第5話:同級生のち姉、所により母?
「はいっ、今回の報酬、銅貨二百枚。ご苦労さまっ」
元気な声と共に、にこやかに微笑むと、受付嬢のフレデリカは木製のトレイに報酬を乗せ、ジェラールに差し出してくる。
「ありがとう。フィーは今日もきれいだねぇ、だから三百枚になんない?」
「ありがと。そんな事より気を付けてね。最近武装してる魔物の報告があちこち増えてるみたいだから」
ジェラール渾身の交渉を、華麗にスルーしながら空のトレーを仕舞うフレデリカは、最近噂の多い魔物について注意を促してきた。
「やっぱ多いのか、今日の奴も剣持ってたしな。他に何か情報あるかい?」
デュランに比べ格段に強いメンタルの持ち主であるジェラールは、そんな事で凹む事なくフレデリカの情報に耳を傾ける。
「そうね、魔物関連でもう一つ、出没が街道にまで及んで、交易に影響が出始めてるわ。商業ギルドの方から護衛の依頼が来てるみたい。他にはー」
ウエーブのかかったブロンドの髪をくるくると指に巻きながら、フレデリカは考える仕草をすると、思い出した様に付け加える。
「あとは、薬屋のおばあちゃんが腰を痛めて孫に仕事を引き継いだとか、他国情報だと二週間ほど前に、カステン公国の王子様が殺されたとかかしらね」
「なるほど。ありがとな、フィー。また今度奢るぜ」
ジェラールは、フレデリカに投げキッスをすると、ギルドハウスを後にする。
各地に魔物が増えてきているのは、北の洞窟からのものだろう。
それだけなら、自然発生の数が増えただけで片づけられる可能性もある。
しかし更に問題なのは、手にしている武器の種類が増えている点だった。
いくら魔物が増えたとは言え、ここ最近で冒険者が殺された数はそれほど多くはないし、村が襲われたという報告も上がってはいない。
であれば、可能性の一つとしては『誰かが与えている』という事になる。
(あの馬鹿共ならやりかねんか)
ジェラールは何となく目星をつけると、とある場所へと向かい始めた。
そして僕は、そんな不穏な空気を微塵も察する事無く、学院を飛び出した後そのまま家に向かって歩いていた。
危ない危ない。教えるのに夢中になって他の生徒に見つかる所だった。しかしあの子、嬉しそうだったなぁ……
魔術が成功して飛び跳ねながら振り返った少女の笑顔が、いつまでも心の中に残っている。クロエの様な上品さは無いが、彼女は彼女で素朴な可愛さがあった。
「あら、デュラン。こんなとこにいるなんて、珍しいじゃない」
街道の角を曲がると、前方から艶のある黒髪を腰まで流した女性が、手を振りながら声をかけてきた。
「あ、シルヴィさん」
心拍数が少し上がるのが自分でも分かる。
シルヴィ・エドワーズ、王立魔術学院を卒業後、僅か二年で国家魔術団の部隊長を任されている才女だ。
ちなみに僕が十年間学院で勉強している間に、入学して卒業していったので、一緒に勉強していた時期もある。
いわゆる『憧れのお姉さん』だ。
「ちょっと道案内で学院に行く用事が出来たので……」
「あら、そうなの? それでマーヴィン様には会った?」
彼女は腕を絡ませて来ると、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、赤い瞳で覗いてくる。
五つ年上のシルヴィさんは弟のように接してくれるのだが、僕としては気が気ではない。
「って、その顔じゃ、聞くまでもないかぁ」
僕の困ったような顔を見て、残念そうに囁くと、
「ま、私がマーヴィン様と結婚したら、仲は取り持ってあげるわ」
と、何気に衝撃の告白をかましてきた。どうやら弟ではなく息子として接していたらしい。どんだけ年上好きなんだよ。
「五つ上の母さんなんて、呼びたくもないですよ」
わりと目が冗談ではないシルヴィさんに向かって答える。いや、ほんと勘弁してください。父と彼女がイチャイチャしている所を想像してしまったじゃないか。
「ふふふっ、早く家族で暮らせるようになるといいわね」
僕の突っ込みもお構いなしに、ふわりと髪を舞わせながら離れて行くと、来た時同様、彼女は手を振って去って行った。
嵐が過ぎ去った後、僕は家路に向かいながら、今日ジェラールが言っていた言葉をふと思い出す。
(魔術師の後継者じゃなくても、子供の成長ってのは嬉しいもんだよ。親としてはね)
普通に考えればそうなのかも知れない。しかし、伝説の魔術師の元に生まれてきた子供が魔術の素養が無いと知った時、父はどれ程ショックだったのだろうか。それを考えると、例え自分に非が無いとしても、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。
ああ、ダメだな……
父との事を考えると、悲観的な事ばかりが頭の中を巡り始める。引き籠り時代の悪い癖が再発し始めたので、気分を変える為に先程のシルヴィさんの言葉を思い出してみた。
(ま、私がマーヴィン様と結婚したら、仲は取り持ってあげるわ)
その言葉に、先程のイチャイチャが蘇って来る。
「うん、ないな」
幾分か気分がリフレッシュできたので、また落ち込む前にさっさと家に帰る事にした。
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