第10話:精霊憑き

「はい、皆さん有難うございます。それではさっそく、授業を始めます。まず教科書は皆さん持ってますね?」


 サイモンさんから預かった教科書を開きつつ、授業を始める準備をする。


「先生、教科書持っておりません」


 やたら綺麗な姿勢で、メイドが手を挙げていた。


「でしょうね」


 生徒ではないので、当然アリエッタさんには教科書は渡されていないだろう。

 教科書、いるのか……?

 そもそも、エルフが今更精霊魔術なんて初歩的なものを習う必要があるのだろうかと思ったが、クロエの勉強を確認する為だと思い、教卓に置いてあった予備の教科書を渡す。


「それでは、最初のページを開いてください。まず、魔術についてですが、人が操る魔術は、おおまかに分類すると三種類あります。精霊魔術と、神聖魔術、あと一つは何でしょう」

「はい!」


 一番生徒らしくない、周りより不自然に背の高い黒のメイド服を着たエルフが、またもや手を挙げた。

 無表情なのに、何だか凄いやる気を発しているので、取り敢えず指をさしてみる。


「はい、アリエッタさん!」

「ルーン魔法です!」

「違います!」


 間髪入れず、予想以上に斜め上の回答が返ってきた。


「ルーン魔法は、アリエッタさん達エルフ族しか扱えない魔法です。正解は教科書に書いてある様に、古代魔術ですね」


 微妙に不思議そうな顔で、メイドがこちらを見てくる。

 こっちを見ずに、教科書を見ていただきたい。そこに正解は書いてあるのだ。

 視線に負けず、授業を続ける。


「一つ目の精霊魔術は、一番ポピュラーな魔術です。何処にでもいる精霊たちの力を使役して、発動させる魔術ですね」


 僕はその何処にでもいる精霊を、見ることも感知することもできなかった。

 熱を感じる、風を感じる等、感覚として触れることはできても、それを操ることが出来ないのだ。


「次に、神聖魔術。神様の権能を人が代行者として行使する魔術です。昔々にはその神様もいっぱいいたそうですが、今は光の神だけとなっており、その代行者も限られた人だけなので、非常に貴重な存在です」


(忌まわしき魔神戦争……) 

 一瞬、アリエッタさんの瞳が怨嗟の炎に彩られたが、僕を含めそれに気づく者はいなかった。


「最後に古代魔術です。人が持っている魔力オドと自然界に宿る魔力マナを用いて発動させる魔術です。昔は古代魔法と言われてました。何故魔術になったかと言うと、今の人は昔の人ほどオドを持っておらず、昔のようなすごい魔術、魔法を扱える人がいなくなったからです」

「兄さん、魔術と魔法の違いってなんだっけ?」

「エリシアさん、授業中は先生ですよ」


 ちっちっちっ、と右手の人差し指を立てて指摘する。

 エリシアは恥ずかしかったのか、頭を両手で押さえて伏せてしまった。


「魔術と魔法ですね。よく『魔術は理の内を、魔法は理を外れた事象を操る』と言われますが、実際魔法を使ってる人を見たこと無いのでよくわかりません。ざっくり言うと、魔術より魔法の方が凄いらしいです」

「うん、よくわからないね」


 エリシアは、手の間から顔をのぞかせながら、感想を漏らした。


「では次の質問です。精霊魔術で扱う精霊には四つの種類があります。それぞれ何でしょう? クロエさん」


 今度は、クロエを指す。


「はい。土、水、火、風です」

「正解! 素晴らしいですね」


 横の席でメイドが誇らしげに拍手している。


「そこで皆さんには、精霊魔術を勉強する前に、各々の特性について知ってもらいます。特性と言うのは簡単に言うと『どの精霊と相性が良いか』です。こちらの精霊盤を使って判別しますので、ちょっと待ってください」


 前日に用意しておいた、中心に丸い筒のついた四角い板を教壇の上に置くと、三つの角それぞれに土、容器に入れた水、火をつけたローソクを置き、最後に中心にある筒の上にくるくる回る針を乗せる。


