第4話:望まぬ邂逅

「ん? デュランか、どうした」


 教卓で書類を片付けていた人影は、こちらを見ると話しかけてきた。出来ればずっと無視しておいてほしかったのだが。

 確かに生徒はいなかった。いなかったけど、よりにもよって一番会いたくない人物に出会ってしまうとは。


「と、父さん」


 そこには、こげ茶色の髪と口ひげ、黒い瞳で体格は魔術師とは思えない程がっしりした、初老の男が立っていた。

 名前はマーヴィン・ブレイド。マルサス王国の『伝説の大魔術師』であり、偉大なる我が父である。

 今しがたまで僕がクロエに向けていた笑顔は強張り、高まる動悸に浅い呼吸を繰り返し始めると、額から汗が滲み出してくる。今すぐにでもこの場を去りたかったのだが、心配そうに見つめるクロエの為、なけなしの勇気を振り絞って案内を続けた。


「こちら、新しく入学するクロエさん、です」

「そうか、ご苦労」


 案内されたクロエに、アリエッタさんが続いて教室に入ると、二人は父へ挨拶をしに向かった。

 そして入り口に取り残された僕はと言えば、突然の出来事に頭が真っ白になっており、体が硬直したままだ。


「まだ何か用か?」

「あ……」


 教室の入り口で放心したように突っ立っている僕に、父が問いかけてきた。

 更に容赦なく襲い掛かるプレッシャーに、居たたまれなくなった僕の貧弱メンタルは瓦解寸前である。


「いえ、後は、お願い、します」


 途切れ途切れだが、何とかそれだけを言い残すと、教室の扉を閉めてその場を立ち去るのがやっとだった。

 閉める瞬間、クロエの「あのっ」と言う声を聴いて申し訳なく思ったが、これ以上この場にいる事が耐えられそうにない。済まない、お嬢さん。

 よろよろと通路を歩きながら、自分の不甲斐なさに苛立ちを募らせる。

 そして悶々としながら歩き続けるうちに、気が付くと出口とは反対の練習場の方に出てきていた。

 本当に、何やってんだか……

 すぐに出口へ引き返そうとするが、その時、視界の隅に誰かがいるのを見つけてしまった。

 う、やばい。

 生徒には会いたくなかったが、恐る恐る見直すと、居残りか自主練習の生徒だろう。練習用の的相手に、魔術を唱えている様子だった。

 魔術か……

 いまだ魔術に未練があった僕は、思わず足を止め引き返してしまう。全然学習をしない奴だと我ながら思うが、仕方がない。それが僕なのだ。

 

「其は、大気に浮かぶ若草の精、我に集え!」


 少女が呪文を唱えると、両肩に束ねた三つ編みの赤毛が、風に乗って揺れ始める。

 ここ一年の内に入学したのだろうか、今まで見た事の無い生徒だった。

 うむ、知らない子なら問題ないな。

 最悪見つかっても虐められる事は無いと安心すると、警戒心を何処かに忘れ更に近寄っていく。

 妹のエリシアと同じくらいに見えるが、一年足らずで精霊魔術を扱えるようになるには、並々ならぬ努力をしてきたはずだ。

 凄いな。

 己が求め続けても出来なかった事を、自分より年下の少女がやってのけているのを、羨望の眼差しで見つめる。


「僅かな力もて、彼処あこへと、切り刻まん!」


 纏った風を標的へ向かわせるべく、少女が続けて呪文を唱えるが、標的とは違う場所で小さな竜巻が上がった。


 風の初級精霊魔術『風刃ふうじん』。発動は出来ているが、思ったところに出せていない様だ。初歩的なミスであるが、出来る人間ならつい陥りがちなミスでもある。

 頭を抱え落胆している姿を見ていると、僕は自然と少女へ向け歩きだしていた。

 才能があり頑張っているのに、そんなところで躓いているのを黙って見ている事が出来るだろうか、いや出来ない。貴族なら放っておくけどね。


「五唱目の『彼処へと』を『彼のものへと』に変えるんだ」 

「ふぇっ?」


 突然声をかけられた少女は、ビックリした様に振り返る。そして知らない人がいたので、更に驚きの声を上げた。当然の反応だ。


「えっと、何ですか?」


 明らかに不審者を見る目つきで怪しそうに問いかけてくる。

 でもそんな目で見られると、メンタルの弱い僕は心折れそうになるので止めていただきたい。

 気の利いたジョークで彼女の心を落ち着かせてから、優しく教えるなんてスキルも持ち合わせていないので、愚直にもう一度同じ言葉を繰り返す。


「五唱目の『彼処へと』を『彼のものへと』に変えるんだ」 

「あ、え? ……はい」

  

 同じ事を繰り返す不審者がちょっと怖かったのだろう、少女は取り敢えず言われる様にやってみる事にした。


「其は、大気に浮かぶ若草の精、我に集え!」


 右手を差し出し、呪文を唱え始める。

 少女の魔力オドが、大気中に漂う風の精霊と交わり、少女の支配下に置かれる。


「僅かな力もて、彼のものへと、切り刻まん!」

 

 ザザザッ!

 瞬間、標的を中心に竜巻が発生すると共に、木が削れ宙に舞った。


「っ! すごい、すごい!」


 初めての成功に、飛び上がって喜ぶ少女が振り返ると、そこには既に誰もいなかった。


「あれ? 見たことない人だったけど、新しい先生かな?」


 遠目に魔術の成功を確認すると、凹んでいたメンタルが少女の笑顔で幾分か癒された僕は、不審者通報される前にそそくさと帰る事にするのだった。

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