#3 魔法が使えるようになりました。
「はぁ…はぁ……」
火傷と、驚いた際のショックで完全に気絶している男を見下ろしながら、息を整える。
“なるようになれ” と魔法を使ったものの…
(こんなに…疲れるのか…?)
肩を上下させながら呼吸を繰り返す彼の額には薄らと汗が滲んでいた。
「やったじゃなーい!!」
「うっ」
しかしそんな疲労困ぱいの彼に容赦なくタックルしてくるのはもちろん。猫耳少女。
「まさか一気に2人も倒しちゃうなんて、ちょっと見直したわよ」
「2人って…1人はさっき後ろに……あれ?」
最初に火をつけてしまった男の方を振り返ったが、肝心の男はどこにも居ない。
どうやらもう既にどこかへ行ったか…隠れたのだろう。気配も何もなかった。
「アンタの魔法に怖気付いたんなら勝ったも同然、少しは誇りに思いなさいよ!」
「あぁ…そうだな、お前も無事だったみたいだし……ん?足のとこ、血がでてる」
「え?」
下を見ると、猫耳少女の右足ふくらはぎに一本、赤い線が入っていた。
「さっき転んだ時に切ったみたいね…」
「みたいって…炎症おこしたらどうす___」
迂闊だった。
気付いた時にはもう遅い。
___思わずしゃがんだ俺は……
「イタイっ!!??」
___猫耳 “ヤロウ” の尻尾でビンタされました。
「何さらっと触ろうとしてるのよ!?」
「いや、別にそういう意味で触ろうとしたんじゃ…」
「そういう意味ってなによ!?このスケベ!!変態!!」
まるで猫の威嚇モードのように「フシャーッ」と叫んでくる彼女はどこからどう見ても、やっぱり猫なのだと再認識させられた。
しかしこのままでは拉致があかないので、半ば投げやりに次の敵を(受験者を)倒しに行こうと説得して2人は再び森を歩きだした。
*
しばらく歩くこと数分。
俺たちは、全く他の受験者に遭遇していなかった。
というのも……
「ん〜……」
俺の前で唸る1人の猫耳。
「…よしっ!こっちに行きましょう!!」
「おい待て」
悩んだ挙句に選んだ道へ行こうとするのを阻止する。
だって……
「さっき、最初の分かれ道を左に曲がったよな?」
「? ええ」
「そして次の曲がり角も左に曲がった…」
「そうよ」
「さらにその次も左…」
「そうね」
「そんでまた “左” 選んだら元の場所に戻っちまうだろーがっ!!」
「えっ!そうなの!?」
…はい。
お察しの通り、この猫耳は極度の方向音痴だったのです。
「そうならそうと早く言いなさいよ、まったく…じゃあ今度は右行けばいいのね?」
(まったく!?)
___え、何?俺が悪いの??
そんなことを心の中で叫びながら、2人は右を選んで進んでいった。
そしてようやく左右木だけの景色から解放されたと思ったら…
「……川?」
目の前に広がるのは澄んでいて綺麗な大きな川だった。
…ここ試験場だよな?とこれが現実か夢なのか分からなくなりながらも何とか意識は保った。
「何よ行き止まりじゃない。向こうに行くには回らないと無理そうね」
「みたいだな。でもその前に少し休憩しないか?俺喉渇いてたんだよ」
「…まあまだ時間はありそうだし、水分補給は大事よね。少し休みましょう」
頷いて、川に近付いて先に猫耳が手で水を掬い上げて飲む。
俺もはやく喉を潤したくて隣に並び、川に手を入れた瞬間…
「……はい?」
ザッバァン!!…と、川が割れて向こう岸までの道が出来ましたとさ。
隣を向けば口を開いて固まっている猫耳。
キリキリ…と頭を回して俺と目が合う。
「い…」
(い?)
