第4話 シーグラスのクラゲ
島には朝晩二回、船が来る。土曜日の船からはいつもよりたくさん乗客が降りてくる。
「あれはね、患者の家族だよ。一晩泊まって日曜日の午後に帰るの。」
陽子は遠目に港を見ながら教えてくれた。島には長期療養者のための病院があるのだそうで、そこの患者の家族がお見舞いにくるらしい。病院は僕らがいつも会う岩場のすぐ近くだ。振り仰げばすぐに建物が見えるぐらいに。
「小児科があるんだよね。お年寄りの家族なんかはたまにしか来ないけど、子どもの親はそうじゃないでしょ。たいてい母親が付き添っていて、父親が毎週会いにやってくる。毎週じゃなくてもできるだけ。だから土日は船が混むんだよ。」
そんな事を言いながら波にサンダルの足先を遊ばせている陽子には、見舞い客はないのだろうか。まず間違いなく陽子は、その病院の入院患者なのだろうに。
「だから土日は抜け出しやすいんだよね。人がごちゃごちゃするから。」
そう話す陽子の息遣いがいつもよりちょっと荒い。日に焼けてわかりにくいけれど、顔色もたぶん良くない。
具合が悪いんじゃないの? こんなところに来てないで寝てなよ。
本当はそういうべきだったのだろうけど、僕には言えなかった。そんな事を言い出せば、病院を抜け出して海に入っていいわけがない。海でしか会わない僕と陽子の関係は、そもそもそこを無視しているから成り立っている。
「浜の方に行こっか。」
陽子はスッと海を進み出す。岩場を回った先はちょっとした砂浜になっていて、そこからは港が見えない。陽子はぎりぎりまで泳いで、それからちょっと辛そうに波打ち際を浜まで歩いた。
「ここ、シーグラスがいっぱいあるんだよね。知ってた?」
陽子が示した先には親指の爪ほどのシーグラスが、確かにたくさん落ちている。潮の加減で砂浜の隅にたまるらしい。
空色、緑、茶色、白。
一つだけ、黄色いのがあった。大きさもちょっと大きい。
「珍しいのを見つけたね。良かったじゃない。」
拾った黄色いシーグラスを日にかざすと、陽子がそう言って笑った。
「ヒトデっぽい色だもんピッタリだよ。」
「ヒトデって黄色いの?」
そう尋ねると首を傾げる。
「そういえばどうだろう。そうでもないかな。でもそんなイメージだよね。ゲームとかアニメのせいかも。」
確かに有名なゲームに出てくるヒトデモチーフのキャラクターは、黄色というか薄茶色をしている。レベルが上がれば紫になるのだ。
「黄色は珍しいんだ?」
白っぽく曇った黄色は案外濃い。元々はもっとはっきりした黄色だったのかもしれない。
「珍しいよ。だってシーグラスって元々は瓶だもん。ジュースとか、ビールとかの。黄色の瓶ってあんまり見ないでしょ。」
言われて見ればそんな気もして、僕はなんとなく黄色いシーグラスをポケットにしまった。
「おばあちゃん、ヤスリかして。ガラスに絵が描けるやつ。」
陽子に三日続けて会えなかったその日、僕は昼食後に祖母に頼んで電動ヤスリを借り受けた。祖母が電動ヤスリを持っているのは、小学生の時に自由研究のために借りた事があるので知っていた。
うろ覚えのヒトデを簡単に紙に書き、それから黄色いシーグラスに下描きする。一番細いヤスリで下描きをなぞると、薄黄色に曇ったシーグラスにはっきりした黄色の線でヒトデが描かれた。
何をしているのかと言えば、たぶん意味のない事をしている。あの日、具合の悪そうだった陽子を思い出すと、会えずにいることが不安だった。不安だから、何か陽子ためにしたかったのだろう。
シーグラスにクラゲを描く事がどう陽子の役に立つかというと、皆目見当もつかないが。
僕はそれから毎日ポケットにクラゲをつめて海に向かったが、結局陽子にクラゲを渡せたのは、一週間以上たってからだった。
「なにこれ、クラゲ?」
クラゲのシーグラスを渡すと、陽子は楽しそうにきゃらきゃら笑った。今まで見た陽子の表情の中で、一番楽しそうな笑顔だ。陽子は前に会った時よりは少し顔色がいいように見えた。
「ありがとう。すっごく気に入った。クラゲって言われてこんなに直球でクラゲを描いてくるなんて凄いよ。」
なぜだか褒められている気はしないが、陽子は喜んでいるみたいだからいいとしよう。
「うん、決めた。海斗にあげよう。」
ひとしきり笑ってから、陽子はそんな事を言った。
「秘密の場所に連れてってあげるから、ちゃんとついてきてよ。」
陽子はそう言って、その場所に僕を連れて行ってくれた
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