魔窟-5

 飛び込んできたバルバラッドの拳がブレイドの顔に迫る。

 当たれば原型を留めないほどに顔面が砕かれるだろう強烈な一撃は、七星宝剣の刀身が盾となり間一髪で防いでいた。


「さすが異界の英雄! 今の一撃を防ぐのね!」

「そういうお前もすごい一撃だな!」


 間髪入れずに回し蹴りを放つバルバラッドだが、こちらは耐久力強化を発動したブレイドも同様に蹴りを放つ。

 ぶつかりあった足裏から衝撃波が発生すると最深部の壁が小刻みに揺れて天井からパラパラと土が落ちてくる。

 リアナも鼓膜を揺らされたからか両手で耳を塞いでいるが、その視線はブレイドとバルバラッドを捉えていた。


「魔族と人族じゃあ肉体の作りも違うから、単純な筋力で上回れるはずないんだけど?」

「スキルを使えば渡り合えるもんだよ」

「普通は無理なんだけどね!」


 まさかの相打ちに驚いたものの動きが止まることはなく、バルバラッドは距離を取るためにブレイドの足をそのまま蹴りつけて後方へと飛ぶ。

 ブレイドは即座に結界魔法を発動するとリアナの周囲に結界が顕現した。

 結界の境目には虹色の透明な膜が揺れており、リアナは結界の内側から心配そうにブレイドを見つめている。


「安心しろ、死にはしないさ」

「すごい自信ね」

「俺が死んだら次はリアナだからな。死ぬとしたら、お前を道連れにしてじゃないと死にきれないよ」

「どっちの未来でも私は死んでいるの?」

「そうだなぁ……このまま引いてくれたら一番嬉しいかな」


 本音をそのまま口にするブレイドだったが、バルバラッドが構えを解くことはなく、さらに両手に魔素を集約し始めていた。


「混血について、あんたは知り過ぎている。ならばここで殺しておかなければ私たちに平穏はないのよ」

「だから、俺はお前たちと敵対しているわけじゃないんだってば」

「それを信じて、どれだけの犠牲が出たと思っているのよ!」


 ブレイドの言葉にバルバラッドは激昂する。

 人族と魔族の混血はどちらの種族からも忌み嫌われ、迫害を受けてしまう。

 バルバラッドは魔族としての血が濃く出たことと、努力を重ねて手に入れた実力で今の地位まで上り詰めている。

 だが、その他の混血がバルバラッドと同じ道を歩めるかと言われるとそうはならない。多くの場合は迫害されて殺されてしまう。

 バルバラッドだけが特別だったと言えるだろう。


「その甘い言葉に飛び込んでいった仲間たちが何人も殺された。だったら、私は私の味方になってくれるところで仲間を守る。あんたが混血の村の存在をどのように知ったのかは分からないけど、このまま放っておくわけにはいかないのよ!」


 構えていたバルバラッドの両拳にどす黒い炎が顕現する。

 大きく息を吸い込み、呼吸を止めると一気呵成に攻め立ててきた。


「魔闘術使いか!」

「本当に物知りだね、あんたは!」


 どす黒い炎は魔族の固有魔法である地獄の極炎ヘルフレイム

 一度でも炎を浴びるとその身を焼き尽くすまで消えることのない極大魔法である。

 普通なら受けるという行為自体が自殺行為なのだが、ブレイドはあろうことか七星宝剣で真正面から受け止めていた。


「その剣、神の遺物アーティファクトね!」

「エボルカリウスもそんなことを言っていたよ」

「それに他の装備まで……あんた、本当に化け物だわ!」

「地獄の極炎をまとわせて平気な顔をしているお前に言われたくはないよ!」


 神の遺物は地上では手に入れることができない特殊な金属が使われている。

 それらは形を変えることも折ったりすることもできず、当然ながら燃やすこともできない。

 接近戦で地獄の極炎に対抗するには神の遺物は必須の装備なのだ。


「あんた自体を燃やすことができれば問題ない!」

「それもおすすめはできないぞ?」

「なんだって――きゃあ!」


 装備に覆われていない肘を狙って突き出された手刀だったが、ブレイドも狙わせまいと腕を動かして大侍の籠手スサノオアームをぶつけていく。

 すると、バルバラッドの拳をまとっていた地獄の極炎が剥がれてバルバラッドに襲い掛かった。

 体を後ろに反らせて地獄の極炎を回避したバルバラッドだったが、無理やり回避したことで隙が生まれてしまう。

 神の遺物による一撃は魔族に絶大なダメージを与えることから、自身の耐久力を最大限まで強化して衝撃に耐えようとしたバルバラッドだったが――


「……あんた、何のつもりよ!」


 バルバラッドは追撃を仕掛けてこなかったブレイドに対して再び激昂する。

 一方のブレイドは頭を掻きながら理由を告げた。


「魔族の中には話の通じるやつがいることを俺は知っている。お前はその一人じゃないのか?」

「ふん! 魔族と人族で話が通じるはずがない!」

「現に今、俺とお前の会話は成立しているじゃないか」

「黙れ! だったとしても、混血の村の存在を知っているあんたたちを生かしておくことはできない!」

「だーかーらー! 俺たちはその村を襲うつもりもないし、場所なんて知らないんだよ!」

「嘘を言うな! 襲うつもりがないのに、どうして存在を……って、ん?」


 怒りに任せてまくしたてようとしたバルバラッドだったが、ブレイドの言葉の中に一つの違和感を覚えた。


「どうした?」

「……あんた、混血の村の存在を知っているのに、どうして場所を知らないのよ?」


 バルバラッドは困惑しながらブレイドへ質問を口にした。

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