第7話 絶対死なせないわ!
「どうしたのだ? ローズよ。そこでボーっと立ちすくんで?」
何時までも入り口で硬直していたローズに対し、伯爵はそう声を掛けて来る。
しかし、ローズは目の前のイケメンに見蕩れてしまい、部屋に入ったままの姿で固まってしまっていた。
別に意識を失っていたわけではない。
その逆で、現在ローズの脳内では『イケメンフェスト in メイデン・ラバー』が絶賛開催中だったのだ。
総勢1000人は越えるであろう現ローズの中の人である野江 水流(脳内)達による飲めや歌えのイケメンを讃える為に繰り広げられる一大謝恩祭。
勢いだけなら本場ドイツのオクトーバーフェストにだって引けを取らない。
今回はチラホラとローズの姿も見掛けるので、既に自身のアイデンティテはローズに向けて傾き始めているようだ。
『ビバ! 転生! 凄い凄いわ! なんてイケメンなの?! こんなイケメンをゲームに登場させないなんて製作者はアホね。金髪碧眼! 端正な顔立ち! ショートボックスにカットされ綺麗に整えられた口髭! 何より私好みのイケボ! これよこれ~! ねぇ皆も思うでしょ?』
『Yeahhhh!!』
脳内会場に設置された壇上の上に立つ司会役の野江 水流の言葉に、盛り上がっているその他の野江 水流とローズ達が盛大な歓声を上げた。
祭りは最高潮! 今夜はこのまま朝まで寝かせないぜ!
「……じょうさま、お嬢様!」
フレデリカが、固まっていたローズを肘で突きながら声を掛けて来た。
「ハッ! いけない、ちょっとトリップしていたわ」
フレデリカの呼びかけで正気に戻ったローズは慌てて伯爵の方を見る。
『凄いイケメン……。ビバ! 転生! ……ハッ! またトリップ仕掛けたわ。気をしっかり持たなきゃ!』
今度こそ気を取り直したローズは、誤魔化す為に伯爵に向けて少し悲しげな表情を作り、切なそうな声色で力無く言葉を零す。
「申し訳有りません、お父様。あの……四ヶ月もお父様と離れ離れになるのが寂しくて……。しばし、お父様の姿をこの目に焼き付けておりましたの」
「おぉ、そうだったのか、ローズよ。寂しい想いをさせてすまぬな……」
伯爵はそう言うと立ち上がり手を広げた。
ローズはその行為の意味が分からず首を傾げる。
「ローズ? どうした。いつものようにパパにハグをしてくれないのか?」
「え? いいの?」
突然の伯爵の言葉に思わず
夢にまで見たイケメン貴族からのハグのお誘い。
この身体の父親相手だが、そんな事は知ったこっちゃ無い。
野江 水流に取っては初対面のイケメンでしかなかった。
しかも、相手は明確に自分に対する好意を持っている。
今までバレない様にとゲーム中のローズの言動を真似る演技をしていたのだが、先程の『イケメンフェスト in メイデン・ラバー』の疲れ(精神的)も相まって、その突然の誘いにそんな
『しまった! バレたかも! どうしよう~』
自分の迂闊さに嘆いても、もう遅い。
すぐに取り繕う為に、誤魔化しの笑みを浮かながら、己の正体に気付いたかどうか確かめる為、覚悟を決めて伯爵の表情を伺った。
『あら?』
てっきりローズの中身が入れ替わった事に気付き、猜疑の目でこちらを睨んでいるかと思われたが、伯爵はまるで全てを包み込む様な優しげな目でうんうんと頷いていた。
「いいんだとも! お前が何歳になろうとお前は私の娘なのだ。恥ずかしがる事はないのだよ」
その言葉から、どうやらローズが『いいの?』と聞いたのは、伯爵が任務で家を離れるに当たり、
『いつまでも子供でいられないわ! お父様を心配させない為に大人にならないといけないの! だからお父様とのハグは今日で卒業よ! ……でも』
と言う様な心の葛藤をしていると勘違いしたようだ。
伯爵は自身の娘を甘やかして性悪モンスターを育成する様な親バカでは有るが、その目は節穴ではない。
もし、目の前のローズが変装して入れ替わっている様な場合だと、どれ程似ていようが一瞬の内に気付いたであろう。
しかし、今この場に居るローズは意識自身は別人格になっていようと、その肉体や魂は元のローズと同一のモノである。
如何に伯爵の慧眼と言えども、見破る事は能わず多少の行動のブレなど勝手に脳内補完してしまうのだった。
『え? 何か助かったみたい。で、でもいいの? そんな事して良いの? イケメンに抱き付く事なんて……いえ、イケメンどころか異性なんて、お父さんでさえ二十年以上抱き付いた事なんて無いわ! それをいつもの様にですって? くぅ~! ローズの奴め! イケメン五人を一人占めするだけで飽き足らず、ゲーム外でこんなイケメンと抱き合っていたなんて!! 許せない! ……って、今あたしがローズじゃん!! ……いただきます!!』
「おとーさまーー!!」
脳内の整理が付いたローズが伯爵目指して駆け寄った。
伯爵はいつもの駆け寄ってくるローズとは明らかに異質なる鬼気迫る表情に少し背筋が冷えたが、それだけ自分と離れるのが嫌なのだろうと強引に納得した。
ガシィ!!
少々親子同士の熱い抱擁では通常発せられる事が無いような、相撲のぶつかり稽古の如き衝突音が食堂に鳴り響いた。
しかし、驚く事に伯爵は怯む事無く、ソレを受け止める。
なぜかと言うと、キナ臭い国境の視察の任務に就く事からも分かる通り、伯爵は王国騎士団に所属していた。
若い頃から王国騎士の一人として、数々の活躍により功績を上げたバリバリの軍人であり、伯爵の父、ローズの祖父が亡くなり家督を継ぐ事になった時同じくして、軍部中枢に招聘され一線からは退いた物の、いまだに毎日身体を鍛え上げているので、若い女性の全力タックルなど彼に取っては大した事ではなかったからだ。
ローズは生まれて初めて異性との熱い
しかし、親バカな伯爵はソレさえも、自分から離れたくないと言う気持ちの表れだと強引に解釈し、もう色々アレでしかないローズを優しく抱き締めた。
それでも傍から見ると感動的場面だろう。
戦場となるかもしれない土地に赴く父親と、それに縋り付き泣く娘。
この場に居る使用人皆、普段のローズに対して快く思っていないにも拘らず、その親子の姿にそっと涙を拭うのだった。
「お父様!! 寂しいですわ。どうしても行かないとダメですの?」
一通りこのイケメンとの抱擁と言う初体験を堪能したローズは、少し冷静さが戻り、ダメ元で死出の旅を取り止める事は出来ないか聞いてみた。
ダメなのは先程フレデリカに言われてるので分かっているし、無理に止めた場合、国王の怒り買う事さえ有るので無理強いはしない。
「ううむ、こればかりはすまぬ。王からの直々の要請は断れぬのだ。なに四ヶ月などあっと言う間だよ。それまでいい子にしているんだ。分かったね。では早く朝食を食べようではないか」
「はい……」
分かっていた事なのだが、これで伯爵は強制死亡イベントの地に赴く事が決定した。
と言う事は、残された手は二つ。
一つは死なないように何か手を考える事。
もう一つは、死んだ後にこの伯爵家が没落しないようにする事だ。
しかし、今の彼女の頭の中には二つ目の案の事は眼中に無い。
持ち前の頭脳は全て、伯爵の生存のみに注がれていた。
『私の始めての相手(ハグだけど)は、絶対……絶対に死なせないわ!』
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