第6話 あたし幸せ計画
「う~ん、これは想像以上ね~」
ローズは今し方すれ違った使用人の態度を思い浮かべ、少し呆れながらそう言った。
すぐに違う使用人が、前から歩いて来るのが見えた。
ローズの事に気付いた使用人は、サッと素早い動きで壁際に避け、慌てて頭を下げる。
「おっ、おはようございますっ! お嬢様! 本日もご機嫌麗しゅうございます」
そして、大声でこう挨拶をしてきた。
その様子や声色から、明らかにローズに対して恐怖を抱いているのが分かる。
関わり合いたくないが為に、ローズから何か因縁付けられるより早く、勢いで挨拶をしてこの場を乗り切ってしまおうと言うのだろう。
先程からすれ違う使用人は皆似た様な態度を取っていた事から、ローズ対策法として使用人達の間で周知されているようだ。
『ここまで使用人達からローズが嫌われているとは思わなかったわ。伯爵が死んだ後、皆が一斉に離れて行く筈だわ。確かローズは一人娘で母は小さい頃に他界したって設定だったのよね。だから伯爵が娘を猫可愛がりしていた。だから多少ワガママに育っても仕方無いとはいえ……』
「ありがとう。ごきげんよう。いつもご苦労様」
ローズがそう使用人に返すと、使用人は軽い悲鳴を上げながら体を震わせた。
数秒遅れて、弾かれた様に下げていた頭を素早く上げて、激しい同様の表情でローズの顔を凝視して来る。
数秒遅れた原因は、恐らく目の前の人物から出て来る筈の無い言葉だった為、理解するのに時間が掛かった為だろう。
その怯えた目からは、まるで天変地異の前触れか?、それともこの後に何か無理難題を突き付けられるのか? とでも言いたげな感情が読み取れた。
その様子に、ローズは内心うんざりしながらも、恐怖で固まっている使用人を安心させる為にと、優し気な笑顔を作り見つめ返した。
しかし―――、
「ひぃぃっ! し、失礼します!!」
と、使用人は安心する所か、ローズの笑顔を見て悲鳴を上げながら逃げて行ってしまった。
このサイクルが先程から幾人の使用人で繰り返されていたのだ。
「まただわ。本当に困った物ね」
ローズは、自身の計画の前途多難さにため息をついた。
「本当に失礼な奴等ですね。お仕置きしますか? それとも調教ですか?」ハァハァ
後ろに付いていたフレデリカが、先程からの使用人の失礼な態度にそう言って来た。
同僚な筈なのだが、既にローズの犬と言う自覚が出て来た為か、主人に対する無礼な態度に少しばかり憤慨しているようだ。
自らの発言した内容の後者部分に自身で興奮している所を見ると、M気質だけでなくS気質の素養も有る様だった。
「いいえ、フレデリカ。私が調教を施すのは貴女にだけよ。他の者は放っておきなさい」
「は、はいぃ! お嬢様!」ビクンビクン
自分にだけと言う言葉に激しく反応したフレデリカは満面の笑みで身体を震わせている。
お嬢様に選ばれた者と言う優越感に浸っている様だ。
『ち、ちょっと、方法間違っちゃったかしら?』
ローズは、目の前の少々絵面的にR15ラインを越えようとしているフレデリカの愉悦顔を見てそう思った。
そして、そのフレデリカの姿に、何故か心の奥底がムズムズとする未知の感情が微かに蠢いているのを、気付き出していた。
『これ何なのかしらね? なんだか落ち着かないわ。まっ良いわ。取りあえず調教って言っちゃったからには、何かフレデリカをガッカリさせない様に満足する方法を考えなくちゃいけないかしら?』
ローズ自身も着実に間違った方に進んでいるが、その事には気付いていない様だった。
『取りあえずフレデリカはこれで良いとして、『あたし幸せ計画』にはまだまだ難問が待ち構えているのよね~』
この計画の目的は、このゲームの主人公であるエレナからイケメンを奪われない様にすると言う事。
それには大きな壁が立ちふさがっていた。
一つは、父である伯爵を存命させる。
但し、それに関してはゲーム中の強制イベントだった事も有り、どれだけ策を練ろうと回避不能な可能性も有る為、その保険としてこの屋敷の使用人達を今の内に自分側に引き入れておく必要が有るとローズは考えている。
即ち、伯爵が死んだ後も使用人が離れて行かなければ、伯爵家は傾かず存続するだろう。
取り巻きのイケメン達もそれなりの家の者ばかりだ。
国王からの提案で、誰かを伯爵家に婿入りさせると言う話が来てもおかしくない。
もう一つの壁は、エレナをこの屋敷で雇わせない事。
主人公さえいなければ、ゲームが始まらない。
イベントさえも起こらずにこのまま幸せな日々が続くのではないか?
