第10話 МじゃなかったらドSな幼馴染とは付き合えない。

「おっす」


「5分遅刻よ。 この私の時間を無作為に削るなんてどういう了見なの? 小説家を目指す前にまず一般教養を身に着けなさい」


「……すいません」


 月日は少し流れ七月の第一週。


 蝉の鳴き声と夏の暑さが本格化し始める午後一時。


「ていうかなんで喫茶店なわけ? 休日なんだし家でよかったんじゃねーの?」


「はぁ? なんで私があんたを家に上げなきゃなんないの? キモイんだけど」


「なんでだよ。 普通に暑いから外出たくないんだよ」


 本当に夏だからって太陽働きすぎじゃない? 働き方改革がなってないんじゃないの?


「別にいいでしょ。 いつも引きこもってるんだからこんな時くらい外に出なさい」


「お前だって大して変わんねーだろ」


 そんな言い合いをしながら席に着くとすぐに俺の真横から声がかかる。


「お待たせしました。 夏限定スペシャルパンケーキです」


 隣に視線を向けるとそこには苺と生クリームで綺麗に盛り付けられたパンケーキを持った店員が立っている。


 あー、なるほど。 これ目当てだったのね。


「何?」


 菜々が睨みを利かしてくる。


「……いえ、何も」


 ……怖ぇ。 この目絶対何人か殺ってる目だよ。ジンの兄貴も震え上がっちゃうよ。


「そう。 なら少し待ちなさい」


 あ、先食べるんですね……。 いいですけど別に。







「どうだ?」


 パンケーキを食べ終わり、原稿を読んだ菜々に言う。


「たった二週間ちょっとで二作仕上げたその速さは褒めてあげるわ」


「そうだろ! なんかこう降りてきたっていうかさ、インスピレーションが湧いたんだよ!」


「まぁ今のままだとゴミの掃き溜めだけどね」


「えぇ……」


「まずこの『脇役は主人公にはなれない。』だけど主役になりたいと願う脇役に焦点を当てて意外性を持たしたかったのか知らないけど今時そんなの珍しくもないしぼっちな主人公が周りの人たちに影響されて成長していくっていうのもオリジナリティがないわ」


「でもほらなんか似たような内容のラノベって結構あるじゃん?」


「はぁ……」


 菜々がまるで「そんなことも分からないのかバカ」とでも言うかの様にため息をつく。


「それはその小説ごとに他にないオリジナリティがあるのよ。 例えばゲームに対する斜め上すぎる攻略法とかヒロインのキャラが死んでるとか。 でもこの小説にはそんな目を引くようなオリジナリティがある? ないでしょ? ないわよね?」


「……はい」


 いや、もうあるって言わせる気ないじゃん。 ただオリジナリティがないのは本当なので反論の余地がないんだけどな。


「それから『明日の君に会うために』だけどヒロインと死ぬための冒険をするっていうのはいいけどヒロイン死亡オチにするならせめて途中まで冒険の目的を隠しなさい」


「隠すって例えば?」


「そうね、例えば国を救うための冒険だと読者に思わせといて死ねない呪いを解く方法を探してるとかね。 そうでもしないと驚きもないし読み終わった後も作品が印象に残らない?」


「なるほどな。 確かにそうした方が驚きを与えられるかも」


「あと、これはほんとに私情なんだけど、私ヒロイン死亡オチってあんまり好きじゃないのよね」


「いや、本当に私情じゃねーか!」


 好きか嫌いかじゃなくて感想言ってくれよ。


「だってヒロインが死ぬのって何回見たって辛いじゃない。 この最後の最後で生きたいと思えるようになったヒロインが主人公を不安にさせまいと『もし、来世があるのなら……来世でも私を愛してね……』って言って涙ながらに微笑んで死ぬシーンなんて……って何よ?」


 いつもの冷静な菜々とは思えないほど饒舌な菜々が俺の顔を見て話を止める。


「いや、ただ嬉しくてさ。 ありがとな」


「……奏斗、あんた実は不治の病にかかってて実はこれが最後の作品だったりする?」


 菜々はただ純粋に言葉の裏を探るように訝し気な表情をしている。


「さすがにそんなぶっ飛んだ裏設定はねーよ」


 いつもみたいにキモイとか言うかと思ったのにその顔やめろ。 逆にきついから。


「じゃあ、なんなのよ」


「俺はただ菜々が俺の作品で辛いって思ってくれたのが嬉しいんだよ。 だってそれってさ、俺の作品に感情移入してくれたってことだろ? ヒロインが死ぬのを悲しんでくれたってことだろ? それが本当に嬉しくてさ」


「そう。 それが作家の喜びよ。 人の感情を動かせれば嬉しくなるし批判されれば悔しさで涙が出そうになる。作家はその感情の狭間で戦っているの」


「それを少しでも知れたのならあなたも少しは前に進めたんじゃない?」


「そうなのかな」


 菜々はフッと少し笑って続ける。


「まぁ今の奏斗ごときが人の感情を動かすとかないから。 調子乗ってんじゃないわよ?」


 ……忘れてた。 こいつは悪魔よりも口が悪い茜が丘菜々だったわ。 上げてから落とすその手腕、さすがっすね。


 でも菜々の言うとおりだ。 今の俺に人の感情を動かす小説を書くことはできない。 ……あくまでも


 菜々の言葉もきっと未来への期待なんだ。


「ていうかどうせ黒歴史になるの確定なんだしこのまま書き続けても将来自分の小説を読み返してもがき苦しむだけよ?」


 前言撤回。 こいつただ貶しただけだ。 人の黒歴史勝手に追加すんなよ。


 そのうちこいつ「タイトルからもうつまんない」とか言い出すんじゃないの?


 この幼馴染、ツンデレというにはあまりにもデレ要素が皆無なんですけど。


 本当に菜々と一緒にいると受けるダメージ量が多すぎる。 ……なんで俺ドМに生まれなかったんだろう?


 ただ、そんなこいつでもラノベとか好きな事について語るのはやっぱり楽しいし、一緒にいるのとそんなに悪くないと思えてしまう自分がいる。


 だから傲慢にももっとこいつと一緒にいたいと思ってしまうんだ。


 ……俺、やっぱドМなのか?


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幼馴染と作る最強のラブコメ 不破伊織 @FUWAIORI

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