4-4

「なんなんだ、まったく……」


 イズーはズキズキと痛む頭をさすりながら、幻燈とその背後に目をやった。


「ところで、除霊は成功したんだろ? なんだ、そいつらは」


 幻燈の後ろには生気のない――いや、死んでいるのだから当たり前といえば当たり前なのだが、虚ろな顔つきをした亡者が二体、ぼんやりと佇んでいた。朽ちかけた外見のせいで判別が難しいが、彼らはおそらく男性と女性だろう。年齢はそこそこいっていそうだ。


「いえね、この人たちは心残りがあるとかで、まだ霊道を通りたくないと言うんですよ」


 幻燈は口髭を撫でながら、錫杖を肩に担いだ。その拍子に錫杖から、しゃんと涼やかな音が立つ。コスプレの道具だというからちゃちなものかと思えば、幻燈の錫杖は案外しっかり作られているようだ。かなり重く、イズーも先ほど殴られたときは痛かった。それを軽々と扱っているのだから、幻燈は逞しい見た目どおり、相当な力持ちだ。


「つまり、天上に昇りたくないということか?」

「そういうことですね」


 亡者たちはくり抜かれたようにぽっかり空になった目を、イズーたちに向けている。


「……………………」


 イズーはなんだか嫌な予感がした。









 その日風吹は、十九時頃に帰ってきた。

 住み慣れた部屋だというのに、風吹は恐る恐る忍び足で廊下を進み、居間で帰りを待っていたイズーに尋ねた。


「あの……。除霊ってやつは、無事済んだのかな? 幽霊はいなくなった?」

「ああ、もう大丈夫だ」


 幻燈は謝礼を受け取り、既にこの部屋をあとにしている。台所の壁と西側の窓に貼った御札も用済みということで、撤去してあった。だから風吹から見れば、いつもどおりの我が家に戻っているはずである。


「ああ、良かった~! 今日はありがとうね、イズー!」


 風吹はようやく笑顔を取り戻した。そんな彼女の前で、イズーは表情を曇らせる。


 ――言えない……。


「なんだか空気が美味しく感じる~! やっぱり幽霊がいないからかな~! あはは!」


 そう、言えるわけがない。嬉しそうに深呼吸を繰り返す風吹のすぐ横に、おどろおどろしいオーラを放つ不気味な亡者が、二体も突っ立っているなんて。


 幻燈は言った。亡者二体には、心残りがある。

 それは――。


「風吹」


 イズーは風吹を抱き締め、優しく口づけた。


「ん……」


 軽く舌を絡ませて離れると、風吹はイズーの頬に触れた。


「今日もするの? いいけど、待って。シャワー浴びてくるから……」

「いやだ」

「もー、またそれ!? 最近のイズー、駄々っ子みたいだよ! ……んっ」


 ぶうぶう文句をこぼす風吹の唇を、イズーは再び塞ぐ。そのまま風吹の背中と後頭部に手を回して抱き抱えると、少し強引にソファへ押し倒した。


「わっ! また、ここでするの!?」


 ズレたメガネを直しながら不満気に言う風吹に、イズーは伸し掛かった。ソファが二人分の体重を受けて、ぎしっと軋む。


「なんか、変な癖、ついちゃったのかな……」


 困ったようにぼやくものの、風吹は抵抗しなかった。それをいいことに、イズーは彼女のシャツのボタンを外し、大きく左右に開く。ブラジャーの肩紐を下ろし、背中へ手を差し入れると、風吹も渋々上体を起こし、ホックを外す手助けをしてくれた。

 おおよその準備が整うと、イズーは顔を上げ、近くに控えていた亡者たちに目で合図を送る。


 ――来い。


 のろのろと動き、愚鈍に見えた亡者たちも、このときばかりは俊敏に、イズーたちに襲い掛かってきた。

 幻燈の話では、この亡者二体は夫婦で、病気かケガのせいで、まだ若い時分から性的な交渉ができなくなってしまったらしい。心残りとはつまりそのことで、「もう一度、夫婦二人で燃えるようなセックスをしてみたい。願いが叶ったならば、喜んで天に召されよう」とのことだ。

 しかし亡者たちには肉体がなく、彼らの願いを実現しようとするならば、誰かの手を借りなければならない。

 だから「イズーと風吹で亡者たちを取り込んでやって、セックスの快感を共有し、十分楽しんだら、彼らも満足して天に昇るだろう」――と、幻燈の見立てと提案は、そのようなものだった。


 ――頑張らねば……!


