35.ダンピールとディフレンターⅠ




「あ、コレが気になる?」


 サンが手に持って、だらりと剣先を下げている血の剣に夜人が注目していると、サンが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 初めて見る技術だ。一見、魔法を使っているように思えるが、少しも魔力の気配を感じない。

 未知の技術だ。十分に警戒しなければならない。


 夜人が刀を強く握りしめ、守りの体勢を取る。


「まぁ、それだけ吸血鬼ヴァンパイアのことに無知だったらコレを知らないのも無理ないか。でも詳しく調べれば、まだ本とかに残ってると思うよ。独善的で、自らのチカラに驕って、吸血の衝動に惑わされ、人間様に牙を向いた愚かな愚かな吸血鬼モンスターが使ってた技だってね」


 武器を構えた夜人が目の前にいると言うのに、サンは脱力した姿勢で滔々と語り続ける。


紅血装ブラッド・アルマって呼ばれてる」


 血の剣を軽く持ち上げて、サンが何気なくその剣先を眺めた。


「ちょうど今、キミが使っている“魔導武装ソレ”の元になった技術さ。キミたちが真似(まね)たんだよ。便利な技だからねー。これなら何処でも楽に武器を持ち運べる。あ、ヨルトにも使えると思うよ? 吸血鬼ヴァンパイアの血さえ流れていれば、そんなに難しい技術じゃない」

 

 「あと、こういう技もある」と、サンが血の剣をおもむろに持ち上げ、軽く振った。


 ドロリと血剣の先が液状化して、一つの小さな血塊が分離して宙に浮く。それらの血塊は小さな刃の形を取ると、夜人に向かって射出された。


「っ!」


 夜人は咄嗟に飛来した血の刃を弾こうと刀を振った。だが、刀と接触する直前、血の刃は軌道を変えて、夜人の首元を狙う。


「――《発風ヴァン》!」


 夜人が叫び、それに呼応するように横殴りの風が吹きつけた。血刃はその突風に押され、首元スレスレを過ぎていく。

 その際、首の薄皮が数ミリ切れて、少し血が流れた。


「……っ!」


 夜人は横目に血刃が遠くに飛んで行ったことを確認して、正面で笑っているサンに視線を戻した。


「すごいでしょ?」


 サンが首を傾ける。


「まぁ、紅血装ブラッド・アルマとほぼ同じだけど、こっちは紅血技ブラッドクラフトって言われることが多いかな。今のはほんの一例だけど、他にも色々ある。結構自由な技だよね、コレは」


「……どういうつもりだ」


 夜人は、わざわざ手の内を明かすようなサンの行動の意味が分からず、溜まらずそう言った。


「え? なにが?」


「お前は……っ、俺のことを殺したいんだろっ? なら、俺だってお前のことを殺すつもりで抵抗する。じゃあ何で、わざわざ俺に手の内を見せるんだよ……っ」


「あぁ、なるほど。いや、別に変なつもりはないよ? 単純にヨルトに見せてあげたくなっただけさ。ほら、がっつり戦闘が始まっちゃったら、説明する暇もないだろうし……。うーん、でも、そうだな。それが納得できないって言うんなら、理由をつけようか?」


 そう言って、サンは一瞬考え込むような仕草を取ると、「あっ」と呟いて、夜人を見た。


「だって、不公平じゃん。ボクはヨルトが魔法や魔道武装ソレを使ってくるってのを知ってるのに、キミはボクが使う技を知らないっていうのはさ」


 それを聞いた夜人は、顔をしかめる。調子の良い事を言う目の前の相手に、不快が募った。

 ふとした瞬間に忘れそうになるが、この少年は大量の魔道人形化け物を引き連れて学園を襲った張本人なのだ。


「……いきなり学園を襲撃してくるようなヤツが、不公平を語るのか?」


 すると、サンは驚いたように目を見張って、一瞬固まる。そして、肩をふるふると震わせながら笑い声を上げた。


「あはっ、あは、あははははははっ!! ふふっ、ふふふ、あぁ、確かにその通りだね! その通りさ! ボクは不公平かどうかなんて微塵も気にしない。どんな手を使っても、人間たちに復讐をするつもりでいる。でもヨルト、キミはいいねぇー、面白い。あぁ、ここで殺すのは惜しいかも。惜しいなぁ。ほんとに惜しいなぁ。キミの中に人間の血が通ってなかったら、本当に仲間になって欲しかった。あぁ、惜しいなぁ。ふふっ」

 

