Seven-eyes
夜多 柄須
紅の記憶
真っ赤に染まった視界に入るものは、次々に斬られていく仲間の姿。
そんな光景を、ただ地に這って眺めることしか出来ない。
--終わったな。俺の人生もこれまでだ。
先まで感じていた痛みが、今では消えている。
臨終を迎えた俺にとっては、全身の痛覚を奪われていたため目を開けていることが唯一の苦痛だった。
それでも開けているのは見ている人、見たい人がいるからだ。
仲間が全員が倒れている、こんな絶望的な状況でも決して顔を下げず、毅然とした態度で悪魔と対峙している人。
そして、その人にも臨終の時が来た。
残された力を全て使った大技【炎舞突】が呆気なくはじかれ、がら空きとなった腹部に悪魔の剣が刺さり、引き抜かれる。
大量の血を吹き出し、その人は倒れた。
『人間にしては、骨のあるやつだったがここまでだろう。せめてもの褒美だ、楽に殺してやる』
鼓膜を震わせるその声は、一糸まとわぬ身で雪原に放り出されたような、寒気と呼ぶにはいささか甘すぎる感覚を全身に味わわせる。
しかし、その人、暁アカネは最後まで抵抗しようとする。
それが、俺には理解できない。
もう死は確定している。
殺されるのも時間の問題だ。
なら、なぜそれを覆そうと足掻くのか?
どうして、諦めることが出来ないというのか?
人間にとって、諦めるということは、他のどんなことよりも簡単なことであるというのに……
動かない足を置き去りに、腕を伸ばし必死に喰らいつこうとする。
彼女の眼を見ることは出来ないが、きっとまだ輝きを纏って鋭利に光っていることだろう。
だが、無情にも悪魔は彼女の背中に剣を突き立てた。
『素敵な墓標だ。いつか花を添えてやる』
背中に深々と剣が刺さり、ついに力尽きた彼女。
その姿を見て、俺は自分を忌避しながらも、安心していた。
--これ以上、彼女の苦しむ姿を見なくて済む。
そんなことを思った。
そして、俺の真っ赤な視界も徐々に狭まっていき、閉ざされようとしていた。
刹那、
「うぅぅ……、ううう」
力を振り絞るような声。
必死に運命に抗おうとするような声。
絶対に諦めない、そんな意思がはっきりと伝わる声。
--嘘……だろ……
頭に目覚ましのような警鐘が鳴り響く。
閉じかけていた目が自然と開き、漆黒にのまれかけていた視界に、再び光が差し込んだ。
悪魔も信じられない光景を見ているようだ。
彼女は、起き上がったのだ。
背中に剣を突き立てられながら、腹から大量の血を吹き出して……
気がつけば、俺は血を吐きながらも、叫んでいた。
痛覚が飛んでいなかったら、張り裂けそうな喉の痛みに耐えきれなかっただろう。
「やめろ、アカネ!もういいんだ!」
「俺たちはよく戦った!今まで誰も見ることが出来なかった、第4形態まで見ることが出来た!」
「それで十分じゃないか!」
心からの言葉だった。
全部で5段階まであるという悪魔の形態を、今まで誰も見たことのない第3形態まで暴いた。
長い歴史で見ると、これは物凄い功績だ。
それで十分じゃないか。
しかし、彼女は、俺の言葉が聞こえているのかいないのか、一矢報いようと立ち上がる。
もう頑張るなよ。
十分すぎるほど頑張ったよ。
お前にそんなに頑張られると……
--俺が惨めになるだろ。
子どもの頃、近所のヤツにバカにされた時から努力を積み重ね、【赤眼の悪魔】とまで呼ばれるようになった。
一族始まって以来の最強の戦士だとはやし立てられ、伝説を次々と作り替えていき、悪魔討伐確実とまで言われていた。
そんな俺でも心を折られた。
第三形態となった悪魔とは剣を交わらせることさえも出来なかった。
その時点で戦意はとっくに失せていた。
勝てる術がない。
一瞬で誰もが理解した。
それなのに……。
「なんで、まだ立ち上がるんだ」
そんな言葉が自然と口からこぼれていた。
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