37.血に染まる剣戟
夜人と白夜が織りなす斬撃の束が、サンの逃げ道を塞ぐように襲い掛かる。
サンは時に剣で防御し、身を捩って回避をし、二人の攻撃をいなしていく。だが、夜人と白夜の猛攻は容赦ない。
夜人は片腕だが、血を得て取り戻した活力をフルに使って、刀を操っていた。
身体が軽い。刀を振るう腕が軽い。左腕を失って崩れたバランスを補って余りある感覚性の向上。両足はしっかりと地面を捉え、時に踏み込み、地から得る反発のチカラを無駄なく腕に伝えて斬撃の切れを上げる。
が、それだけではサンの動きはとらえきれない。
秒を刻むごとに良くなっていくサンの動きを見て、夜人は今までのサンがいかに手を抜いていたのかを思い知らされていた。
しかし、今ここに居るのは夜人だけではない。
格段に上昇した夜人の動きのキレ、それでもまだサンには遠く及ばない、至らない部分を白夜が補う。
白夜の動きは独特だ。簡潔に表現すると、影が薄い。夜闇の中、雲に隠れた月光が作り出す薄明かりの中にひっそりと潜む影の形のように、主張が少ない。
しかし、存在はしている。影がある時、それを作り出している白光のように、確かに存在しているのだ。
白夜は夜人の動きを一切邪魔することなく、自然と、気取られず、夜人の至らない箇所を的確に補助して、場を決して劣勢に持ち込ませない。
そして夜人とサンの両方に隙があれば、迷いなく斬り込むのだ。
夜人とサンの斬撃が力強くぶつかり合い、両者が弾かれ、互いのバランスが崩れる。その隙を見定めて、白夜はサンの眼を狙う突きを放った。
「ちっ」
サンが舌打ちを漏らし、それが合図になったように首元に刻まれた傷口から鮮血が飛び出した。
血液は薄いベールのように広がって、正面にシールドを作り出し、白夜の突きを防いだ。
甲高い金属音が鳴り、ピシリと血のシールドにヒビが入る。
少しの拮抗の後、シールドはバラバラに崩れ落ちて、紅血は元の液状に戻って地面に垂れた。
「あぁ、うざいうざいうざい、うざったいなぁ」
崩れ落ちたシールドの影から姿を現したサンがぶつぶつと呟きながら、紅血の剣を夜人の首に向けて振り上げる。けれども言葉の内容に反して、その口元は薄い笑みを決して崩さず、サンは冷静に夜人に剣を向けていた。
「っ!」
夜人は黒刀でサンの剣を受け止め、カウンターの斬撃を放つ。サンは身体を捻って躱そうとしたが、切っ先が頬肉を裂いて血飛沫が上がった。
サンは顔色一つ変えず、笑みの形を作る口元は決して崩さないまま紅血の剣を唸らせた。
その剣撃は瞬きよりも速く、鋭敏に夜人に迫り、その首を斬り飛ばさんとする。
が、首の肉を裂く一歩手前で、紅血の剣はピタリと静止した。――その剣を受け止めたのは白夜の刀。
白夜はそのままサンの剣を押し上げると、空いている片方の手平を真っ直ぐ正面に差し向けた。
「――紅血技(ブラッドクラフト)」
白夜が静かな声でそう呟いたのと同時、彼の手首に真一文字の切り傷が浮かび上がり、そこから血が吹き上がる。
舞い上がり、宙に浮いた鮮血はひとりでに短刀の形をとると、サンの顔面に狙いを定めた。
その紅血の短刀はノータイムで容赦なく射出され、サンに襲い掛かる。サンはそれを見て少し目を見張ったが、片手を上げ、短刀の刃を受け止めた。
短刀の切っ先は手平の肉を切り裂いて、そのまま貫通した。サンの手平に大きな穴が穿たれて、生々しい肉の内側が露わになる。
「あぁ、痛いなぁ。痛いイタイいたい痛いイタイ痛い痛い痛い痛い……」
サンが狂気的に笑みをこぼし、それに合わせてドクドクと掌の傷口から血があふれ出す。その勢いは留まることを知らず、常人であれば死に至りそうな量の鮮血が一瞬の内に吐き出された。
「ったく、地味だなぁ。地味地味、地味なんだよっ! こそこそコソコソと、闇に潜んでヒトから隠れて! 君たちはそれでいいのかいっ!? なんで
サンが声を荒げると、それに応えるように宙に浮かび上がった大量の血液の塊が脈打って、激しく震える。鮮血は薄く広がって、うねりながらどんどんと伸びていき、巨大な剣の形を成し始めた。
鮮血で出来た剣は強靭に、金属の光沢を持って陽光を反射し、刃は鋭く、厚く、太く、強固に。
血が足りなくなると、サンの手平や首の傷口から更に鮮血が吹き出して補給される。
そうして出来上がった大剣の刃渡りは、優に三十メートルは越えていた。十階建てのビルよりも高い。そんな剣がほとんど数秒もかからず生成されたのだ。
「っ! うそだろっ!?」
「さて、そこそこ運動はできたし。死のっか」
サンが二本の指を重ね、パチリと音を鳴らす。その
剣先で天を貫き宙に浮遊していた紅血の大剣が、大地に向けて振り下ろされる。
「夜人、よけて」
「――っ」
タッと地面を蹴りつけ、夜人とサンがそれぞれ逆の方向に同時に跳ぶ。
巨大な物質が瞬間的に振り下ろされたことにより気圧の変化が起こり、風圧によって風が吹き荒れた。バチンと弾けるような音がそこら中から聞こえてくる。
(でたらめかよ――っ!?)