 くすくすと笑うサン。


「でもダメだね。ダメだ。だめダメ駄目。だめだめだめだめだめだめ。キミの半分は人間だからさぁ。……やっぱり殺さないと。……だめだよー―」


 不意にサンが顔を俯かせて、ブツブツと何かを呟く。しかし、それはとても小さな声で、夜人には彼が何と言ったか聞き取れなかった。

 

 ピクリと、サンが血の剣を握っている手が震える。段々とその度合いは大きくなって、腕がブルブルと発作でも起きたように不気味に振動し始めた。


「――――ッ」


 ふと、何の前触れもなく、サンが夜人に肉迫して、血の剣を振り下ろした。恐ろしいスピード。だが、先に一度、サンの速さを体感していた夜人は、何とかギリギリのところで反応することが出来た。


 黒刀で血剣を受け止める。

 キィンッと金属同士がぶつかり合ったような音が鳴り響き、力の余波が伝わって夜人は思わず一歩後ずさった。

 だが、何とか踏ん張ってサンの剣を押し返す。が、さらに力が加えられ、夜人は苦しい表情を浮かべた。


(やばい――っ)


 少しの間の鍔迫り合いの後、押し切られると判断した夜人はパッと剣を引いて後ろに退がった。


「――あははっ、よく反応したねっ?」


 サンは後退した夜人に張り付くように前進し、連続で剣を振る。


 技術もかたも何もない荒々しい剣撃。ただ純粋に速く、力強いだけの剣。サンが行使してくるそんな剣は、一瞬でも気を抜けば命が無くなると確信させる程の苛烈さを極めていた。

 異常な程の反射速度と身体能力を持つサンにとって、剣の技など不要なのだ。意味のない事。ただ相手を殺そうと、思うままに剣を振ればそれで事足りるのだから。


「――っっぅ!」


 刀と剣がぶつかり合う音と衝撃が連続して響く。秒の間に数十を超す応酬が交わされる。文字通り目にもとまらぬ剣戟。

 

「あは、ふふっ、はははっ」


 何が可笑しいのか、サンが笑い声を上げる。

 つまり、笑いを上げるだけの余裕があるということ。


 サンが剣を振るう度に、少しずつ夜人が後退していく。そうせざるを得ない。サンが繰り出す怒涛の剣撃に、何もすることが出来ない。守りに徹しても、一切気を抜くことが出来ない。


 だがしかし、このままだと何も好転しない。そう思って、夜人が反撃の初動を起こすと、頬に強い痛みが走った。

 

「っ!」


 頬の一部がパックリと綺麗に裂けて、だらりと血が流れだす。


(やっぱ無理だ……っ! くそっ、身体が付いて行かねぇっ)


 サンの実力が自分より高みにあると判断して、夜人の中に微かな動揺が生まれる。


 ――紅血の剣が数度瞬いた。


 その刹那、夜人の身体のあちこちに鋭い熱が生まれた。二の腕と肩口、腹の横と、太腿の近くにスッパリと赤い線が刻まれて、そこから血が噴き出す。


「っ! ――《雷撃ライトニング》ッ」


 出し惜しみすれば終わると判断し、魔力の消費量は考えず、なりふり構わず魔法を発動させた。魔法を構成する上で、本来調節が必要な過程を、膨大な魔力を注いで強引に乗り越える。


 バヂッと夜人を基点に弾けるように紫電が走り、周囲一帯が電流の荒波で包まれた。


「……っ」


「ふーむ。何だか苦しそうだね」


 瞬きの合間に電撃の効果範囲外にまで後退したサンが、胸を押さえて荒い呼吸を繰り返している夜人を見て、首を傾げた。

 そして、何かに思い当たったように、「あぁ」と頷いた。


「もしかして、血が足りてないのかな……?」


「っ!!」


「図星かぁ。なるほど、どういう訳かはしらないけど、キミは満足に血を飲めていないんだ。しかし、それでここまで動けるんだね。いくら半吸血鬼ダンピールって言っても、ちょっと信じがたいね」


「ちっ!」


 夜人は舌打ちを漏らして、今度は自分から仕掛けに行く。地を数度蹴って、サンを間合いに捉えると、斬り上げるように刀を動かす。

 サンはそれを軽く上体を逸らすことで躱して見せた。

 だがもちろん夜人の攻撃はまだ終わらない。


 躱されたその瞬間に刀を切り返して、速度を重視した連撃を放つ。だがその一つ一つを、サンは手にした血刀も使わずに易々と躱していく。それどころか、口を開く余裕まであるようだった。


「ねぇ、ヨルト。最後に血を飲んだのはいつ? その時どれくらい飲んだの?  一昨日? 三日くらい前? 人間一人分くらいかなぁ。あぁ、せっかくなら万全のキミと戦ってみたかったな。残念だ。すごく残念」


