第6話:別れは唐突にやってくる

 既に日も沈み辺りがとっぷりと暗闇に包まれた頃、デュランと別れたシルヴィは、ある建物の扉をノックしていた。


「入れ」

「失礼します」


 扉越しに低い声が響いてくると、シルヴィはゆっくりと扉を開いて、部屋の中へと入っていく。

 中には、学院長の席に座りこちらに視線を向けるマーヴィンと、応接用のソファにふんぞり返っているジェラールがいた。


「遅くなりました」


 シルヴィはマーヴィンに一礼すると、ジェラールの向かいのソファに腰を掛ける。デュランと会っていた時の様なふざけた態度はなく、凛々しい雰囲気を醸し出していた。


「俺も今来たばかりだから、話はまだ始まっちゃいねぇぜ」


 ジェラールはシルヴィに片手を上げて応える。こちらはいつもの調子と同じだ。


「あら? 来る途中でデュランに会ったけど、一緒に来たんじゃなかったのね」

「ああ、依頼の帰りに学院の道案内頼まれてな、良い機会なんでデュランに任せて、俺はギルドに寄ってから来たんだ」

「そうなのね。で、マーヴィン様、デュランに何を言ったんです?」


 シルヴィは、ジト目でマーヴィンを問い詰める。彼女はデュランが落ち込んでいる事を密かに感じ取っていたのだ。


「教室で明日の授業の用意をしておったら、デュランが新入生を案内してきただけだ」

「んー、マーヴィン様? その時の会話を一言一句、教えていただけないかしら?」


 微妙に憮然とした表情のマーヴィンに、シルヴィは思うところがあり、更に事の詳細を尋ねる。

 聞かれたマーヴィンは、今しがた起こった事の様に当時の状況を一言一句違わずにシルヴィに話して聞かせた。


「また、そんな愛想のない事を。折角デュランが勇気を出して来てるんだから、お茶でも飲んでいくか? くらいの事は言ってあげてくださいな」

「そう言うものなのか?」


 不器用者のマーヴィンはシルヴィの言葉に首をかしげながら呟く。


「そう言うものでございます」


 いつの間にか扉の前に立っていた男が、追随する様に言葉を発する。

 くすんだ短めの銀髪に黒い瞳、一見すると執事風の出で立ちをした人物である。

 

「皆さま御揃いのようでしたので、お茶をお持ちしました」


 男は、ポットとカップを乗せたワゴンをマーヴィンの隣まで押して来ると、給仕を始める。

 

「ああサイモン、すまんな。デュランについては、その、なんだ、気を付ける」


 何を気を付けるか分かっていないが、取り敢えず非難の矛先を逸らす為に取り繕うマーヴィンに、サイモンは少々呆れた表情でソーサーに乗せたカップを手渡す。

 そんな事で理解できていれば、とうの昔に二人の親子は一緒に暮らしているはずである。そのあたりも理解しているシルヴィとジェラールは、それ以上の突っ込みは野暮だと知っていた。


 サイモンが皆にお茶を注ぎ終わりマーヴィンの横に控えると、ジェラールがカップ片手にマーヴィンへ話を始める。


「やはり魔物の動きが活発になり始めてる。あと、武器の供与も。十中八九セドリック派の差し金だろう」

「それが正解ね。証拠はまだ押さえてないけど、王城内でも物資の不可解な動きを確認してるわ」


 ジェラールの報告に、シルヴィが補足を入れる。


「セドリックめ、また良からぬ事を企んでおるのか。シルヴィ、すまんが引き続き城の方で動きがあれば、報告を頼む」


 マルサス王国の第二王子であるセドリックは、十六年前に第一王子のルイスが魔物討伐に行っている間の暗殺を企て、王位継承を狙っていた。

 しかし企ては失敗、ルイスが魔物討伐の功を持って帰ってきた事により、王位はルイスの物となった。それを良しとしないセドリック派の貴族が、今でも王位簒奪を狙って暗躍しているのである。

