酒場にて


 とある酒場。

 荒くれ者しかいないような場所で、廃れた漆黒のローブを羽織ってフードを目深にかぶり、口元も黒い布で隠すという、一際怪しい人物が店中の視線を独占していた。

 その人物は煩わしい視線を無視して、カウンター席から店主と思われる人物に詰め寄っていた。


「ほんとに知らないの?あの赤眼の悪魔を」


 店主は冷静に対応こそしているが、あまりのしつこさに内心ウンザリしていた。 ちなみにこの質問は、五回目だ。 


「何度も言いましたがまったく聞きませんね。今じゃ彼もこの街に居場所がなくなって放浪してるって噂ですよ」


 一方の怪しい人物も、あまりの情報の無さと、不愉快な視線のせいでイライラが堪っていた。


「あっそう、街一番の情報屋と聞いてきたのだけど、どうやらその情報がでたらめだったみたいね」


 代金をカウンターに置き、無言で去ろうとするその背中に、店主が独り言のように問いかける。


「今更あの男を探し出してどうするつもりなんだか」


 するとその人物は扉に伸ばしかけていた手を止めて振り返り、酒場全体に聞こえるように少し声を張って答えた。


「決まってるわ。悪魔を倒す手伝いをしてもらうのよ」


 その言葉で酒場の雰囲気が変わる。若干の騒がしさのあった店内はシンとした静寂に包まれた。

 店の一番奥に一人座っていた老人が厳かに口を開く。


「それは本心で言っているのかい?」


 ローブの人物も強い口調で言い切る。


「もちろん冷やかしなんかじゃないわ。私は本気よ」


 その言葉に反応して、扉の付近にいた男ども三人が立ち上がった。その中でも一番大柄な男が歩み寄る。ローブの人物を見下ろしながら男は言った。


「おい、お前。赤眼じゃねえな?今、一族の中でそんな発言ができる奴なんていないはずだぜ」


 店内に先ほどとは比べ物にならないほどの緊張感が漂う。否、緊張感ではなく殺気と呼ぶべきか。

 店内の雰囲気が、顔を晒せと言っている。


「はぁ……」


 心底鬱陶しそうにため息をつく。やはりこの世界では、どこに行っても一族の壁というものが存在するのだ。

 荒くれ者どもの殺気を全身に浴びつつも、その人物は怯むことなくフードを外し、己が素顔を晒した。

 その瞳は紛れもなく赤色と認識できるものであり、髪もまた同様に赤色だった。


「わかってもらえた?」


 店内の空気が弛緩する。先ほどまで感じられた殺気は綺麗サッパリ消えていた。


「お前、女だったのか」


 彼女に詰め寄っていた男は、その事実に日和っているようだった。

 無理もない。彼女の容姿はとても洗練されたものだった。少し吊り上がった切れ目は凛々しく、シュッとした鼻筋に、桜色の唇。

その全てのパーツがこれでもかというほど綺麗な卵型の器に配置されていた。ただ、肩まで伸びた真っ赤な髪だけは少し違和感を感じが、その違和感も些細な問題に過ぎなかった。


 女は視線が好意的になったことなど気にも留めないで、口元を隠してフードをかぶり、そのまま出て行った。

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