夜人は陽光を遮った大剣の影にて、心中でそう叫んだ。
そして着地。
三十メートルを超す紅血の刃が、回避した夜人と白夜の間を抉るように着地した。
ズンと大気と地面が同調して轟いて、規格外の鳴動が響き、爆発した。
刃の線上にあった建物が易々と両断され、斬り裂かれた地面に大きな亀裂が生まれた。
「ははっ、あはははははははっっ!! 残念だなぁ、ここにキミたちしかいないのが本当に残念。どうせならヒトが沢山いるとこでやりたかった」
「っぅッ」
豪快にうねって振動する大地の上で、夜人は回避後の着地に失敗し、転がるように地面上を滑った。
もう何が原因かも分からない轟音が周囲から響いてくる。
津波のように大きく地面そのものが押し上げられ、その波に夜人の身体は弾くように押し上げられる。
「がっ……」
重苦しい衝撃が体内に浸透して、骨が軋む。その数瞬、肺が痺れて夜人の呼気が止まった。
「夜人っ」
白夜が夜人の身体を抱えるようにして、そのまま高く跳び上がる。
そんな白夜の足元直下を、紅血の大刃の横薙ぎが滑るように通り過ぎて行った。
(なんて速さだ……っ)
それを視界の端で捉えていた夜人は驚愕する。
たった今真っ直ぐと振り下ろされたはずの超大剣が、もう既に横合いに振り抜かれている。
三十メートルを超す大剣。質量に換算すれば途轍もないはずだし、その大きさであれば、大気から受ける抵抗も尋常じゃない。
それをさも普通の剣のように操って、しかも剣にはヒビ一つ入っていない。普通に考えて、あり得ない強度である。
「ほら、早く死ねよ」
サンの幼い風貌に似合った無邪気な笑顔と共に、振り抜かれた大剣が軽快な動きで切り返されて、目を見張る速度で夜人と白夜を狙う。
刃に押された大気が波打って、大風が荒れ狂う。宙に跳び、夜人を抱えた白夜の身体が暴風によって押され、押し返される。
「……っ。――
白夜は一瞬苦しそうな表情を見せ、空中に血液で薄いプレートを作った。頭上に出来たそのプレートをクルリと一回転しながら蹴りつけて、素早く地面に降り立つ。
彼の頭上を血の刃が通り過ぎ、轟音を鳴らしながら大気を揺らす。
「夜人、このままだとまずい。ここまで派手だと別の被害が出るし、人が集まってくる」
白夜は夜人を下ろしながら早口で言った。
「じゃあどうすんだよ」
「サンを殺す。もう捕縛は無理、殺せばあの剣も消える」
「できんのかよそんなことっ」
夜人は横目にサンを見る。サンは飄々とした態度で、夜人と白夜を見て薄く笑っていた。
「アイツでもここまで血を使えば消耗は激しい。今ならやれる」
白夜がそう言った時、彼らの頭上に影が差した。
「ちっ」
夜人と白夜が前方に跳んで、彼らがたった今居た場所を大剣が抉り壊す。
「僕があの大きい剣を止める。そうしたら夜人がやって」
白夜がそう言って、ぐらつき壊れ、不揃いになった地面を上手く捉えながら、紅血の大剣の先端が位置する方へ向かっていく。
「あぁもう、めんどくさいからばらけないで欲しいなぁ」
気怠そうに呟いて、サンが地を蹴った。サンは白夜の跡を追って荒れた地面を駆けていく。
「……っ、くそっ」
夜人は一瞬放心してしまっていたが、すぐに気を持ち直すと、黒刀を握りしめサンの背中を追う。
だが今の夜人ではサンの速度に追いつけない。サンは一歩足を動かすごとに夜人を引き離し、白夜との距離を大きく縮める。
その間も宙に浮く紅血の超大剣は動いており、一度天へと振り上げられ、白夜に向かって振り下ろされようとしていた。
しかし先ほどに比べて剣速が少し遅い。白夜の言う通り、サンの体力も消耗しているようだ。
だがそれは夜人も同じである。
(やべぇっ、追いつけねぇっ!)
