魔窟-1

 ブレイドの見立てでは魔窟は三階層までと浅く、最深部の魔族もエボルカリウスより格下だということで、リアナは内心でホッとしていた。

 口ではブレイドを信じると言ったものの、やはり初めての魔窟である。緊張しないわけがなかった。


「突き当たりを曲がった先にキンググリズリーとダークウルフが三匹」

「……ど、どっちも中級魔族じゃないのよ」

「リアナでも倒せるだろう?」

「そんなわけないでしょぉぉぉぉ!」


 小声で怒鳴るという器用な真似をしているリアナに苦笑しながら、ブレイドは経験を積ませるために中級魔族をリアナに倒させることにした。


「俺がおとりになって最初にダークウルフを誘き寄せるから、魔法でぶっとばしてくれ」

「わ、私がやるの?」

「俺とパーティを組むんだったら、中級魔族なんて雑魚は簡単に倒せるようにならないとついてこれないぞ?」


 中級魔族を雑魚と言ってしまうブレイドに頬をひくつかせてしまうリアナだったが、パーティを組んでついていくと決めた以上、ブレイドの指摘は正しかった。


「……分かった、やってやるわよ!」

「その意気だ。大丈夫、極大魔法も使えるリアナなら、中級魔族なんて相手にならないさ」


 軽く肩を叩かれたリアナは無理やり笑みを浮かべる。

 その表情に苦笑しながら、ブレイドは一人で先の通路へと消えていった。

 当然ながらリアナも一人になってしまう。


「……だ、大丈夫、大丈夫」


 周囲に魔族がいないことはブレイドが教えてくれているが、それでも魔窟の中で一人残されるということがとてつもない恐怖との戦いになるのだと、この時初めて知ることになった。

 何度も深呼吸を繰り返したリアナ。視線はブレイドが消えていった通路に固定されている。


「──ガルアアアアァァッ!」


 先の通路からダークウルフの鳴き声が聞こえてきた。

 杖をギュッと握りしめてその時を待つリアナ。そして──


「リアナ、来るぞ!」

「う、うん!」


 ブレイドの姿が見えてから一秒と経たずにダークウルフが三匹姿を現した。

 魔法を放とうとしたリアナだったが、その表情は曇り躊躇いを見せている。

 何故なら、ブレイドとダークウルフの距離があまりにも近かった。


「お兄ちゃんを、巻き込んじゃう」


 中級魔獣を倒しきるには中級魔法以上を放たなければならないが、威力が高いのと比例して効果を及ぼす範囲が広くて調整も難しい。

 魔窟という非日常の状況下において、リアナは普段通りに魔法を使えるという自信を持つことができなかった。


「構うなやれ! 俺を信じろ!」

「──! ……ブ、氷獄の氷槍ブリザードパイク!」


 だが、ブレイドの声を受けてリアナを意を決して中級魔法を発動した。

 一定範囲を氷獄の氷槍が包み込み、中央めがけて氷の槍が突き出される。

 リアナは何とか範囲を小さくしようと調整を試みたのだが、どうしてもブレイドを範囲外に置くことができなかった。


「お兄ちゃん、逃げて!」


 リアナの悲鳴が魔窟内にこだまする。

 悲壮感を漂わせるリアナとは異なり、ブレイドの表情には余裕が浮かんでいた。


「——速度上昇!」


 速度上昇スキルによりブレイドの姿がリアナの視界から一瞬でいなくなる。

 当然ながら氷獄の氷槍の範囲にはダークウルフの姿しかなく、三匹は氷の槍に貫かれて黒い霧に姿を変えた。

 いなくなったブレイドとはというと――


「よくやったな」

「きゃあっ!」


 背後から突然声を掛けられたことでリアナは魔窟内だということを忘れて大声をあげてしまった。


「……お、お兄ちゃん! 驚かさないでよ!」

「いや、普通に声を掛けただけなんだけど?」

「そうだけど、これはそうはならないのよ!」

「難しいなぁ」


 頭を掻きながら頭を下げているブレイド。

 それでも怒りが収まらないリアナだったのだが、魔族はダークウルフだけではない。


「——グルルルルゥゥ」


 先の通路からぬうっと顔を出してきたのは、ブレイドが言い当てていた通りキンググリズリーだった。

 中級魔族の中でも上位の実力を持っているキンググリズリーは、熟練の冒険者であっても単独で討伐しようとは考えない。臨時であってもパーティを組んで複数での討伐がギルドからも推奨されている魔族だ。


「……ほ、本当に、キンググリズリーだわ」

「だから言ったじゃないか。あれもやるか?」


 軽く言ってきたブレイドに対して、リアナは大きく何度も首を横に振っている。

 やれやれと言った感じでブレイドは肩を竦めると、七星宝剣を抜いてキンググリズリーと対峙する。


「お、お兄ちゃん、大丈夫なの?」

「大丈夫だ。エボルカリウスを倒した俺が中級魔族に負けるわけがないだろう」

「それは……あれ? 確かにそうよね」


 心配していたリアナなのだが、上級魔族であるエボルカリウスを討伐したのがブレイドだったと思い出すと不思議なもので安心して見ることができた。

 その様子を確認したブレイドも笑みを浮かべて一歩ずつキンググリズリーに近づいていく。


「さて、時間がもったいないからさっさと終わらせるぞ」

「グルアアアアァァッ!」

「うるさい」

「——! ……グルゥゥ……ゥ……」


 速度上昇による超加速。切れ味抜群の七星宝剣。

 加速に乗った七星宝剣の刃はキンググリズリーの剛毛を、その下に隠されていた強固な皮膚を、そしてその内側で盛り上がっていた強靭な筋肉をいとも容易く両断してしまう。

 襲い掛かろうとして両腕を振り上げていたキンググリズリーの左脇から通り抜けた刃は、その胴体を上下に斬り飛ばしていた。

 黒い霧が周囲へと広がり、ブレイドは普段と変わらない笑みを浮かべながらリアナへと振り返った。

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