マンティスへ

 カルディフからマンティスへは、普通に歩くと大人の足でも丸一日は掛かってしまう。

 二人では再び野宿の危険性があるので、夕方には到着できる距離までブレイドがリアナを背負って走ることになった。

 ただ、全力疾走では首がもげてしまうとリアナが嫌がったこともあり、馬よりも少し早い程度の速度で走っている。

 それも異常なことなのだが、カルディフが辺境の村だったからか周囲には人もおらず悠々と走り抜けていく。


「ねえ、お兄ちゃん」

「なんだー?」

「お兄ちゃんが異界の英雄なら、何かをするために能力が開花したってことなのかな?」


 ただ背中に揺られているのも暇だったリアナが声を掛けると、ブレイドも風景を眺めていただけなので話の乗っかることにした。


「どうだろう……父さんには自由に生きろって言われたけどな」

「あっ! それは私も言われたよ! だからお兄ちゃんについてきてるんだけどね」


 ロイドからは他にも言われたことがある。


『――異界の英雄が現れた年には、厄災が訪れる』


 リアナに心配をさせたくないとブレイドはあえてそのことに触れることはなかった。

 もし何かあればブレイドがなんとかするべきだと考えて。


「そういえば、冒険者になる前に魔窟を封印しちゃったけど報酬って出るのかな?」

「うーん、どうだろうな。むしろ言わない方が無駄ないざこざから逃げられると思うから隠しておこうかなって」

「あー……うん、それもそうだね」


 今回の国家騎士とのいざこざを思い出したリアナはそれもありかと納得した。

 エリーザやダルリアンが国のために真っ当に働く国家騎士だったからこそ大きな問題にはならなかったが、それは国という縛りも大きく関係していただろう。

 冒険者とのいざこざとなれば縛りはなく、自分の得のために行動するものがほとんどだろうと考えれば、言わないという選択肢も理解できた。


「でもそれじゃあ、お兄ちゃんの剣もアイテムボックスに入れていた方がいいんじゃないの?」

「えっ! 七星宝剣をか!」

「だって、それも神の遺物アーティファクトなんでしょう?」

「まあ、そうだけど」

「ダルリアンさんも私と一緒で分からないみたいだけど、それでもとてもいい剣だってことは分かったんだから、新人冒険者がそんなものを持ってたらいざこざの種になるんじゃない?」

「……お、おっしゃるとおりだけど」

「お金に困ってるわけじゃないんだから、それはアイテムボックスに入れておいて、マンティスに着いたら新人冒険者向けの剣を買っておこうよ」

「……でも」

「お兄ちゃん? いざこざは嫌なんでしょう?」

「……」

「……お兄ちゃああああん?」

「…………はい」


 無言を貫くこともできず、ブレイドは渋々七星宝剣をアイテムボックスに入れることにした。


「腰に差していたせいでカルディフでも問題になったんだから少しは考えてよね。だいたいお兄ちゃんは考えなしに行動し過ぎるのよ、今回だって――」


 そんな小言を耳元で言われながら、ブレイドは粛々とマンティス目指して走るのだった。


 ※※※※


 しばらく走っていたブレイドは、遠くに人影を見つけたこともあり走るのを止めてリアナを下ろすと二人で歩き始める。

 途中までは荒れた道で雑草も茂っていたのだが、気づけば整備された街道に出ていた。

 ブレイドが見つけた人影以外にもさらに先には多くの人々が行き交っている。


「しばらくは普通に歩きだな」

「ここまで来れたら大満足だよ。普通は来れないものねー」

「うーん、等級の高い冒険者だったら同じようなことができそうだけどなぁ」

「お兄ちゃんみたいな? そんな人がいるなんて聞いたことないわよ?」


 ブレイドは腕を組み首を傾げて考えながら歩いていたものの、転生した身としては本来のブレイドの知識にないことまで分かるはずもない。

 MSOでは似たようなプレイヤーは多くいたのだが、その知識が当てはまるのかも定かではないのだ。

 結局、行ってこの目で確かめるしかないと思い直し考えるのを止めた。


「ようやく冒険者になれるんだなあ! 楽しみだなあ!」

「ここに来るまでにやってたことと同じことをするんでしょう?」

「違うよ! もっとたくさんの冒険が俺のことを待ってるはずなんだー! むふふー!」

「……うわー、お兄ちゃんが気持ち悪くなっちゃったよ」


 若干引き気味のリアナを気にすることなく、ブレイドは目の前に街並みを広げるマンティスに思いを馳せるのだった。


 ※※※※


 しかし、マンティスに入るためには一つの試練が待っていた。

 検問を行っている東西南北の門には長蛇の列が出来上がっており、二人は南門の最後尾に並んでいた。


「……こ、これ、いつになったら門に到着するんだよ」

「まあまあ、王都とかになったらこれの比じゃないみたいだし我慢しましょうよ」

「だってよぉ、早いところ冒険者になってバンバン依頼をこなしたいじゃんかよぉ」

「子供か!」


 プイッと顔を逸らされたことでブレイドは再び肩を落としてゆっくりと進む列に並び続ける。

 すると、突然地面が小刻みに揺れたと思った直後――ドンッ! と大きな揺れが発生した。


「きゃあ!」

「な、なんだ、何事だ!」


 列に並んでいた人たちから悲鳴や叫び声が響いてくる。

 ブレイドとリアナはすぐに周囲へ視線を向ける。すると、東の方から大きな砂煙がこちらに迫ってきているのが見えた。


「……あー、あれって、魔族じゃないか?」

「えっ! でも、ここはマンティスの近くで普通は魔族が現れるような場所じゃないわよ?」


 周りの人たちも砂煙の存在に気づいたのか、先ほどまで聞こえていた悲鳴は叫び声がより大きくなる。


「やっぱりあの噂は本当だったんだ!」

「魔族がこの近くに巣を作ったんだ!」

「……魔族が、巣?」


 MSOでも聞いたことのない発言を耳にして、ブレイドは何か普通ではないことが起きていると直感した。

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