ブレイドの才能-1

 部屋に戻ったブレイドはベッドに飛び込んで顔を枕に埋めてしまう。

 MSOの世界では最強だったブレイドが、この世界ではそうではないらしい。


「……まさか、なんの才能もないとか、なしだろ」


 ブレイドの記憶にあった自分への評価。そして家族の評価。

 両親は元冒険者で、今は村の警備隊に所属している。

 妹は魔法師として才能に恵まれていることも理解した

 だが、それと同時にブレイド自身はこれといった才能はなく、村の中でもどちらかといえばいじめられっ子の立場にあることを知ってしまった。


「……これが本当にブレイドなのか?」


 今の姿は久木が設定したアバターの少年時代。

 起き上がったブレイドはもう一度鏡の前に立ち全身をじっくりと見ていく。

 背丈も筋肉も物足りず平均的な少年体型なのだが、顔には久木が設定したアバターの面影が残っている。

 記憶を裏付けるような事実にブレイドは再び溜息を漏らす。


「……マジで才能ないのかよ」


 ブレイドの記憶では剣術も魔法もからっきし、同年代に敵わないのは当然ながら年下の子供たちにも劣っている状況だ。

 そのせいで何をするにもハブられてしまい、そのたびに妹のリアナが助けに来てくれている。


「兄貴の面目丸つぶれだな」


 妹に助けられる兄、という構図に苦笑するしかなかった。

 そしてブレイドの中にはもう一つの事実が存在している。


「これって、現実なんだよな」


 記憶の中のブレイドも、リアナもロイドもリリーも、この世界で紛れもなく生きている。

 これが現実ではなくゲームなのだ、と後から言われてもブレイドは信じることができないだろう。


「……本当にあるんだな、異世界転生って」


 紛れもなく異世界転生。久木という人物はブレイドという人物に転生したのだ。

 ただ、そうなると一つの疑問が浮かび上がってくる。


「俺、死んだのか?」


 日本でゲームをしていた時には特に体調に変化はなく、年に一度の健康診断でも問題はなかった。

 隠れた病気が発症した、なんてことも可能性としてはあるかもしれないが、そのような兆候もまったくない。

 結局、何が原因でMSOの世界に転生してしまったのかは分からなかった。


「……転生しても、俺は俺ってことに変わりはないけどね」


 ブレイドは久木だった頃、特徴もなく秀でたものもない青年で、どちらかといえばできない方の人間だった。

 同年代と仕事をしても見下され、年下の後輩にも追い越されてしまう。

 挙句の果てには務めていた会社からリストラされてしまった。

 理由は単純で『仕事ができないから』である。

 その後も仕事を転々としたものの馴染むことができずに退職を繰り返していた。


 そんな時に出会ったのがMSOである。

 周りからは世間から逃げた、と言われることもあったが当時の久木にはMSOの世界が生きるために必要だった。

 自然と性格も明るくなり、人と接する機会も自分から増やすようになっていた。

 MSOは、久木を変えたのだ。


「MSOの世界に行ってみたいとは思っていたけど、まさか本当にそうなるだなんて。でも、それだったらブレイドの能力そのまま引き継いでおいてくれよぉぉ」


 大きく肩を落としてトボトボとベッドの縁に腰掛け、窓から草原へ視線を向ける。

 まるで隠しストーリーを見つけた草原エリアのような光景に、少しだけ気分が晴れたような気がした。


「……実際に、風を感じることができるのか」


 草原エリアを歩いていても感じることのできなかった風の感覚をこの身で体感することができる。

 そう考えると気持ちもわずかに浮上してきた。


「後で、ちょっと外を歩こうかな」


 立ち上がり窓の前から大草原を眺めていた――その時である。


 ――カーン、カーン、カーン……。


 打ち鳴らされる鐘の音が耳に届いてきた。

 何事だろうと思った直後、ブレイドは聞いたことのある鐘の音だとハッとした。


「これ――イベント発生の鐘の音じゃないか!」


 MSOにおいて突然鳴らされることのあった鐘の音が示すイベントとは――魔族の襲来。

 多くのプレイヤーが協力して一匹の強力な魔族を討伐する、いわばレイドボスイベントの時に鳴らされていた。

 もしMSOと同じ鐘の音であれば魔族が襲来することになるのだが……。


「……部屋の外が騒がしいな」


 廊下を誰かが走る音が聞こえてきたのでドアを開けると、そこではロイドやリリー、リアナまでが忙しなく動いておりその格好が先ほどまでとは大きく異なっていた。


「……みんな、どうしたんだ?」


 布の服とズボン一枚を身に着けていたはずのロイドは傷だらけの使い古された銀の鎧を身に纏い、リアナは軽鎧を急所を覆うように身に着けている。

 リリーは頭から足首まで隠れる漆黒のロングコートを羽織っており、その手には先端に緑色の宝玉が据えられた杖を握っていた。


「ブレイドは家を頼む」

「えっ、ちょっと、父さん?」

「魔族が村の近くに現れたみたいだ。俺たちは討伐に行ってくる」

「私たちの帰りを待っていてね」


 装備を確かめながら魔族討伐を口にしたロイドと、微笑みながら頭を撫でてくれるリリー。


「……リアナも行くのか?」

「当然でしょ! 私は天才魔法師なんだからね!」


 起伏の少ない胸をめいいっぱい張っているリアナなのだが、その体は小刻みに震えている。


「……リアナは他の魔法師たちは後方支援になるから大丈夫よ」

「そんな! お母さん、私はやれるわよ!」

「わがままを言うんじゃない、リアナ。お前たちの魔法は後方からでも十分な威力を発揮してくれるんだから、わざわざ危険な前線に出る必要はないんだ」

「……はーい」


 リアナは強がって見せたものの、内心ではホッとしていた。

 そのことに気づいていたからこそ、ロイドもリリーも話をそこで終わらせたのだ。


「あの、俺も――」

「ブレイドは家を頼む……いいな?」


 何かの役に立ちたい、MSOの世界でも無力でありたくない。

 そう思っていたブレイドだったが、ロイドは強い口調で同行を拒否した。

 自分でも分かっている。剣術も魔法も他より劣っている自分が行っても足手まといなのだと。


「……分かった。気をつけて」

「……あぁ、必ず戻ってくる」


 ロイドの大きな手がブレイドの頭を不器用に撫でる。

 一階まで一緒に降りたがそこから先に行くことは許されない。三人の背中を見送ったブレイドは、静かにドアを閉めた。

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