3-3
その日、風吹が帰ってきたのは、二十二時を回った頃だった。
「はい、おみやげ! 今日は急にごめんね」
コンビニのレジ袋を突き出し、風吹は陽気に笑っている。どうやらお酒を、少々お召しになってきたらしい。
土産はイズーのお気に入りのイチゴアイスだった。イズーはそれを大切に冷凍庫にしまってから、ついでに麦茶を取り出した。
「ありがとう。喉、乾いてたんだ」
スーツ姿のまま風吹は居間のソファに座ると、イズーがコップに入れてくれた麦茶を美味しそうに飲んだ。
「イズー、ちゃんとご飯食べた? 今日はなにしてたの?」
風吹は微笑みながら、矢継ぎ早に、まるで母親のようなことを聞いてくる。
「まあ、ダラダラと……。風吹が夕飯いらないと言うから、やることもないし……。テレビを見たり、SNSにスレッドを立てて書き込んだり、返答つけたり……」
こうして口にしてみると、本当になにひとつ生産性のあることをしていない。報告しながら、イズーは自分が嫌になった。
ああ、だがしかし、今日はいいことがあったではないか。イズーは誇らしげにつけ加えた。
「あと、俺、幽霊が見えるようになったぞ!」
「……え!?」
風吹はぽろっとコップを落とした。
「あ、おい。危ないぞ」
イズーは床にしゃがむと、風吹の膝の上に転がったコップを拾い上げた。幸いなことにもう飲み終わっていたらしく、中身は溢れていない。イズーがとりあえずコップを近くのテーブルに置くと、もう片方の手を風吹に握られた。
「あのっ……。幽霊って、冗談だよね……?」
「ん?」
イズーは反射的に、居間と台所の境目を振り返った。昼間、亡者たちが並んでいた場所だ。彼らは常にいるわけではないらしいが、タイミング良くというべきか、今も紳士と老婆の姿をした二体が、青白い顔をこちらに向けている。
「いや、本当の話だ。ほら、そこにいるぞ。おっさんとばーさん」
イズーが見たままを伝えると、風吹は大きな悲鳴を上げ、彼に抱きついた。
「ギャアアアアアアアアアア! 『あの話』本当だったの!? 嫌アアアアア! 無理! 幽霊とか無理だよーーーーーー!」
「お、おい……」
泣き叫ぶ風吹の、ボリュームのある胸を顔に押しつけられて、イズーはしばし恍惚の時を過ごした。が、そのうち彼女の服や髪から嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきて、真顔に戻る。
どこぞの店の匂い、料理の匂い、アルコールの匂い、煙草の匂い……。さぞや楽しく飲み食いしてきたのだろう。それは別にいい。結構なことだ。
気になるのは、ただひとつ。
――誰か、別の男と一緒だったんじゃないのか。
「風吹」
イズーは風吹から離れると、恐怖に震えている彼女に口づけた。
「ん……」
風吹は素直に応じてくれる。イズーは風吹の両膝を掴むとソファに引き上げ、彼女の体が座面に横たわるよう押し倒した。
「あ……。ごめんね、騒いで……」
伸し掛かってくるイズーを見上げながら、風吹はそっと目を逸らした。幽霊話に取り乱した自分が、恥ずかしくなったらしい。
「あの……。したくなっちゃった?」
「ああ」
「じゃあ、シャワー浴びてくるから……。寝室で待ってて」
「いやだ。待てない」
イズーは風吹の着ている真っ白なシャツのボタンを外しながら、首筋にキスを落とした。しかし風吹はイズーの胸を押し、遠慮がちに抵抗する。
「あの、私、汗かいてるし、汚いから……。お願いだから、シャワー浴びさせて」
疑念に取り憑かれたイズーからすれば、風吹のその要求は、なにかを隠すか、誤魔化そうとしているようにしか思えない。
イズーは風吹の夏物のタイトスカートの裾に手を突っ込み、ストッキングを下ろした。この長めの靴下はちょっとしたことでも破れてしまうから、慎重に扱わないといけない。するすると丁寧に脱がせてしまうと、スカートを捲り上げ、下着の上から縦の割れ目をこすった。風吹は足を閉じようとするが、イズーは彼女の膝を割って、大股開きの、もっといやらしい格好にしてしまう。
「や、やだよ……。ねえ、イズー、やめて」
イズーは、逃れようと藻掻く風吹の上に乗ると、瑞々しく光る唇に口づけた。
同じ生き物のはずなのに、どうして風吹の全ては、甘く美味しく感じるのだろう。舌も唾液も甘露のようだ。途中で止まっていた風吹のシャツのボタンを全て外してしまうと、爽やかな水色のブラジャーが現れた。ショーツとお揃いのデザインの、そのカップをずり下げて、胸を掴み、揉む。
「ん……」
風吹の口から、少し媚びを含んだ吐息が漏れる。しかし足が開かれようとうする段になって、彼女は頑なに拒み始めた。
「やだ……! ねえ、お願いだから、シャワー浴びさせて……!」
今日は風吹の言うことを聞く気はない。イズーはほとんど力づくで、風吹の細く長い足を開いた。
なるほど、言われてみれば確かに、今日の風吹は匂いも味も濃いかもしれない。だがそのせいで、イズーは余計に昂ぶってしまう。
やはり自分は犬なのだと、自虐的な気分になる。飼い主の匂いに、たまらなく興奮している……。
――そうだ、俺は犬だ。だから、舌と鼻で探せ。
ほかの男を、迎え入れた形跡はないか――。
『魔導師さんの彼女さんって、すごく素晴らしい女性だと思いますけど』
『お互い後腐れなく、今を楽しめばいいんですよ』
そう言ったのは、「悪魔」だったか。
SNSの仲間たちの書き込みが、瞼の裏に蘇る。
――あいつらは本気でそう思っているのか。
後腐れのない。責任もない。お互いになんの影響も与えない関係。
それはつまり、相手に干渉する権利もないということだ。
――風吹が別の男といても、愛し合っても、止めることができない。
そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。
風吹は自分だけのものだ。
「ま、待って、イズー。ゴム、ちゃんとつけて……」
「……………………」
イズーは風吹の懇願を無視した。
風吹は天井を眺め、ぐったりとソファの上に横たわっている。しかし彼女は、頭の中で冷静に暦をめくっていた。
あと二、三日で生理がくるはずだから、恐らく妊娠する可能性は低いだろう。あとは病気の心配だが、今まで何度か体を重ねてきた中で、イズーにそういった兆候はなかったように思う。だいたい童貞だったというし、変な病気をうつされる心配はないのではないか。
――まあ、大丈夫かな……。
心配ごとが去れば、あとは怒りしか残らない。
「イズー、こういうのは、もう絶対にやめて! 私がやだって言ってるのにこんなこと――。避妊してくれないなら、君とはもうしないからね!」
「……すまん」
うなだれるイズーを見詰める、風吹の目は冷たい。
――中に出すつもりはなかったのだが……。
膣外射精を狙うなんて、まだセックスのレベルが1ほどの魔法使いには、難易度が高すぎたのだ。
――軽蔑された。
愛する人の自分への憤りをひしひしと感じ、イズーは大きな体を丸めた。顔を上げることもできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます