第7話 久しぶりに会う人は大抵誰かわからない

 前話の翌日の水曜日。


 今日こそは始業に間に合うように早起きしようとアラームをかけたものの叶わずじまいの二限目終わりの休み時間。


 いつも通りの街並み、いつも通りの学校、いつも通りの遅刻、ただいつもと違うところが一つだけあった。


 正確には教室のある人の席が。 いつもは絶対領域と化しているその席が今日だけは違っている。


 俺は二列前の廊下側の席を指さす。


「はよ、健吾。……あれ何?」


 四話ぶりの登場できっと誰も覚えてないだろうから改めて紹介しておこう。 里見健吾、去年からのクラスメイト。 ……まぁクラスメイトAと思ってもらえればいい。


「お前のその親友に対する扱いに関して後で議論するとして、茜が丘さんがどうした?」


「いやどうしたって、なんであいつの席に男子が群がってんの?」


 いつもぼっちを貫いている菜々が今日は何故か男子2~3人に話しかけられていた。


「あぁ、あれ。 お前学校サボったり遅刻したりでまだ知らねーのか」


「なんだよ?」


 俺が聞き返すと健吾は何でもないように応える。


「お前らが前に小説がどうとか話してるときあっただろ?」


「あぁ」


 健吾が言っているのは先週の木曜日第4話の時のことだろう。


「それがどっからか広まって他クラスの奴が来てはああやってあしらわれてるってわけ」


 あの時他のクラスの奴も何人かいたからおそらくそこから広まったのだろう。


「それにしても何書いてる人なのかも分からないのによくやるよな。 まぁきっと小説の方よりこれを機にお近づきになれたらって奴の方が多いだろうけどな」


「このままじゃ嫁が他の男に取られちまうぞ?」


 からかうように言った健吾の言葉だったが俺の耳には届いてはいなかった。


「……大丈夫かな?」


「やっぱこのままだと心配だよな。 正妻を取られたくなかったらちゃんと見張ってろよ」


「いやそういうのじゃなくてさ。 俺ちょっと行ってくるわ」


「え、お、おい」


 戸惑う健吾をよそに俺は菜々のもとへと向かう。


「菜々、その大丈夫か?」


 俺が菜々の席に着いた頃にはもう男子の姿はなくなっていた。 早々にあしらわれたかそもそも話すら聞いてもらえなかったかどちらにしても容易に想像できる。


「……何が?」


 男子に絡まれていたせいか俺が話しかけたせいかいつもより菜々の機嫌が悪い気がする。 ……後者でないことを願おう。


「小説のことで話しかけられてるって聞いたから。 大丈夫かと思って」


「あんたに心配してもらうことなんて何もない」


 菜々の言葉にはいつものような覇気はなく、周りの喧騒にかき消されてしまいそうなほど弱弱しかった。


「でもお前まだ十年前のこと……」


「奏斗、チャイム鳴ってる」


「いや、でも」


「先生も来てるし席戻ったら」


「……あぁ。 それじゃまた後でな」


「うん」


「……今更遅いよ、奏斗」


 最後の菜々の言葉は俺の耳にも届かないほど小さく、でも菜々にしてはあまりにあからさまで確かな拒絶の意志だった。


 だからきっと、今の願いにも似た約束は果たされることはないのだろう。





「はいそれじゃみんなまた明日」


 はい、というわけでいつものことながら授業の描写なんて書くはずもなく放課後です。


 担任のその一言でSHRを終えるとクラス中が活気で満ちる。


 そそくさと帰り支度をするもの、友達と放課後の予定を話すもの、その反応は様々だ。


 その中で菜々は誰かと話すわけでも急いで帰るわけでもなくただ一人教室を出る。


「菜々ちょっと待っ……」


「奏斗帰ろうぜ」


「……」


「なんだよ?」


「……いやただ、だからお前はいつまで経ってもクラスメイトAなんだよ」


「なんでお前って俺にだけそんなひどいの」


「はぁ、まぁいいや。 行くぞ」





 前話と同じコテージ風の喫茶店。 入り口近くの窓際の四人掛け席。


 陽ざしが差し込むこの喫茶店の窓際の席でコーヒーを飲むのが今の俺のちょっとしたマイブームだったりする。


「で、何話してたんだよ」


 カフェオレを片手に健吾が言う。


「何が?」


 どうでもいいけどなんでカフェオレにミルク入れてミルクコーヒーにしてんの? 最初からミルクコーヒー頼めよ。


「今日、茜が丘さんとなんか話してただろ」


「ああ、昔の話をちょっとな」


「昔の話って?」


 俺は蜂蜜アイスコーヒーを一口含み記憶を掘り返しながら語りだす。


「はぁ、十年前に……」


「……あ、あの!!」


 寸前に横の通路から声を掛けられ俺と健吾の視線がそちらへ向く。


「奏斗先輩ですよね?」


 二人の視線の先には俺たちと同じ制服に身を包み髪を一つのお団子にしてまとめている女の子が一人。 緊張と少しの恐怖心が感じられる面持ちでこっちを見つめている。


「私のこと、覚えてませんか……?」


 少し怯えながらも俺から目を離さない彼女は端的に言ってすごく可愛い。 色白で目鼻立ちがはっきりしている。 その上出るところは中々に出ている。 はたしてこんな可愛い子が俺の知り合いにいただろうか。


 俺は思考をフル回転させて脳内検索をかける。


 ……検索結果 ヒット0


「いや誰!?」






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