ブレイドの才能-2

 一人残されたブレイドは部屋へと戻り窓から遠くの草原へ向かう多くの人々を眺めていた。

 見送っているのはブレイドよりも小さな子供たちだけで、同年代と見られる少年少女の姿はなかった。


「……俺は、何もできないのか?」


 ブレイドはMSOのレイドボス討伐について思い出していた。

 強力なレイドボスが多く、ブレイドでも最多ダメージ賞を獲得したことはあるが単独での討伐はできなかった。

 実際に草原へと向かった人数は二桁を数えているので人数的には問題ないはず。

 だが、その中に戦力になり得るか分からない同年代の子供たちまでいるとなれば話は別だ。


「せめて、ブレイドとしての力が少しでもあれば戦えるのに」


 剣術でも魔法でも、どちらかの力がわずかでもあれば一緒に戦える。

 魔族がMSOのレイドボスと同様に強力な力を持っているのであれば、最悪の場合は全滅だってあり得るのだ。

 ブレイドは一抹の不安を抱えながら窓の外を眺めていると――ボンッ! と爆発音が響き渡り地面が揺れ、視線の先で真っ赤な炎が立ち上った。


「くっ! 戦闘が始まったか!」


 炎は1キロ以上離れた場所で立ち上ったのだが、窓の外から熱風が飛び込んでくる。

 ものすごい火力の炎が討伐隊に襲いかかっているのかと思うと震えが止まらなくなってしまう。


「父さん……母さん……リアナ……」


 さらに三回の爆発が巻き起こり熱風が家を揺さぶってくる。

 黒煙が広がっていく中で、ブレイドは見てしまった。

 あの姿は、MSOのレイドボス史上五本の指に入ると言われている強力な魔族。ブレイド個人の意見でいえば一番厄介だった相手――


「あれは――魔導王、エボルカリウス!」


 魔法攻撃無力化、物理ダメージ軽減大、対人族斥力大、といったパッシブスキルを要していたエボルカリウス。

 物理攻撃でしかダメージを与えることができないのだが、対人族斥力大によって接近も困難であり、さらに近づく前に強力な魔法で薙ぎ払われてしまう。

 草原が広がる辺境と言えるだろう土地に、なぜこのような魔族が現れたのか。


「近くに魔窟でも存在しているのか? いや、だったらすでに封印に向けた動きが出ていてもおかしくないよな」


 窓からの風景しか見ていないブレイドでは判断がつかないところだが、村の雰囲気は穏やかであり魔窟封印が行われているという印象は全く受けなかった。

 それともう一つ、ブレイドは違和感を覚えていた。


「……この距離でなんで見えているんだ?」


 1キロ以上は離れているだろうエボルカリウスまでの距離だが、ブレイドにはその表情まではっきりと見えている。

 普通の人間ならばあり得ないことで、これがMSOの世界では普通なのかと考えたのだが、すぐに否定した。

 ブレイドは、別の可能性に思考を飛ばしていたのだ。


「……これって、視力強化スキルが発動しているんじゃないか?」


 MSOの中でブレイドに習得させたスキルである視力強化。

 遠くにいる敵をいち早く察知するためにスキルポイント割り振っていたのだが、それが今ここで発動しているのではないかと考えたのだ。


「……もしかして、俺がブレイドに転生したことでスキルも引き継がれている可能性はないか?」


 今までのブレイドならば剣術にも魔法にも才能がなかったかもしれない。

 だが、久木が転生した今のブレイドなら――


「……試してみるか」


 ブレイドは部屋を飛び出してそのまま家の裏手に出ていくと、そこで子供の頭くらいの大きさの石を見つけた。

 石の目の前で立ち止まり、一度大きく深呼吸をしたブレイドは――素手で石に殴りかかった。


「――筋力強化!」


 子供の拳では石を砕くことなどできるはずもなく、打ちどころが悪ければ指が折れてしまうかもしれない。だが――


 ――ドカンッ!


 ブレイドの拳は石を砕くだけではなく、地面を陥没させてしまうほどの威力を発揮していた。


「……やっぱり、スキルが発動してる!」


 確信を得たブレイドは、最後にエボルカリウスと戦う上で必要となる物を確認することにした。

 それはスキルではなく物理的な物なので引き継がれている可能性は低いかもしれない。


「頼む、出てきてくれ!」


 右腕を後ろに引いたブレイドは、その腕を一気に押し込んだ。

 何もない空間に伸ばされた右腕は、あろうことかブレイドから三〇センチほどの距離で消失してしまい肘から先が無くなってしまった。

 だが、ブレイドは驚いた様子もなく目を閉じたまま何かを掴もうとかすかに動いている。


「…………これだ!」


 目を見開いたブレイドは腕を引っ張り出すと、その手にはMSOで見慣れた剣が握られていた。


「……本当に、この手で握る日が来るなんて」


 刃長が八〇センチ、幅は二〇センチ。鍔には七色の魔石が両面に埋め込まれている。柄には手触りがよく非常に硬質な木材に細かな意匠が施されていた。

 画面越しに見た美しさとは段違いの輝きに、ブレイドは一瞬だけ魔族の襲来を忘れてしまう。


「……よし、これならいける、いけるぞ!」


 ブレイドは手にした剣を器用にくるりと回して腰に差すと、今なお爆発音が響き渡る大草原を見つめる。


「みんな、生きててくれよ!」


 地面を蹴って駆け出したブレイドは、腰に差した剣──七星宝剣の魔石を煌めかせながら村の中を進んでいった。

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