「では、クロエさん、この真ん中の筒を握って、魔力を流してみてください」

「承りましたわ」


 クロエは席を立ち上がると、言われた通りに精霊盤の筒を握って意識を集中した。

 くるくる回る針は次第に、何も置いていない一角を指し始める。


「風? でしょうか」


 土、水、火はそれぞれ角に媒体を置いてあるが、風の精霊は大気から来るので、角には何も置いていない。


「そうですね、風のようです。それもかなり強い」


 精霊の干渉力の差が微妙だと、針が指した後も微妙に揺れ続けるのだが、微動だにしない場合は、精霊が強力に干渉している証だと説明する。


「クロエさんは、風を主体に勉強していき、余裕があれば他も覚えていきましょう」

「かしこまりましたわ」


 クロエが席に戻っていくと、次にアリエッタさんが控えていた。『森の精霊』と言われるエルフに苦手な精霊は無いと思うのだが、今までエルフを見た事の無かった僕は、どうなるのか興味津々だった。


「では、アリエッタさんどうぞ」

「えい」

 

 アリエッタさんが精霊盤の筒を掴むと、針が勢いよく回り始める。


「すごいですね。流石、森の精霊と言われ……」


 ぶんぶん回り続ける。


「……るだけは、あります……」


 なおも回り続ける。止まる気配は一向にない。


「ね。はい、有難うございます。もう離してもいいですよ」


 どの精霊からも、引っ張りだこのアリエッタさんだった。


「つぎ、エリシアさん、やってみますか?」


 エリシアに問いかけると、緊張した面持ちで前に出て来る。


「……やってみます」

 

 と、精霊盤の筒に触れた瞬間――

 エリシアが胸に下げているペンダントが発光し、『ボウッ』と言う音と共にローソクが炎を巻き上げ、一瞬で燃え尽きた。

 筒の上の針は、いつの間にか何処かに飛んでしまっている。


「やっぱり――」


 そう呟くと、エリシアは悲しげな表情を浮かべる。取り憑いている炎の精霊が干渉して、他の精霊を寄せ付けないのだ。


「ダメだね」


 そう言って席へ戻ろうと振り返った瞬間、メイド服にぶつかりそうになる。

 驚いて見上げるエリシアの前には、アリエッタさんが立っていた。


「アリエッタ、さん?」


 何故そこに立っているのか分からず首をかしげるエリシアを、アリエッタさんはそっと抱きしめる。


「悲しむ事も、恐れる事もありません」


 それは、いつもの様な感情の無い声ではなく、少しだけ優しさに包まれた声だった。


「あなたに憑いている精霊は、あなたと遊びたがっているだけです。心優しい子なので、仲良くしてあげてください」


 アリエッタさんには全てが見えていたのだ。

 エリシアに宿る精霊も、

 その力も、

 そして、その想いも。


「仲良くして、いいの?」


 取り憑いている精霊が遊びたがっているのは、エリシアも知っていた。

 しかし仲良くすると、周りに迷惑をかけてしまうので、それは『わるいこと』だと思っていた。

 だから、精霊と心を通わせる事を頑なに拒んでいたエリシアにとって、その言葉は衝撃だった。


「大丈夫です。この子と心を通わせる事が出来れば、必ずあなたを守る力となってくれます」


 不安そうに見上げるエリシアの頭を、アリエッタさんは優しく撫でながら話を続ける。


「そう、なんだ。仲良くして、いいんだ」


 エリシアの目からは涙が溢れていたが、その顔はとても嬉しそうだった。


「ですが」


 突然、アリエッタさんが頭を撫でていたエリシアをがしっと引っぺがすと、


「お嬢様が魔術を使うときには、くれぐれも開放しないように!」


 と、いつもの感情の無い声で人差し指を立てて念を押していた。


「ふ、ふぇい」


 泣き笑いの顔で情けない声を上げるエリシアを見て、その時初めて僕は教師を始めてよかったと思った。

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