第11話:メイドの不思議
お昼時になると食事の為、四人は揃って学院の中にある食堂へと移動する。
ここも、元は孤児院の食堂だった場所を、そのまま使用していた。
「ミリス、出来てるかな?」
食堂に入り声をかけると、厨房から少女がひょこっと現れる。
三つ編みで束ねた腰まである淡い栗色の髪を揺らしながら、二重の少し眠そうな
ミリス・ノエルは、六年前に父が引き取った孤児の一人だ。
学院に入学後は、魔術の資質が無かったので、読み書きだけ覚えると、後は学生寮の炊事洗濯を進んで行うようになった。そして、エリシアが普通に話の出来る数少ない知り合いの一人である。
「デュランさん、ちょうど用意ができましたので、運びますねぇ~」
ふわふわした口調で話すミリスは、トレイを持つとテーブルに運び始める。四人も後について手伝った。
クロエだけは最初の頃、流石に貴族という事で、厨房に入るのは遠慮願っていたのだが、本人のたっての希望という事で、今では一緒に手伝って貰っている。
皆で用意を終えると、食事の始まりだ
「そういえば、ミリス様は魔術を学ばれませんの?」
クロエが不思議に思っていた事を、ミリスに尋ねる。
「そうですねぇ、適正は無かったみたいなので、授業は読み書きだけ習いました。その代わり、炊事・洗濯は得意でしたので、こちらでお世話になってます~。デュランさん、もう一つパンは、いかがですか?」
そう言うと、ミリスはパンのおかわりを持ってきてくれた。
「ありがとう」
受け取ったパンに切り込みを入れ、鳥の香草焼きを乗せてかぶりつく。
至福の時間だ。
母の味を知らない僕にとって、ミリスの食事は味もさることながら、何故か心も落ち着くので大好物だった。いわばこれが僕の『母の味』と言う訳だ。
「大変美味しいお食事を頂きましたので、お礼にお茶をお入れいたします」
皆がひとしきり食事を終えた頃を見計らって、アリエッタさんが席を外す。
「アリエッタさんて、いつもあんな感じなのですか?」
唐突に、エリシアがクロエに尋ねてきた。
「あんな感じ……と申しますと、どの様な感じでしょう?」
「あ、えっと、話し方に感情が乗っていないというか、なんというか、さっき精霊について話してくれた時は、すごい優しかったんですよ」
「そうですね、大体いつもあのような感じで、表情は乏しいのですけど、わたくしが困ったり悲しんだりしていると、とても優しく接してくださいますの。小さい頃、わたくしが転んで泣いている時に、あの表情でおろおろしているものだから、泣きながら笑ってしまった事がありますわ」
クロエは昔を思い出したように語ると、最後に口元を押えて微笑んだ。
「不思議な人ですねぇ」
エリシアが感想を漏らしていると、ティーセットのワゴンを持ったアリエッタが戻って来た。
入れ替わりに、ミリスが厨房へ入っていく。先ほどかけ直していたお湯の沸き具合を確かめている様だ。普段の話し方はボーっとしているのに、本当に良く気が利く子である。
「お湯、沸いてますよ~」
厨房からミリスが顔をのぞかせると、アリエッタさんを手招きした。
「有難うございます」
ミリスに礼を言うと、アリエッタさんはワゴンを厨房へ運び用意を始める。
そして二、三分もすると、ワゴンを押して戻って来て、見事な手さばきでお茶を注いで周った。流石にこちらも手際が良い。
辺りには、バラの優雅な香りを含んだ紅茶の爽やかな香りが広がり始める。
「本日のお茶は、バラのフレーバーティーでございます。お食事の後でございますので、ハチミツの代わりにミントをお入れしました」
手際よく全員のお茶を入れ終わると、クロエの横に立ちお茶の説明をしてくれた。
こうして見ると、貴族に仕えるメイドっぽく見える。
「アリエッタも、一緒に飲みましょう」
と、クロエは言うと、アリエッタさんを席に付かせる。先ほどの食事も、給仕としてではなく、一緒に食べていた。
貴族とは言え、そういったところは寛容な家柄なのだろう。
クロエとアリエッタさんの仲睦まじい様子を見ていると、ふと、自分の母はどんな人だったのだろうかと思ってしまう。
話によれば父と一緒に各地を冒険していた活発な人だったらしい。職業は父と同じ魔術師で地の精霊の扱いに長けていたそうだ。