 最後に残ったこの亡者たちを払わなければ、真の安寧を風吹に与えたことにはならない。だからイズーは張り切った。

 亡者のうち夫はイズーに、妻は風吹に、それぞれ憑依している。イズーは視覚のチャンネルをあえてズラし、霊視を弱めた。亡者の不気味な顔がちらちら浮かんでは、勃つものも勃たなくなるからだ。


「ん……?」


 イズーに組み敷かれた風吹が、顔をしかめている。


「どうした?」

「なんか急に頭が重たくなって。なんだろ……?」

「……肩でも凝ってるんじゃないか? 終わったら、マッサージしてやろう」

「うん、ありがとう」


 イズーが適当に誤魔化すと、風吹は健気にも礼を言った。騙しているようで申し訳ない気もするが、そもそも幽霊を追い払って欲しいというのは、彼女の願いだ。ならば、協力してもらわねば。

 イズーにも夫側の幽霊が憑いているわけだが、そういえば確かに体が重くなった気がする。

 思い起こせば、元の世界では精霊に憑依されていたようなものだが、それと亡者に取り憑かれるのは勝手が全く違うようだ。精霊は生命力を与えてくれるが、亡者は逆に吸い取ろうとする。


「イズー。なんか変だよ。この間したばっかりなのに、目がギラギラしてる……」


 少し引き気味の、風吹は正しい。イズーは、いつものイズーではないのだ。

 久しぶりの官能に酔う亡者の意識が流れ込んできて、頭がぼうっとする。ヤスリにこすられているように、心臓がじりじりと痛い。鼓動も早くなった。

 風吹を犯すことしか考えられなくて、油断をすればよだれでも垂らしそうだ。

 自分の獣じみた顔を見られるのが嫌で、イズーは風吹をうつ伏せにひっくり返すと、彼女によく似合っているグレーのタイトスカートを捲り上げた。

 今すぐ突っ込んでやりたい。衝動が亡者の分も流れ込んできて、いつもの倍以上興奮している。なんとか堪えて、風吹の準備を整えた。それからイズーは履いていたハーフパンツのポケットから避妊具を取り出し、袋を噛んで破った。

 イズーは自分に憑いている亡者の不満を感じ取った。そりゃあ直に挿入したほうが気持ちはいいだろうが、しかしこれは絶対に譲れない。きちんとしなければ、風吹に嫌われてしまうのだから……。


「風吹。ちゃんとつけたから……」


 そう断りを入れると、風吹の体からふっと力が抜けた。





 風吹を抱いている快感を別の誰かと共有しているなんて、興ざめなので、イズーは心を無にするよう努めた。

 女を後ろから突く、動物のような交わり。衣服も下着も脱がさず繋がって、怒られるかと思ったが、意外にも風吹は悦んでいるようだ。

 人の性癖には、SとMの二種類があるという。風吹は間違いなく前者だろうと思っていたのだが、何度か彼女と体を重ねるうちに、イズーはそう単純なものではないのだと考えを改めた。

 風吹はいわゆるスイッチヒッターで、その場の雰囲気や相手によって、攻め手にもなれるし、受け手にもなれるのだ。気持ちが良くて、楽しめれば、どちらでもいいのだろう。

 とんでもない淫乱に聞こえるかもしれないが、器用で賢くなければそのようには振る舞えない。少なくともイズーは、そんな風吹に敬意すら抱いている。役者の違いを感じるのだ。


 ――でも今日はもしかしたら、勝てるかもしれない。


 もっともっと、鳴かせてやりたい。しかし優位に立ち、支配したいというその想いが、イズーの心に奢りを生んだ。


「やっ、そこは……! いやっ、やめて!」

「ふっふっふっ、体は正直だぞ?」


 イズーはニヤニヤ笑いつつ、各所で使い古された台詞を吐いた。ノリノリである。

 行為の最中に女が言う「イヤ」は、本当は嫌ではない。「もっとして」と同意だ。


 ――ネットには、そう書いてあった……!


「んっ」


 風吹は両手両足をついた格好のまま、自ら尻をイズーに押しつけ、前後に動き出した。


「えっ……!?」


 イズーの余裕は、瞬時に吹っ飛んだ。自分で動けば刺激を予想できるし、やり過ごすこともできる。しかし相手の好きなように動かれてしまえば、堪えきれない。

 立場は、あっという間に逆転してしまった。


「よ、よせ、ふぶき……っ! あ、あああっ!」


 必死の懇願を、今度は風吹が無視する番だった――。





 一段落着いたところで、風吹はイズーから離れた。そしてボロボロに破かれたストッキングと、体液を吸って重くなったショーツを脱ぎ、スカートの裾を整える。ブラジャーをつけ直し、最後にシャツのボタンを留めるが、その間イズーにできたのは、避妊具を外すことくらいだった。


「……さて。覚悟はいいかな、イズー」

「えっ……?」


 風吹はシャツの腕をまくりながら、イズーに向き直った。

 そういえばことを終えたのに、イズーと風吹に憑いた幽霊は、一向に離れようとしない。――なぜだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る