マンティス-1
マンティスに近づいていくと逃げていた人たちが集まりだしており、魔族を討ち倒したブレイド――ではなく、ミリエラたち五人の冒険者を称える声が響き渡った。
それを否定する人はおらず、五人は苦笑しながら手を振り返している。
これには理由があり、ブレイドは目立ちたくないからと手柄を五人に譲ってしまったのだ。
もちろん全員が断ったのだが、ブレイドも頑として聞く耳を持たず今に至っている。
そうして検問の前に到着したブレイドたちは、ミリエラを先頭に何かやり取りをするとすんなりと中に入ることができた。
ブレイドとリアナは顔を見合わせていたのだが、ミリエラがその謎を教えてくれた。
「簡単なことですよ。二人が私の知り合いで、私に憧れて冒険者になりに来たと言ったんです」
「……お前、そんなことを言ったのか?」
呆れ声を漏らしたのはアドゥニスである。
「これでもマンティスでは上位の冒険者ですからね。衛兵にも顔と名前は知られていますし、これくらい言っておけば簡単に通してもらえるんです」
「ありがとうございます! リアナ、これで俺も冒険者になれるぞ!」
「こんな規格外の新人もおかしな話だけどね」
「規格外、ですか……それもそうですね」
リアナの発言に腕組みをして考え始めたミリエラは、次にこのような提案してきた。
「私たちも冒険者ギルドへ報告しなければならなかったし、このまま一緒に向かうのはどうだろうか」
「うーん、そうしたいんですが宿屋から確保したいんですよね」
「それなら安心して。私の実家が宿屋だからそこに泊めてあげるから」
「えっ! ミリエラさんの実家って宿屋なんですか?」
嬉しそうな声を上げたのはリアナだ。
苦労してマンティスまでやってきたのにふかふかのベッドで寝られないとなれば、リアナからすると発狂ものである。
「それと、助けてもらったお礼でもあるからお代もいらないからね」
「それはダメです! ハイポーションの時もそうですけど、押し売りみたいになっちゃいますし」
「これは正当なお礼よ。助けてもらってハイ終わり。では私の気持ちが落ち着かないもの」
「それがいい! そこに俺たちが美味い材料を届けてやるよ!」
「だったら私は美味しいお酒でも持ってきましょうかしら」
「ヴァニラさん、彼らは子供だぞ?」
「子供が飲める絶品ジュースですね」
ミリエラの提案に乗ってきたのはアドゥニスたちだった。
ヴァニラだけ自分が楽しもうとお酒というフレーズを出してきたのだが、しっかりヒューズとグレイズに注意されていた。
「みんなも楽しむんでしょう? だったら必要よねぇ」
注意されたものの、ヴァニラは懲りずに持ってくる気満々である。
注意した二人は溜息をつき、その様子を見たブレイドとリアナは苦笑する。
「分かりました。ミリエラさん、お世話になります。それと皆さんも、今日の討伐を労う意味も込めて全員で楽しみましょう」
「さすがはブレイド君だわぁ。どうかしら、今夜は二人で抜け出さない? なんだったら宿屋で二人きりなんてのも――」
ブレイドの首に腕を絡めて豊満な胸を押し付けてくるヴァニラ。
顔を真っ赤にしてどうしたらいいのか分からなくなっていたブレイドに対して、リアナが二人の間に割って入ってきた。
「ダ、ダメですよ! ヴァニラさんは何を言っているんですか!」
「うふふ、若い優秀な人の子孫を得ようとするのは女の務めだと思わない?」
「お、思いませんよ! とにかく、子供のお兄ちゃんを誘惑するのは止めてください! お兄ちゃんも振りほどきなさいよ!」
「いや、あの、えっと、その……ごめん」
自分でも不甲斐ないと思っていたブレイドは素直にリアナに謝っていた。
ヴァニラに対してはアドゥニスがガツンと言っていたのだが、当の本人は全くどこ吹く風といった感じで魅惑的に笑んでいた。
「ヴァニラ、いい加減にしておきなさい」
「ミリエラさんもそんなことを言うのかしらぁ?」
「実家の宿屋で変なことをされては敵わんからな」
「だったら、夜は抜け出して私の自宅にでも──」
「ヴァーニーラーさーん?」
懲りずに誘ってこようとするヴァニラを睨み付けながら詰め寄るリアナ。
ブレイドは困惑顔で二人から距離を取りミリエラに声を掛けた。
「あの、本当にありがとうございます」
「助けられたのは私たちなんだがな。まあ、まずは冒険者ギルドだったな」
「宿屋の件も、冒険者ギルドの件もです」
「気にしないでくれ。先ほども言ったが、これはお礼なのだからな」
ミリエラとの会話では自然な笑みを浮かべることができたブレイドだったが、冒険者ギルドではその笑顔が今日一番の困惑に染まることになるとは夢にも思っていなかった。
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