魔窟-4

 魔族が全く出てこない中、ブレイドは最深部の手前で足を止めた。

 突然立ち止まったブレイドに首を傾げたリアナだったが、通路の先に視線を向けた直後から汗が一気に溢れ出した。


「……お、お兄ちゃん、これって?」

「うーん、結構ヤバめの奴っぽいなぁ」

「そ、そんな簡単に言っていいの?」


 口調は全く変わっていないブレイドだったが、内心ではどうしようかと考えていた。

 ブレイド一人ならなんとかなるだろうな、ここにはリアナがいる。

 最深部の魔族以外に魔族が存在しないことは気配察知で確認済み。この場に残しておくことも可能だか、それには一つ心配がある。


「リアナ、ここで残っていられるか?」

「む、無理だよ! こんなところで一人にしないでよ!」

「だよなー」


 今のリアナは最深部の魔族の魔素に当てられている。二階層までで慣れさせていた魔窟の雰囲気すら上書きされてしまった。

 置いていけば心が壊れてしまう可能性もある。


「だけど、リアナがいると結構危険かもしれないんだよなぁ」

「……それって、私が足手まといってこと?」

「はっきり言えばそうだな。ちゃんと特訓ができたらよかったんだけど、今のままだと危な過ぎる」


 ブレイドははっきりと口にした。

 命のやり取りをするのだから嘘偽りが一番危険だと判断したのだ。


「でも、ここに一人は……」

「……分かった、一緒に行こう」

「……いいの?」

「ただし! 結界魔法の中から絶対に出ないでくれよ」

「……結界魔法?」


 天才魔法師と言われたリアナでも聞いたことのない魔法を耳にして困惑顔を浮かべる。


「物理、魔法攻撃を遮断してくれるから、そこから出なければ安全だろう」

「ちょっと待った! た、淡々と話してるけど結界魔法も普通じゃないからね?」

「そうなのか? ……まあ、これで安全になるんだからいいだろう?」

「……もういいよ、それで」


 ブレイドの規格外にやや呆れながらもリアナは溜息混じりに呟いた。

 そんなブレイドの態度のおかげだろうか、リアナの緊張は解れていつもの調子を取り戻している。


「……よし、行こう」


 合図に頷いたリアナとともに、ブレイドは最深部へ足を踏み入れた。


 ※※※※


「──へぇー、あんたがエボルカリウスを倒した人族ね」


 そう呟いた魔族の少女。

 一目見ただけでは魔族なのか人族なのか見分けがつかないほど人族に似ている魔族。

 金髪金眼、切れ長の瞳がブレイドを睨み付ける。

 そして、魔族の足元には別の魔族が転がっていた。


「……ぐっ、何故、どうして、このようなことを?」

「だって、君だと呆気なく倒されちゃうでしょ? だから私が出てきてあげたのよ!」


 まるで友人に話し掛けるような気軽さでそう口にした金髪魔族は、転がっている上級魔族の頭を踏み抜くと黒い霧に変えてしまった。


「……お前、何者だ?」

「私? 私は五魔将の一人、異端の魔族バルバラッドよ」

「ご、五魔将!?」

「知ってるのか?」

「私たちを知らない人族がいるなんて、やっぱりあんたは異界の英雄なのね」


 苦笑するバルバラッドを見ていると、不思議と人間らしさを感じてしまうブレイド。


「……異端の魔族って、どういう意味だ?」

「そこに気がいくのね」

「だって気になるんだもんよ」

「あんたは面白いね。いいよ、答えてあげる。私の異端の魔族って意味は──魔族と人族の混血なの」


 混血と聞いた瞬間、リアナは口を手で覆い驚きを露にしたがブレイドはそこまで驚くこともなく、普通の会話として話を進めていく。


「混血かぁ、だから魔族からは異端って言われてしまうんだな」

「人族からもよ。……というか、驚かないの?」


 ブレイドの反応にはバルバラッドも困惑しながら質問を口にする。


「驚くって、混血は少ないなりにまあまあ数もいるんじゃないのか?」

「そ、そんなわけないじゃないのよ!」

「……そうなのか?」


 リアナの怒声もまっすぐに受け止めたブレイドは疑問の答えをバルバラッドに求める。

 バルバラッドは困ったような表情を浮かべながらゆっくりと口を開いた。


「……まあ、隠れて暮らす程度にはいるかな。小さな村ができるくらいには」

「……そ、そんな」

「だろ? だから言ったじゃ……ない、か?」


 当然のように話をしていたブレイドだったが、突如として膨れ上がったバルバラッドからの殺気を受けて警戒を強める。


「……どうしたんだ?」

「何故、そのことを知っているの?」

「何故って、それは知られていることじゃないのか?」

「……お、お兄ちゃん? そんなこと、私は初めて聞いたわよ?」

「そうなのか?」


 MSOでは混血のアバターを選ぶこともできたので普通のことだと勘違いしていたブレイド。

 混血が隠れて生活をしていることを知らなかったこの発言は──バルバラッドの怒りを買ってしまう。


「あんたがいい人だったら見逃そうかとも思ったけど、そうはいかないみたいね」

「いや、俺は別に混血だからって争うつもりは──!」


 地面が陥没するほどに蹴りつけられると、バルバラッドは一瞬にしてブレイドの間合いに入ってきた。

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