第7話:本当に大切なものは、無くした後に気付く
父、マーヴィンの死から既に三日が過ぎていた。
その間、葬儀や学院の今後について慌ただしかった様に思うが、正直よく覚えていない。
今日も、まだ残っている生徒の引っ越し等で周りは騒がしかったが、臨時で泊まっている学生寮のベッドの上で、魂が抜けたように一人ぼんやりと過ごしていた。
「兄さん、ご飯です」
部屋をノックする音が響くと、妹のエリシアが入ってきた。ここ数日泣き明かしたのであろう、目を赤く腫らしている。
ベッド横のテーブルへ運んできた食事を置くと、そのまま僕の横に腰掛けた。
暫くの間、どちらも話す事無く時が流れたが、やがて言葉を選ぶように、エリシアがゆっくり話とし始める。
「これから、どう、するの?」
赤い目で不安そうに覗き込んでくる。今こそ兄である僕がしっかりしないといけないのに、気の利いた言葉一つすら浮かんでこない。
「これ、から?」
頭が思考する事を拒否しているかのように考えがまとまらず、結局おうむ返しの様に同じ言葉を呟くだけが精一杯だった。
僕の反応がここ数日と変わっていない事を感じると、エリシアはベッドから立ち上がり、机の上に残っていた昨日の食事を手に部屋を後にした。
再び一人になった僕は、ベッドに背をあずけると静かに目を閉じる。
妹の為に、出来る事。か……
具体的な案は何もなく、取り留めも無いままに考えて、うとうとと眠りに就き始めた時だった。
「おやすみ中でしたか、申し訳ございません」
ノックの音と共に、落ち着いた老人の声が僕の意識を呼び戻す。
「サイモンさん? 大丈夫ですよ。何かありましたか?」
引き返し扉を閉めようとするサイモンさんを呼び止めると、僕はベッドから立ち上がり、テーブルに備え付けている椅子を勧めた。
開けていた扉を閉め直すと、サイモンさんは向き直って深々と頭を下げてくる。
「デュラン様、この度のマーヴィン様の件、お守りする事も出来ず真に申し訳ございません」
「そんな、サイモンさんは悪くないですよ。それよりも色々な処理を有難うございます。本来なら僕が進めないといけないのに」
突然の謝罪に、僕は慌てて両手を手を振って否定した。
サイモンさんにその責が無い事は知っている。その上、自分が腑抜けている間に、全ての問題を彼が取り仕切って済ませてくれたのだ。感謝こそすれ、責めるなど筋違いであり、逆に申し訳ない気持ちになった。
「いえ、学院の事については、マーヴィン様よりお任せいただいておりましたので問題ございません。つきましては、これまでの事とこれからの事をご報告に参りました」
来たか。
僕はこの学院の終焉を予感しながらベッドに腰掛けると、サイモンさんの報告に耳を傾ける。
「宜しくお願いします」
「では……」
彼は持ってきた書類を捲ると、学院のこれまでに起こった事の報告を始めた。
「まず、貴族の生徒達は全て自主退学し、学生寮にいた生徒達も皆、親元に帰省いたしました」
当然だろう。『伝説の大魔術師に教えを受けた』という箔が付かなくなった学院など、もはや貴族たちにとっては何の価値もないのである。
元々魔術など興味も無く、親の命令で嫌々来ていた貴族の子供達は、これ幸いとばかりに我が家へと帰っていったのだ。
「次に、王立としての支援が無くなり、教師とマーヴィン様が保護されておりました生徒は、ランドルフ商会へ参りました。生徒ではない孤児達も、ほぼ雑用として同様にランドルフ商会に引き取られております」
王立魔術学院は国王直々に、父マーヴィンへの支援であった為、支援は停止された。これも当然である。
ルイス国王自身は、支援を続ける事に異は無かったのだが、その他の貴族、特にセドリック派に対して反論する材料が無かったのだ。
それも僕が魔術を使えるなら、話は別だったのだろうが。
生徒が去り、王からの支援も無くなると、教師を雇う事が出来なくなる。故に、皆再就職先を探さなくてはならない。
そして、貴族ではない残りの生徒達は、主に父が保護した孤児達だ。当然、彼らを養うことも出来なくなる。