しかし、これに関しても、ローズは難しいと考えていた。
エレナがこの伯爵家に雇われた経緯は一切出て来ない。
ゲーム開始時には既に伯爵家に仕えて居たにも拘らず、登場人物達の殆どが初対面の対応をしている。
よく考えると謎の人物なのだ。
たまにエレナ自身のモノローグで語られる過去からすると間違いなく庶民の出の筈だが、それにしては礼儀作法も備わっており、基礎知識も高くただの一般人とは思えない節が多々あった。
ローズはプレイ中、『ゲームだし主人公補正かしらね』としか思っていなかったが、敵として認識した今、改めて分析するとその
全ての行動がエレナにとってプラスとなる。
恐るべし、主人公補正! と言う所であった。
伯爵が倒れた事が、ローズにとって全ての悲劇の始まりではあるが、周りが離れて行く直接原因はローズの傍若無人だけとは言えない。
イベントの随所で、エレナが悲劇のヒロイン振りを醸し出して、周囲の皆を伯爵家から離反させる扇動している様な描写が見受けられたのだ。
勿論プレイ中の視点はエレナに有るので、今までの虐め逆転のカタルシスにより『ざまぁww』とローズの凋落していく様を内心笑っていたのだが、ローズとなった今では、あれは全て計算だったのではないか? そう思えてならないとローズは考えている。
『そもそも伯爵が不在の中、誰が新しいメイドを雇う事を許可したと言うの? 絶対おかしいわ。ゲーム設定と言う運命力によって、何が有っても伯爵家に雇われる事になるかもしれない』
あとは、各イベントが始まる前に辞めさせると言う手も有るが、それに関しても難しいのではとローズは考えている。
なんせ、ローズはこのゲームは全ルート制覇するまで、この三日間何週もしたのだが、そこにはエレナがローズに辞めさせられると言う展開は無かった。
辞めさせられ
『無理に辞めさせようとすると、それを口実にあたしの排斥イベントが発生する可能性が高いわ。幾つかの好転イベントはそれによるものだったし。本当に厄介な相手だわ。取りあえずエレナが居ない間に、伯爵の存命への模索と周囲の人間関係の回復を目指しましょうか』
そこで、ふとローズは有る事に思い当たった。
『あれ? そう言えば伯爵ってどんな人? ゲームに出て来なかったから姿も分からないわ』
そう、シナリオのキーである筈の伯爵であるローズの父親に関して、素晴らしい人物と言う評価をする言葉は出て来たが、ゲーム開始から終盤に亡くなるまで本人は一切登場しない。
葬式の際の遺影となる肖像画も、かなり引きの背景画像であった為、うっすら髪の色がローズと同じ金髪であった程度しか分からなかった。
『どんな人なのかしら。ちょっと楽しみだわ』
初めて見る伯爵に興味が湧いたローズは、食堂で待つ伯爵に早く会いたいと思い進む足が早まった。
早まった理由は、勿論空腹に耐えるのがそろそろ限界を迎えて来た事も大きな理由ではあった。
「お嬢様! 何処へ行かれるんですか? 食堂はこの部屋です」
ゲームでは出て来なかった伯爵の素顔と貴族の食事、その二つの事で舞い上がったローズは食堂に気付かずにそのまま通り過ぎようしていたので、フレデリカが慌てて声を掛けて来た。
「あら、ごめんなさい。少し考え事をしていたわ。あとでご褒美をあげるわ」
誤魔化す為にそう言って、右足をそっと差し出す素振りをした。
フレデリカはその意味を理解して口を綻ばせる。
確実にダメな方に進んでいるが、ローズは既に芽生えた未知の感情に酔いしれ出している事に気付いていなかった。
コンコン。
「お父様お待たせいたしました。ローゼリンデです」
扉の前に立ち、ノックして中で待っているであろう伯爵に対して、そう告げた。
『おぉ、遅かったなローズよ。早く顔を見せておくれ』
中から、とても渋くそれでいて優しい声が聞えて来た。
俗に言うイケボと言う奴である。
更に言うとローズのドンピシャな声であった。
『うわっ、これ絶対カッコイイ奴やん! 楽しみだわ』
嬉しさのあまり思わず大阪弁になるくらいの衝撃を受けたローズは、急いでノブに手を掛け扉を開けた。
そして、開かれた扉の先、元の自分の部屋どころかマンション自体入りそうな大きな食堂の真ん中に置かれた、その広さに負けない位の大きなテーブル。
その上座の椅子に座っている伯爵の姿。
その光景を見た瞬間……。
『イケメンキターーーー!!』
ローズは心の中でガッツポーズを取りながら絶叫した。
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