まぁ、失敗するのを知っていてさせましたの? 酷い御方ですわ」
がっかり顔から、今度は頬を膨らませる。
目まぐるしく変わる表情も、可愛らしいが、何もその顔を見たくて意地悪しているわけではない。
「失敗する原因を知っておかないと、いざと言う時に失敗する確率が増えますからね」
魔術を行使する場合、大体においてその場面は緊急の事態だ。失敗すれば命を危険に晒す確率が飛躍的に上がるだろう。故に『何故発動しないか』の原因を知っておく事により、より失敗しない(成功率の高い)魔術を学んで欲しいと思う。
全部、父の受け売りだけどね。
「それではまず、周囲に精霊がいるか感じてください」
「かしこまりましたわ」
第一段階として、まず精霊がいる事を確認する。
いくら外でも、風の精霊がぎゅうぎゅう詰めでいる訳ではない。
その為、まずはクロエに精霊を探させた。
「あっ、いましたわ」
「ではその精霊に、自分から
「はい」
第二段階は、精霊を使役させる為に呼び寄せる事。
クロエは、「こんにちは」とか言いながら、広げている手をふわふわ揺らしている。
「どうですか?」
僕には見る事が出来ないので、クロエに聞いて確認をする。
「糸が当たると、こちらに気付いてくれます」
出せるんだ。すげぇ。
『感じで』とは言ったものの、出来た例がないので自分にはその状態は分からない。
これも父の受け売りをなぞって教えているだけである。
「順調ですね。そうやって、まずは精霊に『力を貸して』と合図を送るのです」
「なるほど」
精霊が反応してくれるのが余程嬉しいのであろう。クロエは何度も魔力を放出しては、タッチしていた。
「あっ!」
何度目かの魔力放出で、クロエは短い悲鳴のような声を上げると、急にふらつき始める。
そして踏ん張ろうとするが足に力が入らず、ゆるゆるとその場にしゃがみ込み始める。
「大丈夫ですか!」
突然の事に、慌てて支えに入る。
「申し訳ございません、急に眩暈が」
クロエは腕の中で朦朧としていたが、問いかけには答えられる様だった。
どうやら、加減が出来ない状態で何度も魔力放出した為、一時的な魔力切れを起こしたのだろう。
「魔力を使いすぎた所為ですね、少し休憩しましょう」
クロエを日陰に運ぶ為、アリエッタさんを探す。
「アリエッタさん! 何処ですか? あ……」
練習場の端の方、魔術用の標的が並んでいるところに、アリエッタはエリシアと一緒にいた。何やらキャッキャ言っている。
仕方ないのでクロエを背負うと、日陰に連れて行き寝かせた。
「おいおい、お嬢様はもっと丁重に運んでやれよ」
その時、遠くから聞き覚えのある声がした。昨日も聞いた様な気のする声だ。
「なんで、ジェラールが来てるの」
片手をあげて「よっ!」と言いながらジェラールが近づいて来る。これも昨日見た。
「何でって、最近物騒だからな。昨日も夜盗がらみの人殺しがあったみたいなんで、ギルドから見回りを依頼されてんだよ」
言われてみれば、ジェラールは帯剣した状態だった。そしてそれを見て僕はある事を思いつく。
「あ、そうだジェラール、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ? 弟の頼み事なら聞いてやらん事もないぞ」
提案とは、学院の実習として北の洞窟に魔物退治に行くと言うものだった。
「生徒と北の洞窟、ねぇ」
北の洞窟であれば、戦士が二人いれば魔術の初心者の練習としていい場所ではないかと思った。ついでに言えば、ギルドの依頼として行けば報酬が出る。学院の資金稼ぎになりそうだ。
いかに父が伝説の魔術師として多額の褒賞を得ていたとしても、そのほぼ全てを孤児院の経営資金に充てていたので、現在の学院はそれほど余裕は無い。
お金はあるに越したことは無いのだ。
洞窟の外であれば、多くともせいぜいゴブリンが十匹程度うろついているくらいだし、何かあってもジェラールの腕なら問題ないだろう。ちなみに僕の腕は期待しないでいただきたい。
「外だったら、いんじゃねぇの? それと俺がいない時は、絶対に行かない事な」
ジェラールは、条件付きでOKを出してくれた。
当然ジェラールがいないと、一人ではフォローしきれないのは重々承知である。
「それは勿論、有難うジェラール。行く日が決まったら、また言うよ」
「おぅ、じゃあ空き時間にまた寄るわ。今日は見回りのついでに寄っただけだからな」
ジェラールは来た時同様、片手をあげながら去って行った。
「良いお兄様ですわね」
話を聞いていたクロエが、横になったまま話しかけてくる。
「ええ、僕には勿体無い兄ですよ」
僕は少し誇らしげな顔で、ジェラールを見送った。
遠くでは「おおー」とか「すごーい」とか声が聞こえてくる。
何やってんだ……
声がする方を見ると、魔術練習用の標的が火だるまになっていた。
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