「あぁ! くそ!」


 嘗められている。夜人は額に汗を浮かせ、呼吸をする間も惜しんで刀を振り続ける。が、まるで当たる気がしない。

 上空で燦々と輝いている太陽が鬱陶しい。本当に邪魔だ。


 容赦なく降り注ぐ陽光に当たる時間が増えるに連れ、夜人は自分の身体から力が抜けていくのを感じていた。

 そして、それに合わせて渇きが、飢えがどんどん大きくなっていく。


 ――血が足りない。


 今も傷口から血が流れているせいで、血が足りないという意味ではない。

 夜人は今、自分の口から、誰かの血を飲み込みたくて仕方がなかった。身体が血を欲している。血が足りないと叫んでいる。吸血をしないとダメだと。


 二週間以上前、ティーナが夜人の前に現れた時以来、夜人は一度も血を口にしていない。

 その日から、日に日に吸血の欲求が高まっていることを夜人は感じていたが、必死にそれを押さえてきた。

 昨日、かえでと血を流す戦闘を行ってからは、血が飲みたくて飲みたくて、もう頭が狂いそうだったが、何とか理性で堪えていたのだ。


 だって、今までは大丈夫だったのだ。自分が半吸血鬼ダンピールだと知るまでは、血を飲まなくても大丈夫だった。だから大丈夫だと、自分を説得した。


 夜人が何故そんなことをするのか。

 正直に言えば、血を飲むという行為に抵抗があったのだ。

 別に吸血鬼の生き方を否定するわけじゃない。だけど、ほんの少し前までは夜人は“人間”だったのだ。これは感情の問題。頭で考えてどうにかできる事じゃない。


 だが夜人は、そんな風に吸血を避け続けてきたことを、今になって後悔していた。


 もし、そのせいで、夜人がここでサンに殺されてしまえば、何の意味もない。

 何の意味もないのだ。


夜人がここで死んで、それを小夏やティーナ、夜人の家族が知ったら、どう思うだろうか。

 ――そんなこと、考えたくもない。


「あぁ、悪いねヨルト。ボクは血の保存瓶なんかは持ち歩かない主義なんだ。というより、保存された血の味がどうも嫌いなんだよ。持ってたらキミに渡してもよかったんだけど、持ってないんだからしょーがない」


「……ッ!?」


 その時、夜人が全力で振り下ろした刀がピタリと停止した。

 サンが片手で刀の先を摘まむように受け止めたのだ。夜人は刀に力を込めるが、少しも動かない。押すようにしても、引こうとしても、まるで動く気配がしなかった。


(ウソだろ……っ!?)


 この少年は本当に吸血鬼ヴァンパイアなのか。この眩しい陽が照りつける状況を、本当に何とも思っていないようだった。半分が人間であるはずの夜人ですら、今すぐ影に逃げ出したい程だと言うのに。


「これ以上続けても、意味はなさそうだね」


 淡々とそう言って、サンはパッと夜人の刀から手を離す。


「っ……」


 引き抜こうと力を込め続けていた夜人は、その拍子に数歩後ずさってしまい、バランスを崩す。

 その瞬間、視界の端でサンが構えた紅血剣がブレて、左腕に燃え盛るような熱が弾けた。同時、左の腕が軽くなり、異様な喪失感を得る。



「―――――ぁ」

 

 ゆっくりと夜人が自分の左腕に視線を向ける。



 ――左腕の肘から先が無くなっていた。


「っっっ!!?」


 スッパリとキレイな断面の肉と骨が露わになっている。ハッとサンの方を見ると、彼の手元には“左腕”があった。


「ほら、綺麗に取れたよ? ヨルトの腕」


 サンは自慢でもするように“腕”を掲げ、パッと手を離す。腕はサンの足元に転がって、生々しい音を立てた。




「……ぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 気付いた時、夜人は地面に両膝を着き、刀を手放して右手で左腕の断面を押さえていた。おびただしい量の血液が、ドクドクと断面から流れ出ている。



「さて、次は脚かな。それとも早く楽にして欲しい? ヨルトは半分人間だけど、もう半分は吸血鬼ヴァンパイアだからさ。選ばせてあげるよ」

 

 サンは膝を抱えるようにしてしゃがみ込んで、うずくまる夜人に顔を近づけた。


「ほら、ねぇ、ねぇ、呻いてないで選んでよ。どっち? どっちがいいのさ?」


 悪戯っ子のような笑顔でそう問いかけるサン。



「――――」



 その時、サンと夜人の上空を何か黒い影が横切った。



そして――――。



「え――?」


 風を切る音。


 黒い影が放った蹴りをモロに受け、サンは吹き飛ばされる。

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