 マーヴィンは、昔のよしみでルイス近辺の不穏な動きを監視しているのだが、ここ最近のセドリック派は、動きが更に活発化してきているのを実感していた。


「かしこまりました」


 シルヴィが軽く会釈をすると、なにやら手帳に書き込んでいる。

 彼女はマーヴィンの教え子であり、今では国家魔術団の一部隊『ジャベリン隊』の隊長を任される程に出世している。

 故に、王城内部の事情にも精通しており、国王への反対派の情報収集や、マーヴィンとルイス国王との橋渡し等もおこなっていた。

 その他、ギルドに流れている情報や王城内の噂など、二人の報告が概ね終わるとジェラールが最後に「もう一つおまけに」と付け加えた。


「おやっさん、今回の件との繋がりは分からねぇが、学院の周りに新しい影がうろついてる。気を付けといてくれよ」

「そうね、気配からすると暗殺の類かも。魔術対策もしてるかも知れないから、備えはしといた方が宜しいですわ」


 二人に忠告されたマーヴィンは、思い当たる節があったのか、少し思案すると、


「ふむ。お嬢様の件かもしれんが、気を付けるとしよう」

 

 と答えるに留めた。

 他に報告が無いか確認すると、マーヴィンは少し躊躇しつつ、新たな話を始める。


「ところでジェラールよ、デュランは最近どうだ?」


 先程のシルヴィの言葉が気になったのだろう。不器用ながらも父としては何とかしたいという気持ちが伝わって来る。


「んーまぁ、元気でやってますよ。あの言葉にもだいぶ慣れてきましたし」

「そうか、手間をかけさせてすまんな」

「へへっ、おやっさんには大きな借りがあるし、兄貴が弟の面倒見るのは当たり前ってね」


 マーヴィンは、ジェラールを引き取った頃を思い出していた。

 自身が両親を亡くし、やり場のない悲しみに包まれていただろうに、当初から彼はデュランを弟、弟と言って気にかけてくれていたのだ。

 学院と孤児院で忙しく、デュランに構ってやれなかったマーヴィンとしては、とても助けられていたし、今でも自分の才能について絶望していたデュランを、立ち直らせてくれている事には感謝している。

 ジェラール自身は、引き取ってくれた恩と言っているが、それこそマーヴィンは返しきれない程の恩をジェラールに感じていた。

 そんなジェラールを、マーヴィンは本当の息子を見るような眼差しで見つめると、


「そう言うなら、親子で貸し借りなぞ無いのだがな」


 と答えた。


「なら、言いっこなしだぜ」


 ジェラールは、両手を上げおどけて返す。


「デュランにも、そんな風に話せば良いだけですよ?」


 そんな二人のやり取りを見ていたシルヴィは柔らかい笑顔で呟くと、


「ですが、早くマーヴィン様が私を娶っていただければ、デュランとの仲もすぐに解消させますわ」


 と、熱い視線をマーヴィンに送った。


「まーだ言ってんのか、このファザコン姉ちゃんは」


 ジェラールが、呆れ顔でシルヴィを見る。


「うるっさいわね、このブラコンが!」


 シルヴィも、売り言葉に買い言葉で応えた。


「まぁまぁ二人とも、引き続きデュランの事は宜しく頼む」


 額に手を当て、もう片手で二人を抑えながらマーヴィンはその場を収めた。




 その日の夜遅く、デュランが盾に付ける新装備を考案して、寝床に付こうとしていると、扉を叩く音が鳴り響いた。


「デュラン、俺だ。開けろ!」


 叫びながら扉を叩くジェラールに只事ではない気配を感じると、急いで扉へ向かう。

 

「今開けるよ」


 扉を開くとジェラールが転げる様に入って来た。

 この胸騒ぎは何だろう。

 不安がさらに高まり、心拍数がどんどん上昇していくのが自分でも分かる。


「どうしたんだよ」


 不安げな表情で声をかける僕の肩をジェラールは力強く掴むと、呼吸を整えながら静かに語り掛けてきた。


「おやっさんが、殺された」

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