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 その日、風吹が帰ってきたのは、二十二時を回った頃だった。


「はい、おみやげ! 今日は急にごめんね」


 コンビニのレジ袋を突き出し、風吹は陽気に笑っている。どうやらお酒を、少々お召しになってきたらしい。

 土産はイズーのお気に入りのイチゴアイスだった。イズーはそれを大切に冷凍庫にしまってから、ついでに麦茶を取り出した。


「ありがとう。喉、乾いてたんだ」


 スーツ姿のまま風吹は居間のソファに座ると、イズーがコップに入れてくれた麦茶を美味しそうに飲んだ。


「イズー、ちゃんとご飯食べた? 今日はなにしてたの?」


 風吹は微笑みながら、矢継ぎ早に、まるで母親のようなことを聞いてくる。


「まあ、ダラダラと……。風吹が夕飯いらないと言うから、やることもないし……。テレビを見たり、SNSにスレッドを立てて書き込んだり、返答つけたり……」


 こうして口にしてみると、本当になにひとつ生産性のあることをしていない。報告しながら、イズーは自分が嫌になった。

 ああ、だがしかし、今日はいいことがあったではないか。イズーは誇らしげにつけ加えた。


「あと、俺、幽霊が見えるようになったぞ!」

「……え!?」


 風吹はぽろっとコップを落とした。


「あ、おい。危ないぞ」


 イズーは床にしゃがむと、風吹の膝の上に転がったコップを拾い上げた。幸いなことにもう飲み終わっていたらしく、中身は溢れていない。イズーがとりあえずコップを近くのテーブルに置くと、もう片方の手を風吹に握られた。


「あのっ……。幽霊って、冗談だよね……?」

「ん?」


 イズーは反射的に、居間と台所の境目を振り返った。昼間、亡者たちが並んでいた場所だ。彼らは常にいるわけではないらしいが、タイミング良くというべきか、今も紳士と老婆の姿をした二体が、青白い顔をこちらに向けている。


「いや、本当の話だ。ほら、そこにいるぞ。おっさんとばーさん」


 イズーが見たままを伝えると、風吹は大きな悲鳴を上げ、彼に抱きついた。


「ギャアアアアアアアアアア! 『あの話』本当だったの!? 嫌アアアアア! 無理! 幽霊とか無理だよーーーーーー!」

「お、おい……」


 泣き叫ぶ風吹の、ボリュームのある胸を顔に押しつけられて、イズーはしばし恍惚の時を過ごした。が、そのうち彼女の服や髪から嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきて、真顔に戻る。

 どこぞの店の匂い、料理の匂い、アルコールの匂い、煙草の匂い……。さぞや楽しく飲み食いしてきたのだろう。それは別にいい。結構なことだ。

 気になるのは、ただひとつ。


 ――誰か、別の男と一緒だったんじゃないのか。


「風吹」


 イズーは風吹から離れると、恐怖に震えている彼女に口づけた。


「ん……」


 風吹は素直に応じてくれる。イズーは風吹の両膝を掴むとソファに引き上げ、彼女の体が座面に横たわるよう押し倒した。


「あ……。ごめんね、騒いで……」


 伸し掛かってくるイズーを見上げながら、風吹はそっと目を逸らした。幽霊話に取り乱した自分が、恥ずかしくなったらしい。


「あの……。したくなっちゃった?」

「ああ」

「じゃあ、シャワー浴びてくるから……。寝室で待ってて」

「いやだ。待てない」


 イズーは風吹の着ている真っ白なシャツのボタンを外しながら、首筋にキスを落とした。しかし風吹はイズーの胸を押し、遠慮がちに抵抗する。


「あの、私、汗かいてるし、汚いから……。お願いだから、シャワー浴びさせて」


 疑念に取り憑かれたイズーからすれば、風吹のその要求は、なにかを隠すか、誤魔化そうとしているようにしか思えない。

 イズーは風吹の夏物のタイトスカートの裾に手を突っ込み、ストッキングを下ろした。この長めの靴下はちょっとしたことでも破れてしまうから、慎重に扱わないといけない。するすると丁寧に脱がせてしまうと、スカートを捲り上げ、下着の上から縦の割れ目をこすった。風吹は足を閉じようとするが、イズーは彼女の膝を割って、大股開きの、もっといやらしい格好にしてしまう。


「や、やだよ……。ねえ、イズー、やめて」


 イズーは、逃れようと藻掻く風吹の上に乗ると、瑞々しく光る唇に口づけた。

 同じ生き物のはずなのに、どうして風吹の全ては、甘く美味しく感じるのだろう。舌も唾液も甘露のようだ。途中で止まっていた風吹のシャツのボタンを全て外してしまうと、爽やかな水色のブラジャーが現れた。ショーツとお揃いのデザインの、そのカップをずり下げて、胸を掴み、揉む。


「ん……」


 風吹の口から、少し媚びを含んだ吐息が漏れる。しかし足が開かれようとうする段になって、彼女は頑なに拒み始めた。


「やだ……! ねえ、お願いだから、シャワー浴びさせて……!」


 今日は風吹の言うことを聞く気はない。イズーはほとんど力づくで、風吹の細く長い足を開いた。

 なるほど、言われてみれば確かに、今日の風吹は匂いも味も濃いかもしれない。だがそのせいで、イズーは余計に昂ぶってしまう。

 やはり自分は犬なのだと、自虐的な気分になる。飼い主の匂いに、たまらなく興奮している……。


 ――そうだ、俺は犬だ。だから、舌と鼻で探せ。


 ほかの男を、迎え入れた形跡はないか――。


『魔導師さんの彼女さんって、すごく素晴らしい女性だと思いますけど』

『お互い後腐れなく、今を楽しめばいいんですよ』


 そう言ったのは、「悪魔」だったか。

 SNSの仲間たちの書き込みが、瞼の裏に蘇る。


 ――あいつらは本気でそう思っているのか。


 後腐れのない。責任もない。お互いになんの影響も与えない関係。

 それはつまり、相手に干渉する権利もないということだ。


 ――風吹が別の男といても、愛し合っても、止めることができない。


 そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。

 風吹は自分だけのものだ。


「ま、待って、イズー。ゴム、ちゃんとつけて……」

「……………………」


 イズーは風吹の懇願を無視した。









 風吹は天井を眺め、ぐったりとソファの上に横たわっている。しかし彼女は、頭の中で冷静に暦をめくっていた。

 あと二、三日で生理がくるはずだから、恐らく妊娠する可能性は低いだろう。あとは病気の心配だが、今まで何度か体を重ねてきた中で、イズーにそういった兆候はなかったように思う。だいたい童貞だったというし、変な病気をうつされる心配はないのではないか。


 ――まあ、大丈夫かな……。


 心配ごとが去れば、あとは怒りしか残らない。


「イズー、こういうのは、もう絶対にやめて! 私がやだって言ってるのにこんなこと――。避妊してくれないなら、君とはもうしないからね!」

「……すまん」


 うなだれるイズーを見詰める、風吹の目は冷たい。


 ――中に出すつもりはなかったのだが……。


 膣外射精を狙うなんて、まだセックスのレベルが1ほどの魔法使いには、難易度が高すぎたのだ。

 ――軽蔑された。

 愛する人の自分への憤りをひしひしと感じ、イズーは大きな体を丸めた。顔を上げることもできなかった。




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