旅立ち
アイテムボックスを持っているブレイドの荷物は腰に差した七星宝剣のみなのに対して、リアナは大きなカバン一杯に荷物を詰め込み背負っている。
「……俺が預かろうか?」
「……お、お願い」
どうやら相当重かったらしく、リアナは苦しそうに荷物を下ろした。
家を出る前に息切れしているリアナに苦笑しつつ、ブレイドは片手でカバンを持ち上げるとアイテムボックスの中に収納した。
間近で見たのが初めてだったロイドとリリーは驚きの表情を浮かべている。
ただ、今からさらに驚くことになるのだがブレイドは何も言わずに別の物をアイテムボックスから出してきた。
それはブレイドの全財産の半分――500万ゴルドである。
「……おぉぅ、本当にあるのか」
「……私たち、堕落してしまいそうですね」
「父さんと母さんなら心配いらないだろう?」
「結局のところ、二人とも体を動かしていないと落ち着かなさそうだもんね」
両親のことをよく理解している子供たちは笑いながらそう口にする。
「……さて、もう行くか?」
「……うん」
「村の外まで見送るわ」
四人は家を出て村の中を進んでいく。
当然、二人の姿を見た人が何事だとロイドやリアナに声を掛けてくるのだが、ほとんどの人たちはなんとなく察していた――村を出るのだと。
グリムにも姿を見られており、こちらはブレイドに声を掛けようとしていたのだが大人の波に押されてなかなか近づくことができていない。
立ち止まりたい気持ちもあったが、ここで止まってしまうと質問攻めに合うだろうと思い申し訳ないと思いながらも進んでいく。
村の門まで到着したブレイドとリアナが振り返ると、そこには多くの人が集まっていた。
「父さん、母さん、行ってきます」
「心配はしていないが、気をつけるんだぞ」
「絶対に戻ってくるのよ」
「もちろんよ! なんて言ったって私が付いているんだからね!」
リアナの声にブレイドは笑みを浮かべ、ロイドとリリーも少しだけ寂しそうにしていたのだが明るく見送ってくれた。
「よし! 行ってこい、二人とも!」
「「行ってきます!」」
村の人達の見送りに背を向けて歩き出したブレイドとリアナ。
その背中に人垣をかき分けてようやく前に来ることができたグリムが大声で激励してくれた。
「俺もいつか冒険者になるから! そしたら一緒に冒険しような!」
振り返ったブレイドは拳を突き上げて応えると、グリムも破顔して同様に拳を突き上げる。
再び前を向いたブレイドは振り返ることなく、リアナと一緒に村を後にした。
※※※※
――とある暗闇の中。
そこでは一つの緊急会議が設けられていた。
参加者は全員が人外――魔族である。
「エボルカリウスが倒されたというのは本当か?」
「うふふ、本当らしいわよぉ」
「ふん! 我ら魔族の面汚しめ!」
「ケーケケケッ! 魔導王の名前が聞いて呆れるね!」
円卓を囲むのは五人の魔族。そのうち四人がエボルカリウスを話題にして話し合っていた。
「しかし、実際問題上級魔族を倒すことができる人族が本当にいると思うか?」
「まあ、普通ならいないでしょうねぇ」
「貴様、魔族が仲違いをしているとでも言いたいのか!」
「いやいや、我らも仲良しこよしではないじゃろう、ケーケケケッ!」
話し合いはすぐに脱線してしまい一向に進もうとはせず、ここで無言を貫いていた一人が重い口を開いた。
「……異界の英雄」
「「「「――!」」」」
「……それ以外に、我ら上級魔族を倒すことができる人族などいないだろう」
低く重みのある声音に、四人の魔族は一斉に口を閉じでエボルカリウスを倒した者のことを思案し始めた。
「……お言葉ですが、異界の英雄というのは本当に存在するのですか?」
比較的丁寧な言葉で場を進めようとしている魔族――魔剣士デュラグレイズが疑問を口にする。
「私も聞いたことがないわねぇ。これでも1000年は生きているのだけれど」
扇情的な肉体を惜しげもなく見せつけている魔族――美醜淫魔サキュバラが不敵に笑みを刻む。
「ふんっ! いたらいたで俺様が叩き潰してくれるわ!」
六本の腕で自らの胸を力強く叩き自信をみなぎらせている魔族――魔闘王ムシュラガゼルが声高らかに宣言する。
「ケーケケケッ! お前では無理じゃろう! 儂の3000年の知識を使って絡め取ってやろう!」
蜘蛛の体に人に似た顔を持つ魔族――魔蟲王ゲラハムブッハがムシュラガゼルを嘲笑する。
「……異界の英雄は、いる。それは突如として現れる。我も見たことはないが、確かにいる」
そう淡々と口にする魔族――魔王ヴォルディスゴードは四人の魔族を見渡した。
「まずは他の上級魔族を向かわせる。お前たちの出る幕がないことを祈るのみだ――五魔将よ」
魔剣士、美醜淫魔、魔闘王、魔蟲王。そしてこの場にいないもう一人の上級魔族が配されている五魔将は、魔王に次いでの実力者で構成されている。
エボルカリウスも上級魔族であったが、実力差は計り知れない。
ヴォルディスゴードは五魔将が出ていなかなければならない状況を望んではいなかった。
「私は魔王様に従います」
「つまんないけど、仕方ないわねぇ」
「ぬぅ……もったいない」
「ケーケケケッ! 儂は研究に時間を割けるのであれば構いませんよ!」
五魔将の出番はない、そう告げられた四人はその場から一瞬にして姿を消してしまった。
残されたヴォルディスゴードは無言のままエボルカリウスを倒したであろう異界の英雄について思案する。
エボルカリウスはたまたま異界の英雄が現れた場所に向かっただけ、いわば事故に遭ったようなものだ。
しかし次は違う。ヴォルディスゴードの指示で魔族を向かわせることになる。
「……楽しませてくれるのだろう、異界の英雄?」
誰もいない暗闇の中、ヴォルディスゴードの呟きは闇に消えていった。
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