この世界で
ここはどこ?
とりあえず周囲へ視線を飛ばしてみた久木。
自分が寝ていたのはどこかの家のベッドの上。体を起こしたちょうどの目線に窓があり、その先に広がる大草原は地平線まではっきり見ることができる。
次いで体に触れたりつねったりしてみたのだが、間違いなく自分の体だと分かる痛みを感じることができた。
生きていることに間違いはないが、現時点では何が起こっているのかさっぱり分からない。
MSOにログインしたままなのかと思いステイタスを開こうとするが……開かない。
一体何がどうなっているのかと思い部屋の中を見ていくと、鏡を発見したのでその前に移動してみる。すると──
「……な、なんじゃこりゃああああああぁぁっ!」
本日二度目の『なんじゃこりゃ』を受けて、久木は固まってしまった。
鏡に写った姿は明らかに自分ではなく、ブレイドのアバターでもない。その姿は、見たこともない少年の姿をしていたのだ。
「……な、なんじゃこ――」
「お兄ちゃんうるさい!」
「ごふっ!」
そこにドアを開けて飛び込んできたのは茶髪を頭の後ろで結んだ少女だった。
見た目に可愛らしい少女なのだが、久木は出会い頭に飛び蹴りをみぞおちにめり込まされたので床に転がりもんどり打っている。
「……ちょっと、いきなり、何を」
「お兄ちゃんが奇声を上げてるからでしょう! ご飯もできてるからさっさと降りてきてよね!」
少女は舌を出した後、そのまま走って階段を降りてしまった。
「……ん? お兄ちゃん?」
男兄弟の末っ子として生まれた久木に妹などいるはずもなく。
MSOが完全にバグってしまいおかしくなったと判断した久木は大きく溜息をついた。
「はああああぁぁ……これ、いつ元に戻るんだよ」
一度ベッドへ横になり天井を見上げていたのだが、先ほどの少女から降りてくるように言われていたことを思い出した久木は少しの逡巡の後、ベッドから起き上がり階段を降りてみることにした。
特にやることがないのも理由の一つだが、一番の理由はお腹が空いたことだった。
「ご飯もできてるって言ってたし、ゲームとはいえ腹いっぱい食べておきたいからな」
そんな淡い期待を胸に一階に降りた久木は、先ほどの少女とは別の人物が二人いることに気がついた。
「遅かったじゃないか――ブレイド」
「お寝坊さんね」
ブレイド、という名前を聞いた久木は周囲へ視線を向ける。
「……どうしたんだ、ブレイド」
「まだ寝ぼけているのかしら?」
「ちょっと、お兄ちゃんも早く席に着いてよ!」
三人からの呼びかけは明らかに久木へ向けられている。
「……俺が、ブレイド?」
困惑が頂点に達したその時──脳裏にブレイドとしての記憶が一気に流れ込んできた。
妹と名乗る少女の名前はリアナ。
男性が父親でロイド、女性が母親でリリー。
(……これは、ゲームじゃない? これは、現実?)
ブレイドとしての記憶が、久木の記憶を上塗りしつつ融合していく。
ブレイドが生きてきた一五年間が、久木の中に一瞬で駆け抜けていく。
(……あぁ、そうなのか。ここでも俺は、そうなのか)
そして、ブレイドの記憶が全て久木の中に取り込まれた時、久木は――ブレイドは自分の運命は変えられないのだと理解した。
「……ご、ごめん、父さん、なんでもないよ。まだちょっとぼーっとしてただけだからさ」
ブレイドはやりきれない思いを隠しながら席に着く。
リアナは頬を膨らませているだけだが、ロイドとリリーは顔を見合わせている。
「お腹空いたなー!」
「お兄ちゃんが遅いからでしょ!」
「あはは、ごめんごめん」
しかし、ブレイドが普段通りを装っていることから追求することはなかった。
テーブルに料理を並べていくリリーに笑みを向けられ、ブレイドもまた笑みを返す。
全ての料理が並ぶとリリーも席に着いて、神への祈りを捧げる。
「全ての
両手を額の前で重ね合わせて目を閉じ、しばらく黙祷を捧げる。
ブレイドも体が自然と動き、三人と同じタイミングで顔を上げて目を開けた。
「……さあ! それじゃあいただきましょうか!」
「リリーの料理はいつも美味しいからな!」
「お父さんはお母さんのことを褒め過ぎー」
「何を言うか! 当然だろう!」
リアナもロイドもリリーも笑い合っている。
ブレイドもその場に合わせて笑っているのだが、顔に貼り付けた笑みになっていた。
料理も本当は美味しいのだろう。しかし、今のブレイドに味など分かるはずもない。
お腹を満たしたタイミングで食事を終えたブレイドは、挨拶もそこそこに部屋へと戻ってしまった。
「……ブレイドのやつ、どうしたんだ?」
「何か悩みでもあるのかしら」
「そういえば朝から変だったよ?」
三人が心配をしていることも、今のブレイドには気づくことができなかった。
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