……これ以上想像すると魔術が使えない僕が惨めになるので止めておこう。
昼食を摂った後は、しばしの休憩を挟んで午後の授業に入る。
「今回は体力向上の授業です。動きやすい服に着替えて外の練習場に集まりましょう」
暫くして全員練習場に集まったのだが、案の定、一人メイド服のままのメイドがいた。
「アリエッタさん、なんでメイド服のままなんですか?」
「メイド稼業中は、メイド服を着るに決まっているではありませんか」
「なるほど」
何か釈然としない物を感じつつも、この人はこういう人なのだと割り切る事にした。その方が精神的に良いだろう、多分。
「魔術師は体力が基本です。常に安全なところから魔術を打つ事なんてできません。敵が迫ってきたら、逃げて逃げて逃げまくって、距離を取らないと攻撃出来ません。いつも盾役がいるとは限りませんし、呪文を詠唱するにも、息がすぐ乱れるようではダメです」
説明を済ませると、先頭に立って走り始める。
「と言う訳で、最初はゆっくり行きますから、後をついて来てください」
後ろを見つつ、ゆっくり走っていたが、練習場の周りをぐるっと一周する頃には、エリシアが音を上げた。
「おにぃ……先生、もうっ……むりっ……」
はぁはぁ言いながら、その場でへたり込む。
昔呼んでいた『お兄ちゃん』と言いそうになるくらい、いっぱいいっぱいである。
その後、十週目くらいからクロエの息が上がって来たので、休憩に入る。
もっとすぐに音を上げるかと思っていたのだが、お嬢様の割には中々に基礎体力は高い様だった。
そして、アリエッタさんはメイド服で走っているくせに、まったく息が乱れていないどころか、汗一つかいていない。
毎日ギルドの練習場で走りこんだ僕ですら少し汗ばんできていたので、ちょっと悔しかった。
「エリシアさんは、体力づくりからですね。クロエさんは、ある程度の体力があるので、魔術を勉強しつつ、運動も継続していきましょう。アリエッタさんは、……流石メイドですね」
アリエッタさんは、無表情なのに何故か得意げな顔をしてこちらを見ている様に見えた。ぐぬぬ……
と、その後ろの方から見慣れた姿が現れる。
「各自、自分の体力と相談して、休みを取りながら走っててください。ちょっと離れます」
指示を出すと、先程見かけた姿のところへ走っていく。
そこには、くすんだ金髪を短く刈り上げ、濃いアーモンド色の瞳をした『自称デュランの兄』、ジェラールがいた。
「ジェラール! どこ行ってたの」
「よお、久しぶりだなデュラン。帰ったんで顔出しに来た」
ジェラールが手を挙げて応える。
「おやっさんが刺された後、色々探ってて帰ってくるのが遅くなっちまった。葬式にも出なくてすまねぇ、自分で親父と呼んでおきながらよ」
すまなそうに、頭を下げてくる。
「いいよ。またお墓に顔でも出してあげて」
最近は明るく振舞える様にはなっていたが、父の話になるとやはりまだ心が痛くなる。
「わかった。それにしても――」
それまでしんみりと低かった、ジェラールの声のトーンが突如上がった。
「お前が先生なんてな! なんか笑えるぜ」
ジェラールが人の肩に手を回してバンバン叩き始める。地味に痛いので、もう少し加減と言うものを覚えて欲しい。
「ひ、酷いな! 僕なりに一生懸命やってるんだよ」
「でもな」
ふっと、ジェラールが優しい表情になる。
「おやっさんも、それを望んでただろうぜ」
「うん、そう思いたい」
長い間父と共に過ごしていた、それこそ周りから見れば親子の様だったジェラールから言われた言葉は、僕の傷んだ心をやさしく包んでくれた。
暫く学院の近況などを話した後、ジェラールは、校門へ向けて歩き始めた。
「授業中だろうし、長居もしてられんな。ギルドの方もご無沙汰だったんで、ちょっと顔出してくるわ」
手を挙げながら去って行くジェラールに、僕は手を振りながら、
「来てくれて有難う」
と背中を見送った。
そして授業に戻ろうと振り返った先には、地面に突っ伏しているエリシアと、肩で息をしながらしゃがみこんでいるクロエと、黙々と走り続けるアリエッタさんの姿があった。
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