「あははっ、アレばかり気にしてちゃだめだよ」
白夜の背中に迫ったサンが、紅血の剣を振り下ろす。
「っ!」
危うい所で反応した白夜が振り向きざま、血刀でサンの斬り下ろしを受け止める。
「ははっ、ははははっ、よく反応したね。いいよねぇっキミも。ハクヤだっけ? でもさぁ、キミは
サンは血の剣で白夜の刀を押し切ろうと力を込めながら言う。
「いや、別にそんなことはない。分かってくれる人もいる」
「チッ、あぁそうかいっ。でもボクは気に入らないけどね。どっちつかずの
その時――、サンの背後で持ち上がっていた超大剣が振り下ろされて、サンごと白夜を叩き潰そうと迫り落ちてくる。
「――
それを見た白夜は手にしていた血刀を捨て、後ろに跳んで距離を取ると、冷静な瞳でサンを見据えながらパチリと指を弾き鳴らした。
「――《血裂(ボム》》」
白夜が捨てた血刀が変形して、球体の形を取ると不意を突くようにサンへ向かって飛んだ。球体はサンにぶつかる直前にて、膨れ上がって飛び散って、散弾のようにサンの身に降りかかる。
「……っ!?」
鋭く細かい血片が
その隙に、白夜は空中にプレートを次々と生成すると、階段を駆け上がるようにして、迫り来ている紅血の超大剣に自ら立ち向かった。
「――
既に白夜が登り終えた血のプレートが形を変えて彼の元に集まり、宙に巨大な刃を生成する。
三十メートルを超すサンの大剣に比べると、五メートルほどで小さく思えるが、それでも身の丈の三倍近くある巨大な刃。
「――――」
白夜の傍らに生成された大きな血の刃。白夜は振り下ろされる紅血の超大剣を迎え打つように、見えない柄を握るようにして両手を振り上げた。
白夜の血の刃が、その刃渡りの六倍以上ある大剣と接触する。血の刃と血の刃がぶつかり合って、ズンとその場を中心に爆弾が破裂したような衝撃が広がり渡った。
刃の勢いは拮抗し、鍔迫り合いが始まる。
「っ……」
白夜が腕に力を加えて、その白い肌に大粒の汗を浮き上がらせながら、紅血の大剣を押し返そうと奮闘する。
「……あー、あぁ、あぁうざったい。ほんっとに小癪だなぁ。うざいうざいうざい、さっさと死ねよ、あぁ死ね死ね死ね死ね」
上空で大剣の振り下ろしを受け止めている白夜を見て、サンが苛ついた笑みを浮かべながら地面を蹴りつけ、飛び上がった。
その瞬間、サンの背からは蝙蝠のような黒い翼が飛び出して、大きく一度羽ばたくと、白夜の方へ迫る。
「……ッ!?」
が、その中途、ガクンとサンの高度が落ちた。
「――いかせねぇよ……ッ」
宙に一枚作り出した血のプレートを踏み台にして、サンのいる位置に追いついた夜人が、右手でサンの服を掴んでいた。
「てめぇのことは俺が任されたんだ……よ!」
夜人は手に力を込め、サンを引きずり落とす。サンは驚きに目を見張ったまま成すすべもなく、地面に向かって降下した。
が、地面と衝突する直前に受け身の体勢に入り、サンは地上を滑るようにしながら立ち上がって体勢を整える。
「あのさぁ、キミらは不意打ちしかできないのかな?」
「奇襲でここを襲ったお前に言われたくはねぇよ。――
夜人は着地すると同時に
「いいねぇっ、そうだよ。確かにその通りさ」
サンは紅血の剣を片手に、夜人に向かって地を蹴った。
夜人はそれを向かい打って、サンの剣に自分の刀を重ね合わせる。
ギィンと音を立て、剣と刀は一瞬だけ拮抗したが、サンの力に負けた夜人の刀が遠くに吹き飛ばされる。
「――――」
「モロいもんだよねぇ。キミはまだまだボクに及んでない」
サンが嘲笑うように口の形を歪めて、紅血の剣を振り上げ、斬り下ろす。夜人の肩口から腰の辺りにかけて、袈裟型の斬撃が刻まれる。
焼き付くような痛みと熱。
夜人の表情が痛みに歪む。
――――が、しかし、夜人が歪ませたその口元は、よく見ると笑みの形をとっていた。
「……だとしてもさ、お前もお前で油断し過ぎだと思うぜ?」
気が飛びそうなほど鋭敏な痛みを、口の中の肉を噛み切ることで意識を分散させ、何とか堪えた。
最初からこの斬撃は受けると分かっていたからこそ、意識を保っていられた。
夜人の身体に斜めに走った切り傷の内側から、大量の血が吐き出され、その鮮血は意思をもったようにうねりながら一つに集まり、刀の形をとる。
夜人は迷いなくその柄を掴むと、剣を振り切ってガラ空きになっているサンの胴体に向け、渾身の斬撃を放った。
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