第6話 学校帰りに幼馴染と二人で喫茶店ってやっぱりデートですかね?(※本編には関係ありません)

 菜々との協力関係が始まった日から2日後の 学校終わり。


「あの、これは一体……?」


 学校と駅とのちょうど中間にあるコテージ風の喫茶店。 西日が差し込む窓際の席。


 俺の目の前には先日俺が書いた小説の原稿、さらに机を挟んだ反対側に初夏にも関わらず制服のシャツの上になぜか薄手のカーディガンを羽織っている美少女が一人。


「見て分かんないの? 文字も読めないほど頭が悪かったのね」


 訂正しよう。 立てば芍薬座れば牡丹放つ言葉は彼岸花。 口さえ閉じれば完璧な美少女が一人。


 彼女は茜が丘菜々。 『恋を知らないあの日の君へ』の作者で俺の幼馴染だ。


「見ての通りあなたの原稿よ。 とりあえず文法等の間違いや誤字脱字、前後の文脈がおかしい点を上げたから」


 菜々の言う通り俺の原稿には赤ペンでチェックや訂正がそれはもう嫌という程入っていた。 その数は優に三桁は超えている。


「え、こんなに?」


「まぁそんなもんよ。 私の新人賞の時もこんな感じだったわ」


 菜々は去年の春頃、高校に入学してすぐ新人賞に応募し大賞を受賞した。 新人賞レベルじゃないと話題になりオリコンの文庫部門の週間ランキングトップ10にもランクインしたこともある。 それでもクオリティに差があるとはいえ菜々の新人賞の時も今の俺と同じくらいの量のチェックが入っていたと思うとまだ希望が持てる。


 菜々は先ほど頼んでいたアイスの黒蜜ミルクコーヒーを少し口に含む。 黒蜜ミルクコーヒーはコーヒーの苦さに黒蜜の優しい甘さがマッチしたまるでスイーツのようなドリンクだ。


「あなたには来年の7月30日にあるガガーレンの新人賞に応募してもらうわ」


 コーヒーをゆっくりと味わうように飲んでから菜々は言う。


「あれ? ガガーレンってお前と同じ文庫だよな?」


「……!! た、たまたまよ!! 自分の出版社の新人賞だから日付知ってて他のとこ調べるのも面倒だったからであって、別に私と同じところを受けてほしいとかじゃないんだから!!」


 言っていることが支離滅裂だとかテンプレートなツンデレだとか思うところはあったものの後が怖いから言うのはやめておいた。


「はいはい、たまたまね」


 俺の物言いに菜々は睨みを利かせる。 しかし、自分の発言と動揺が相まって顔を赤らめているせいでいつも程の迫力がない。


 それでもやっぱ怖いのでその目やめてください……。


 菜々の視線から逃れるようにして俺は豆乳オレを一口飲む。 豆乳オレはその名の通りオレのミルクの代わり豆乳を利用したものでまろやかな口当たりですっきりしていることで評判だ。


 ……でも少し苦いな。 俺はミルクの方が好きかもしれない。


「まぁいいわ。 そんなことより新人賞に向けて決めておかなければならないことがあるの」


 いつの間にか菜々はコーヒーを飲み終えて新しくアメリカンコーヒーを注文する。


 黒蜜ミルクコーヒーは甘すぎたんだな。


「この小説をベースに改善していくのかそれとも一から新しい小説を書くのかよ。 これはあなたの納得いく方を選びなさい」


 この小説ベースにするかどうかか……。 改善していけば新しく設定を一から考え直すこともないしどう直せばいいか菜々に聞くことができる。 。 一方で新しく書き始めればまた一から設定を考え直さなければならない。 でも新しく書けば今の自分の殻を破れるかもしれない。 それに菜々にばかり頼ってもいられない。 なら答えは一つだ。


「俺は新しい小説を書くよ」


 菜々はフッと笑って「そう」とだけ短く答えた。 この表情を見る限り菜々もきっと俺と同じように思っていたのだろう。


「ならあなたには今日の5月28日から三か月後の8月末までとにかく量を書いてもらうわ。 新しく書くジャンルを一つに絞って短編でもショートショートでも何でもいいから今はとにかく量を書きなさい」


「量を書くより新人賞用の原稿のストーリーを考えたほうがいいんじゃないか?」


「あんたねぇ、小説の書き方も知らないずぶの素人がいきなり新人賞の原稿を書こうなんてなめてんの?」


 菜々が言うには小説の書き方やストーリー構成をより鮮麗にするためにも今は下手に新人賞用のストーリーを考えるよりとにかく量を書いて技量を磨いたほうがいいらしい。


「いや、お前も新人賞の時はずぶの素人だっただろ」


 「あ゛ぁ゛?」


「……すいませんでした」


 あまりにドスの効いた声だったため条件反射で謝ってしまった。


 ほんとに怖すぎんだろこいつ……。


 まぁ、今回に関しては菜々の言うことが正しいから素直に謝っておこう。


「今回でしょ?」


「だからさぁ、勝手に人の心情読むのやめようぜ」


「無理よ。 奏斗をいじめるのは私の趣味だから」


 変な趣味持ってんじゃねーよ……


「やることも伝えたし今日はこの辺りでいいかしら」


「そうだな」


 そう言って俺と菜々はグラスに残っていた豆乳オレとアメリカンコーヒーを飲み干して立ち上がる。


「あぁ、それから書いた原稿は全部私に見せること。 またチェック入れるから」


 分かったと返事を返しレジに向かおうとしてふと気になったことを菜々に問いかける。


「手伝ってくれるのはうれしいけど、お前自分の小説の方大丈夫なのか?」


「……本当にあなただけには言われたくないわね」

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