屋敷にて

 屋敷に着くと、案の定名前はセバスチャンと思しき人物が出迎えた。


「おかえりなさいませ。坊ちゃん」


 そういって腰を折る姿は、まさに執事のそれで。

 どこが裕福な一般人よ。十分すぎるボンボンじゃない。


 ただ、ここまで筋金入りだと誘拐だのなんだのといった不安はなくなってきた。

 この男の容姿でこの家庭、交際を求める女性は引く手あまただろう。


「ありがとう、客人を連れてきた。もてなしを頼むよ」


「かしこまりました」


 そういってセバスチャン(仮)は、準備のためかもう一度屋敷へと戻っていった。


「黒子さんはこちらへどうぞ」


 なによ黒子って……まあ、名乗ってないからこちらにしか非は無いのだけれど。


 名前への文句は筋違いだと思い、素直についていくと行きついた先は屋敷ではなく、古い物置小屋だった。


「少しお待ちください」


 そういってリクは、物置小屋に入っていった。

 やがて扉があき、中に通された。

 そこに広がっていた光景は、紛れもなく研究室と呼べるそれだった。

 散乱された書物、つぼ型の試験管に怪しい薬品など、マッドサイエンティストの住処がそこにはあった。

 部屋を物色していると、本棚の前で横たわっている人影があることに気づいた。

 横たわっているというよりかは、本に埋もれているといったほうが正しいかもしれない。どうやら本棚がひっくり返ったらしい。

 本に埋もれている人物に向けて、リクが話しかける。


「コウ、あなたにお会いしたいという方を連れてきました」


 その人物は、本に埋もれたまま返事をした。


「嘘つけ。今の俺に会いたいやつがいるわけないし、俺も誰にも会いたくない」


「嘘ではありません。ここ三日間ずっとあなたのことを探し回っていたみたいです」


 そういってリクは私に視線を寄越し、自己紹介の空気を作ってくれた。


「初めまして、赤城コウさん。あなたを探していました」


「動機に心当たりがない。めんどくさそうだから帰ってくれ」


「嫌です。あなたにお会いするために、海を渡ってきました」


 私の突然の告白に、本に埋もれていたコウだけでなくリクのほうも衝撃を受けたようだった。ただリクは、それで得心がいった部分があるようで、なるほどそれでか、なんて呟いている。


 コウは、本に埋もれていた顔を出して初めて私の顔を見た。


「ならばお前は不法侵入者というわけだ。今も目深にかぶっているそのフードを取ってもらおうか」


 そんなことお安い御用である。私は特に何のためらいもなくフードを外し、素顔を晒した。


「なるほど、それで騒ぎにならなかったわけか。じゃあ?本当の顔を見せてみろよ」


 そういった彼の顔はとても嗜虐的で、サディスティックな一面を垣間見た気がしたが、あいにく私にマゾヒストな性癖はない。しかし、ここで本当の顔を見せるのには少なからず勇気が必要だった。ならばと思い、交換条件を思いつく。


「私の本当の顔はもちろんお見せしますし、経歴や素性の一切も明かします。ですから、これからお話しすることに協力していただけないでしょうか?」


「そんなもん内容次第だ。死んでくれと言われても死ぬことはできない」


 まあ、当然の流れだろう。当然のことだけに覚悟はしていたが、心の準備ができていたかと言われればできていないと答えるほかない。呼吸が浅くなっている。口の中が緊張で乾いてきた。

 この人相手に今からいうことをお願いするのは、この世界で私しかいないんだろうな。だってそれは、とても惨いことなのだから……。

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Seven-eyes 夜多 柄須 @h38flight

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