そこへ、手を差し伸べた者がランドルフ・カーライル。彼は、個人で傭兵の派遣業を営んでいる人物との事だった。
彼曰く、業務拡大の為に人手、特に魔術師を募集していたそうだ。
行き場のない生徒たちと、再就職先を求めていた教師が、渡りに船とばかりにランドルフ商会へ行った訳である。
魔術の才能も無く、商才も無い僕にとって、彼らを路頭に迷わす事なく済んだことは正直有難かった。
サイモンさんは、ランドルフ商会の補足を終えると、次のページを捲って報告を再開する。
「続いて、学院の施設についてですが、図書館、学舎など、国よりお借りしておりました物につきましては、返却いたします。残った施設は孤児院と、練習用の広場となります」
孤児院とそれに付随する広場は、元々父が経営していた物であるため、返却の必要が無い。と言う事だ。
一通りの報告を終え書類を横の机に置くと、サイモンさんは改めて姿勢を正し、厳しい現実を告げる。
「これにより王立魔術学院は、学び舎としての体を失い、事実上廃校となります」
『廃校』という言葉に、僕はピクリと反応する。
父が今まで成した事が、消え去ってしまう。
しかし、自分ではどうする事も出来ない現実。その焦燥感と歯がゆさに、ただ己の拳を握り締めるだけだった。
「そして、ここより先は『これから』のお話になります」
項垂れる僕を見詰めながら、サイモンさんは話を続ける。出来ればそっとしておいてほしかったのだが、そう言う訳にも行かない話の内容みたいだ。
「カステン公国よりお越しいただいております、クロエ・ブランシュ様は引き続きの滞在をお望みでございます」
「?」
クロエと言えば、先日学院に案内した貴族の少女を思い出す。
何の話かと不思議に思った僕は、サイモンさんを見上げていた。
「生徒が一人でもいる限り、学院は学びの場を提供する事が使命と存じます」
後ろ手に組んでいたサイモンは、右手をすっと上げ、人差し指を立てながら、新たな案の提示を始める。
「故に、学院の再建が急務となりました」
事態が呑み込めない僕は、なおもサイモンさんを見上げたまま口を開く。
「さっき廃校って言ってましたよね?」
「ええ。『王立魔術学院』は廃校になります。ですので、新たな学び舎を作らなくてはなりません」
と言うと、サイモンは唐突に僕の前で片膝をつき、深く静かに一礼した。
「つきましては、新学院長にデュラン様、是非宜しくお願いいたします」
『僕には無理です!』
そう言いかけたが、何故か言葉として出てこなかった。
あの偉大な父だから出来たのだ。『出涸らし』と言われるような自分に出来る物ではない。
しかし、父がやり遂げて来た事を途絶えさせたり、他の誰かに任せたくは無いと言う気持ちもあった。
それは未だに『父の様になりたい』という未練だったのかもしれない。
その思いが、僕にその言葉を言わせなかった。
そして代わりに、
「少し、考えさせてください」
と、絞りだす様な声で答える。
「お心が決まりましたら、お話しください」
サイモンさんは僕の逡巡を感じ取ったのか、それだけを告げると、静かに部屋を出ていった。
僕が学院長……
再びベッドに仰向けに倒れると、学院長だった父を思い出す。
どんな事をしていたか、どんな人だっただろうか。
様々な思い出が蘇るが、それは遠い昔の出来事ばかり。
最近の父の姿が思い出せない。今更だが、それ程までに父を避けていたのだ。
その後悔の思いが、自然と口から洩れた。
「父さんと、もっと話をしたかったな」
その言葉と共に、目の端から涙が流れると頬を伝った。
いつか、父と昔のように話せる日が来ると思っていた。
いつか、父と一緒に魔物討伐に行ける日が来ると思っていた。
いつか、父と再び暮らせる日が来ると思っていた。
いつか叶えたいと思っていた事が、沢山あった。
それが永遠に叶わない事と知った時、ようやく頭が理解した。
父はもういないのだ、と。
その想像を絶する喪失感に、僕はただ体を震わせ静かに嗚咽を漏らした。
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