プロローグ-2

 黄金に輝く尾が先端から降りてくると、次いで鋭い爪を煌めかせた脚と腕、さらに巨大な胴体が現れる。

 この時点で久木は相手が魔族ではないことに気がついた。


「……あー、これ絶対に全損路線まっしぐらだ。相手がまさか、ドラゴンとはね」


 背中には羽音を響かせていた翼が四枚、そして外皮と同じ黄金の相貌が脆弱なる人族を見下ろしていた。


「中立な立場のドラゴンがボスの隠しストーリー……ほぼ確実に全損路線だけど、もしクリアできれば過去類を見ない装備を手に入れることも夢じゃない」


 七星宝剣の柄をより強く握りしめ、久木は地面に降り立ったドラゴンを睨みつけた。


「やってやるよこの野郎! 俺はプレイヤーランキング1位をひた走っている――ブレイドだ!」


 久木はアバター名であるブレイドという名前を叫び、剣先をドラゴンに向ける。

 すると、ドラゴンの頭上に名前とHPバーが表示された。


「黄金竜ヴォルカニカ……HPバーが一〇本!」


 メインストーリーで確認されている最大のHPバーは五本である。これは攻略サイトにも掲載されている情報なのだが、目の前のヴォルカニカには倍の一〇本も表示されていた。

 久木がサブストーリーで確認したのでも最大のHPバーが七本だったことを考えると、ヴォルカニカが桁違いの実力を秘めていることは一目瞭然だった。


「……当たって砕けろ!」


 諦めにも似た言葉を呟く久木だが、その顔には獰猛な笑みを刻みヴォルカニカを見据えている。


「行くぞ!」


 久木がヴォルカニカの間合いに足を踏み入れた瞬間――ヴォルカニカから大咆哮が発せられた。


『――ギュルアアアアアアアアァァッ!』

「はああああっ!」


 口内に揺らめく炎がブレスの兆候を予感させつつ、ヴォルカニカは体を捻り龍尾を振り回してきた。

 久木は龍尾による攻撃をしゃがみ込んで回避しつつ、ブレスにも気を払いながら攻撃を仕掛けていく。

 目の前で動き回るヴォルカニカからは本物の臨場感を感じ取ることができ、久木は生と死の狭間を行き来しながら攻防を楽しんでいた。


「これが――ゲームかよ!」


 久木は臨場感溢れる戦いに歓喜の声を上げながら、ヴォルカニカを間合いに捉え七星宝剣を振り抜く。

 七星宝剣はヴォルカニカの黄金の鱗を切り裂き肉へと到達すると、じわりと深紅に染まった血が溢れ出した。

 ダメージはあるだろう。それでもヴォルカニカの動きが鈍ることはなく、密着してきた久木めがけて全身を横倒しにして押しつぶそうとしてきた。


「大胆だな!」


 大きく後退して間一髪のしかかり攻撃を回避できた久木だったが――まさかの事態に遭遇する。


『――グルルルルゥゥ』

「なあっ! もう一匹だと!」


 回避した先の漆黒に隠れていたもう一匹のドラゴン。

 久木が視認したからだろう、直後には頭上に名前とHPバーが表示される。


「白銀竜、アイスエルニカ! こっちもHPバー一〇本かよ!」


 完全なる想定外、完全なる不意打ち、アイスエルニカは口を大きく開き久木を照準する。口内からは冷気が漏れ出ており、そこから放たれるブレスの属性を物語っていた。


 ――ゴウッ!


 アイスエルニカの口内から氷のブレスが放出されると、久木は左腕を突き出して魔法を唱えた。


「魔法障壁!」


 魔力の壁を顕現させて氷のブレスを防いだ久木だったが、それも一秒と保たなかった。

 すぐに破壊されてしまい再び氷のブレスが襲いかかる。

 逃げる時間をかせぐことに成功したものの、それでも無傷というわけではなかった。

 魔法を発動した左腕に状態異常【凍結】が付与されてしまい体力が徐々に削られていくだけではなく、動きも重くなってしまう。

 そこへヴォルカニカから炎のブレスが吐き出された。


「くそっ、これでどうだ!」


 右腕だけで七星宝剣を振り抜き炎のブレスを切り裂くと、久木はブレスの間断を縫って一気に間合いを詰めていく。

 いくらプレイヤーランキングが1位とはいえ、未知の相手を二匹同時に相手取ることはほぼ不可能。

 よって、久木はヴォルカニカを先に倒すことに決めた。

 現時点でHPバーは残り八本。長期戦になることを覚悟して飛び上がりヴォルカニカの目の前で七星宝剣を振り上げる。


 ――プチッ。


 突如、久木の視界は真っ暗となり目の前には『全滅』の文字が映し出されていた。


(……まだいたのかよ!)


 久木は上に広がる漆黒から伸びてきた謎の腕に握りつぶされてしまい、一撃で全損してしまった。

 今はブレイドというアバターが存在しないため声にはならないが、ぼやかずにはいられなかった。

 一度全損してしまうとプレイヤーランキングから大きく後退することになる。

 久木は特にランキングに執着していないのでそこに関しては気にしていないのだが、資金の四分の一が無くなってしまうことだけが悔やまれる。


(……そろそろ戻れるかな。あー、三匹もボスが同時に現れるとか、マジで無理ゲーだから!)


 そんなことを考えながらMSOへ復帰するのを待っていた久木なのだが……。


(……なんだ、なんで戻らないんだ?)


 本来なら全損から一分ほどでMSOに復帰できるはずなのだが、すでに時間を過ぎてすでに五分になろうとしている。

 ステイタス画面を開こうと試みたのだが、それも出てこない。


(……運営、マジで仕事しろよ)


 何かしらのバグだろうと諦めて、復旧されるか強制ログアウトされるのを待つしかないと思っていた久木なのだが、突然視界にノイズが走り砂嵐が耳朶を震わせた。


(……な、なに、何なんだよ!)


 ここまで来ると不安が精神を覆い尽くし、なんとか強制ログアウトできないかと考え始めた。

 だが、状況はどんどんと悪化していき意識までが遠のき始めた。


(…………う、運営、マジで、仕事、しろ、よ)


 そこで久木の意識は完全に途絶えてしまった。


 ※※※※


 そして目を覚ました先で見たものは――


「……な、なんじゃこりゃああああああぁぁっ!」


 全く知らない大草原だった。

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