「一体何したのよ!?また新しい魔法!?アンタ水魔法も使えたわけ!?」
「ちょっ、ちょっと待て!苦しい…!」
胸ぐらを掴まれてガクガクと揺さぶられては息もできない。
なんとか猫耳の手を剥がして酸素を肺に取り込んだ。
「どういう事!?普通弱点になる魔法は使えないはずよ?それがどうして…」
「お、俺にだってわからないよ!」
「嘘!だって今私の目の前で川割ってみせたじゃない!!」
「だからそれも無意識っつーか、やろうとしてやったんじゃないって…!」
「じゃあ誰がやったっていうのよ!?」
また言い合いに発展しそうなその時、どうやら今回は始まる前に中断されるみたいだ。
「仲間割れかい?見苦しいねぇ」
「「ああ!?/何よ!?」」
息ぴったりに叫んで振り向くと、川の反対側…さっき彼らが歩いてきた道の方から4人の受験者が現れた。
「君だろ?さっき森で大火力の炎魔法を使ったっていうのは…」
「なんでンなこと分かんだよ」
「腕に火傷を負った人がね、親切に教えてくれたよ。“猫耳女と一緒にいる奴にやられた” …ってね」
(あのヤロウ…)
最初に火を付けた男のことだろう。
逃げて他の受験者たちに言いふらしてるのか…
「近くにいたペアと同盟を組んでね、君を倒す計画をしていたんだが…正解だったみたいだね」
「マズいわね…きっと、水魔法も使えることがバレてる」
「え」
「ただでさえ厄介な炎魔法に加えて水魔法だなんて……」
そこでリーダー格らしき奴の目つきが変わった。
「困るんだよね、そういう天才ってやつは」
「!!」
次の瞬間、頬に痛みを感じて触れば一本赤い線が出来ていた。
目の前にいるリーダー格の手元をみると、小さな刃物が3つ連なって円を描いている武器を持っている。
「次はどこがいい?」
クルクルと手の上で回す武器を見ながら、単純にヤバイと思った。
他の受験者は俺たちが逃げられないように等間隔に立って逃げ道をなくしている。
前は敵、横も敵、後ろは川…
___…ん?川??
「どうした?まさか泳いで逃げようってか?」
リーダー格の言葉は頭に入ってこない。
それよりもいま俺の頭の中にはこの変な世界へ来る前の…ゲーセンで友達と話した会話の内容が流れていた。
___「はあ!?今の何だよ!!」
___「裏技だろ、ほら、右スティックと左のボタンを同時に操作して…」
ガチャガチャっと操作してみれば、画面ではさっき友達がやられた時と同じような演出が起きた。
___「そんなのあんのか!?」
___「あぁ最近追加されたMAPの新要素で、確か水と火の化学反応がどーたらこーたら…」
___「ンな細かいこといいから!それ!オレにもやり方教えろよ!」
___「わーったよ。まず右スティックを上に倒して……」
(…そうだ…)
「はっ!戦う気力なくしたか!?」
(大量の水に大火力を当てれば…ゲームの通りなら確か……)
「めんどくせえ!さっさと脱落しちまえ!!」
一向に動かない俺に痺れを切らした受験者の1人が向かってくる。
が…
「…遅ぇよ」
思い切り自分から炎を出して後ろの川に思いっきり、ありったけをぶつけた。
すると面白いことに、当たった瞬間から水が蒸発する現象が起き、一瞬にしてその場は煙に包まれた。
「え?え!?アンタ何したの!?」
「いーから!はやくこっち!!」
隣で分かりやすいくらいに騒いでいる猫耳の腕を引っ張って川と森の境目付近へと逃げ込む。
川の水が一気に蒸発したせいで走るだけで顔が水滴で濡れていくのがわかった。
しかしそんなの気にしていられないので出来るだけ煙が濃いうちに、森の中へと駆け込んだ。
しばらくして煙が晴れると…
「っ…くそ!どこ行きやがった!?」
受験者達の前に彼らは居らず、川も平然とただ目の前を流れているだけだった。
「まだ遠くに行ってないはずだ…探せ!!」
リーダー格がそう言うと、周りにいた仲間の受験者たちは慌てて森の方や川のなかを探す。
そんな光景を遠目に見ながら、呴也とユーリは木陰に身を隠していた。
「ね、ねぇ…」
「静かに、今動くと気付かれる。とりあえずアイツらがバラバラになって…できればここから居なくなるのを待とう」
「それは…全然構わないのだけど……アンタってそんなに頭良かったわけ?」
「お前は俺を何だと思ってんだよ……思い出したんだよ、昔ゲームでやった裏技のことをな」
「ゲーム?裏技??」
「ほら、水は熱されると沸騰して蒸発するだろ?その原理を使って、爆発的にその現象を引き起こさせただけだよ」
説明するが、猫耳の頭上にはハテナマークが見える気がする…。
「…あー、簡単に言えば…即席の目眩しみたいなモンだよ」
「なるほど〜!案外機転が効くのね!」
「案外は余計だ…」
ツッコミを入れつつ、さっきの受験者たちの方をみればバラけつつあるので…とりあえずは窮地を逃れられたと、ホッと一息ついた。
(…こんなのにまだ絡まれんのかなぁ…あぁ帰りてぇ…)
そんな切実な願いが叶うことはなく、俺たちはその場からこっそりと移動した。
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