#5 一難去って友達できました。




翌朝、俺は目覚めて少し落胆した。


ああ、やっぱりここは夢の世界ではなかったのだと…まだ心のどこかで眠ってしまえば、次目覚める時にはきっと元の世界に戻っている…と、期待していたのだろう。



「そんな簡単にいかないか…」



思わず不快なため息をこぼして、俺は重い体を起こしながらベッドを降りた。


軽く口を濯いで寝癖を直し、着替えて部屋を出る。


まだユーリは寝ているようだったが、朝食までは時間がある。今起こすのは気が引けたし…いや、そもそも起こす約束はしてないからいいか。


俺は悪くない。と結論を出して、旧宿舎の外に出た。



「……さみぃな」



ふぅ…と吐く息は白く、顔に当たる風は痛いほどだった。


この国の気温はどうなっているのだろう…


そもそも四季はあるのか?


昨日の日中は半袖でも過ごせるくらいの気温だったから余計に困惑する…


ひとりでそう唸っていると…



「朝早いな、君」



ふと声をかけられて振り返れば、支給された制服の上にさらに上着を着込んでいる…俺と同じ受験者らしい奴がいた。



「…おまえこそ」



名前が分からないのでとりあえず言葉を返す。



「まだ緊張してるみたいで目が冴えちゃったんだ。気分転換しに外に来たら君がいたからさ」


「…そうかよ」



よく喋る奴だなぁ…と思いながら改めて見ると、俺よりも少し背が高く、目鼻立ちもくっきりとして…


第一印象は文句なしの「爽やかイケメン」だ。




そう…第一印象……は。




「僕はテッド・ミハイル。君は?」


「……蓮炭…呴也」


「ハスミ・コウヤ…珍しい名前だな!」


「あ、いや…コウヤが名前で、ハスミは名字…ファミリーネームだ」


「なるほど…じゃあ…よろしくなコウヤ!」


「…おう」



差し出された手に思わず挙動不審になったが、この国…いや、この世界ではこれが当たり前なのだと思い出してテッドの手を握り返す。


ただの良い奴なのかもしれないな…なんて思った矢先…



ジリリリリリ!!…と、宿舎の方からベルが鳴った。



「なんだ?」


「やっば朝食の時間だ!ここの食堂は確かバイキング形式だから…早くいかないと食べるもん無くなるぞ!」


「まじかよ!?」



そんなん今初めて聞いたぞ!?


と文句を言う相手もいないので、とにかくテッドと走って食堂へ向かう。


そしてこいつの言う通り…俺たちが行く頃にはもう何人か自分の分を獲得して満足そうに食べていた。



「は、はやく俺たちも食べよう…」


「だな…走ったせいで腹減った…」



まだ混むような人数でもないため、呼吸を整えながらパンとスープは確保した。


とりあえず朝はこれで足りる。



「はぁああ…染みる」



スープを飲めば、さっきまで外で冷やされた体が奥から暖まるようで、思わずサラリーマンみたいな台詞が出た。


きっと本物のサラリーマンは麦の炭酸的なアレで同じ台詞を言うのだろうが…



「やっぱパンは焼き立てだよなぁ〜」



テッドもそんな事を言いながらもくもく食べていると、テッドの隣にパンとサラダを盛り付けた皿を置いて座ったのが1人。



「一緒に食べても?」


「あ?おう…いいけど…」



チラ、とテッドを見ると「ああ!」と思い出したように手を上げた。



「もしかして初対面?まだ会ってなかったっけ?」


「そう…だな、いま初めて会った」



_____アレ?コイツこんなテンションだっけ?



「悪い悪い、言ってなかったな…コイツは俺のペアで…」


「弟のマックスといいます。兄が世話になってるようで」


「い、いや世話も何も今朝初めて会ったばかりだし…」


「? そうなんですか?それにしては仲が良いなと遠目から思っていたんですが…」


「これから仲良くなるさ、な?」


「え?あ、あぁ…」



何だろう…この違和感…モヤモヤは……



「あーーっ!!!」



そしてそこで聞こえた声。


昨日まで散々聞いた声。


そういえばさっきから見かけてないなと思ってた声の主。



「スープ空だし…サラダはレタスだけ……もうパンもこれしか残ってないじゃない!!」



ユーリは愕然としながらパンのカスを集めている。



「…そういえば君のペアって…」


「アレだよ」



なんとも覚めた目で見れば、ちょうどこちらを向いたユーリ。



「あーっ!!コーヤ!!なんで朝起こしてくれなかったのよ!!おかげで寝坊した挙句朝ごはん食べられないじゃないの!!」


「知るか。それに昨日言ったよな?朝は起こしてやんねーぞって」


「フツーそこは起こすでしょ!!」


「理不尽だ…」


「アンタの取り分わけなさいよ!」


「残念。もう俺食べちったし」


「はぁあ!?ありえない!!」



この世界の女子も元いた学校の女子と大差ないな…なんて思っていると…



「…あの…」



マックスがそっとユーリの皿にパンを1つ置いたのだ。



「僕のでよければ…それしか残っていませんがないよりマシかと…」


「何この子天使?」


「それは異論なし」



大人しめでホワホワした性格のマックスは万人に優しかった。


そして兄のテッドは……



「君がコウヤのペアなんだよな?初めまして!僕はテッド!テッド・ミハイルだ」


「初めまして、私はユーリ・フェスタよ」


「やあー初日早々友だちが2人もできて嬉しいなぁ!」


「…正確に言えば2日目だけどな」


「細かい事気にしないでいいじゃないか!これから友だちなんだから!」



_____ああ、そうか。



「すみません…兄はいつもこの調子で…でも全部本心から言ってる事ですのでご安心を」



このモヤモヤした感じが何なのか…やっと分かった。



「そうだな、嘘は嫌いだしな〜」



_____こいつ…テッドは……





_____阿保だ。





納得した途端、俺はスーッとモヤモヤが晴れていく感覚がした。



「ところで、コウヤ達は最初の授業は何にするんた?」



_____ん?授業?



「え…まだ試験中じゃないのか?」


「あ、えっと…兄が言ってるのはおそらく仮授業のことじゃないかと…」



_____仮授業??



「それだ!!仮授業!!」


「…すまん。その仮授業ってなんだ?」


「知らないのか?」


「コーヤって何にも知らないのよねえ〜」


「おまえは黙ってパン食ってろ」


「コーヤひどい!!」


「まぁまぁお2人とも…仮授業というのは、自分がやりたい内容の授業を選んで実際に受けられるというものです。毎年講義ごとに受験者の人数も分かれるので、1つの風物詩でもありますね」


「へ、へえ…ソウナンダ…」



スラスラと話すマックスに俺は顔を引きつらせる。


そんなものがあるなんて聞いてない。


ていうか自分の受けたい授業って…そもそもどんな授業やってんだよこの学校は…


さてどうしてくれようかと思った矢先…



「もし決まってないんだったら俺と一緒に受けるか?」



_____さっき阿保って言った言葉取り消すわ。



「マジで?」


「おう!コイツは違う授業受けるっていうし、1人くらい知り合いいた方が楽だろ?」


「じゃあお言葉に甘えて…」



そこで俺はハッと隣を見る。


そういえばコイツは…?



「なあ…おまえはどうする……」


「ん〜!このミックスジュース美味しい〜!!」



_____あダメだこれ聞いてねえ。



「はあ…じゃあよろしく頼むわテッド」


「…ユーリはいいのか?」


「知らねえ」


「鬼だな」


「いつものことだ」



そこで初めてテッドとマックスの「あはは」という渇いた笑いが重なった。




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