マンティス-3

 ミリエラの表情は真剣であり冗談を言っているような雰囲気は皆無である。

 普通なら一気にランクを駆け上がれるのだから歓迎するべき提案なのだが――ブレイドは普通ではなかった。


「ダ、ダメですよ!」

「なぜだ? 冒険者になって異名を得たいのだろう?」

「異名は欲しいですけど、それは一歩ずつ功績を積み上げて認められて、ようやく手にするからこそ感慨深いものが出てくるんじゃないですか!」

「一歩ずつって、ブレイド。お前の一歩は階段を一気飛ばしに駆け上がるような一歩だったじゃないか」


 魔族の討伐。

 ブレイド以外は知らないがその魔族は上級魔族である。

 ミリエラが言う通り、ブレイドの功績は階段の一番下から頂上に一気飛ばしで駆け上がれる一歩なのだが、それでもブレイドはSランクへの昇格を拒んでいた。


「そ、それじゃあ面白くないじゃないですか!」

「面白いも何も、冒険者に面白さなんてないだろう」

「ありますよ! 俺は冒険者になって等級を……いや、ランクを一つずつ上げていきたいんです!」


 ブレイドがSランクへの昇格を拒んでいると、考え込んでいたミアサがゆっくりと口を開いた。


「……ブレイド様がそこまで言うなら、新人冒険者と同じでFランクから始めましょう」

「やった!」

「ですがミアサ、ブレイドの実力は一線を画している。何かあった時の助力を乞うには――」

「はい。そこで、ブレイド様には隠れSランクとして、Fランク冒険者から活動していただきたいのです」

「「……隠れSランク?」」


 ブレイドだけではなくミリエラも首を傾げており、リアナや他の冒険者も同様だ。

 発言の真意をミアサが説明する。


「ブレイド様の言っていることも分かります。私も冒険者になった頃は憧れを持って活動していましたから」

「まあ、それは私も分かるよ。だが、隠れSランクというのは?」

「はい。ブレイド様は新人冒険者として普通の活動してくれて構いません。ですが、もし強制依頼などの都市や国からの依頼があった時にはこちらから指名依頼をさせていただきたいのです」

「……なるほど。本来ならその権利すら持たないFランクだが、ブレイドに限ってはギルド側から内密に指名依頼をさせてほしい、ということだな」

「その通り。ミリエラさんが言っていることも分かるのです。異名持ち五人が集まっても敵わなかった魔族を倒すことができる実力を遊ばせておくというのはあまりにももったいないですからね」


 ミアサとミリエラが隠れSランクについて理解を示したところで、全員の視線がブレイドに集まった。

 隠れSランクというのはあくまでも提案であり、それを受け入れるかどうかはブレイド次第である。


「もちろんブレイド様にはそれ相応のお礼を差し上げます。隠れSランクというのは、言い方を変えてしまうと危険な依頼の時だけ手を貸してください、と言っているようなものです。それ以外の時には表立って贔屓をすることもできないわけですし」


 ミリエラなど正真正銘のSランクであれば指名依頼は同じなのだがギルドから魔族や魔窟の情報を優先的に得ることもできれば、ギルド以外でも各お店から新作装備を使ってほしいと提供されることも多い。

 一方の隠れSランクは情報を優先的に得ることもできなければ、各お店から装備を提供されることもない。ギルドの都合に合わせて指名依頼をすることができる、いわば便利屋のようなものなのだ。


「お兄ちゃん……」


 心配そうにブレイドを見つめていたリアナだったが、内心ではその答えがどうなるか予想していた。


「それで構いませんよ」

「……はぁ、やっぱり」


 ブレイドは一切迷うことなくリアナの提案を受け入れた。

 少しは迷うだろうと思っていたこともあり、提案をしたリアナの方が困惑してしまう始末だ。


「あの、えっ、いいのですか?」

「はい。先ほども言いましたけどお金には困ってませんし、俺は冒険者生活を堪能したいんです。Fランクからコツコツ上を目指すのもそうですけど、何かあった時に頼られるっていうのも冒険者の醍醐味じゃないですか」

「マジかよ。俺だったら絶対に嫌だけどな」


 明らかに嫌そうな表情でアドゥニスが声を漏らしている。


「でも、アドゥニスさんだって今回の依頼は受けていたじゃないですか」

「俺の場合は報酬がよかったのと、デュアルホーンを倒さないとマンティスでの生活ができなくなるからな」

「それでも頼られるのって嬉しくないですか?」

「まあ……まあ、そうだな」


 ブレイドの詰め寄られたことで、アドゥニスは視線を逸らせて頭を掻きながら同意を示した。


「俺も同じです。それに皆さんも依頼を一つずつこなして今のランクまで上がってきているじゃないですか。今の立場が違うだけで、目指すところは同じなんですよ。それに……」


 そこまで口にしたブレイドの視線の先にいたのは――リアナである。


「俺を追い掛けてここまで来てくれたリアナを置いて行くわけにはいきません。俺はリアナと一緒に、自分たちのペースでランクを上げていきます」

「……お兄ちゃん」

「……そうですね、失礼いたしました。では、ブレイド様とリアナ様の冒険者登録を行いましょう。今回はブレイド様に隠れSランクを与えるので、私がそのまま手続きを行いますね」

「分かりました。それとですね、ミアサさん」

「どうしましたか?」

「俺のことは普通に呼んでくれませんか? その、様付けは嫌なんで」

「あっ! わ、私もです!」


 ブレイドのことを様付けで呼んでいた手前、リアナのことも同じように呼んでいたミアサだったが、二人からそう言われたことで笑みを絶やすことなく頷いた。


「分かりました。では、ブレイドさんとリアナさんの冒険者登録を行いますので、奥の部屋までお願いします」


 ミリエラたちと別れた二人は、ミアサに促されて奥の部屋へと移動した。

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